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「できる治療を全てする」の落とし穴。ネット社会におけるがん治療の難しさ

大須賀覚がん研究者
(写真:アフロ)

がん治療には大きく分けて「標準治療」と「代替療法」と呼ばれる二つの治療があります。

「標準治療」はすでに効果と安全性が科学的に証明され、全世界で一般的に使われている治療のことで、日本では保険適用された治療になります。

それに対して、代替療法はまだ効果と安全性が十分に確認されていない治療のことで、その中にはクリニックで行われる保険外治療や、民間療法などが含まれます。保険適用はされていないため高額な商品なども見られます。

がんと診断された方は、まず標準治療を行うことが一般的ですが、この際に多くの患者はどのぐらい代替療法を取り入れるかで悩みます。とにかく助かるためにと「できる治療を全てやる」と決めて、代替療法も積極的に取り入れて、とにかく何でもかんでもしようという患者さんもいます。患者さんの気持ちを考えれば、とても自然なことだと思います。

ただ、とにかく全ての治療をためそうとする場合にはこわい落とし穴にはまってしまうことがあって、注意が必要です。今回の記事では、「標準治療だけ」と「標準治療+代替療法」を行なった患者さんの治療成績を比較した論文をもとに、どんな落とし穴があるのかを解説していきたいと思います。

何もかもした方が良いのか?

一つの論文を紹介します。これはJAMA Oncologyという科学者の中ではとても有名な雑誌に掲載された論文です。有名雑誌に掲載されているということは研究の質が高いことを意味しています。この論文ではアメリカで、1032例の「標準治療のみ」を受けた患者と、258例の「標準治療と代替療法」も受けた患者との、治療成績を比較しています。治療成績を比較するにあたり、研究者は比較する2群の患者が持つ背景(年齢・がん種類・進行度・人種・保険種類・診断時期など)は一致させています。つまり、治療以外の要素が結果に影響を与えないようにして、念密に調整した2群を比較することで、治療によってできた差を正確に調べようとしています。

こちらが結果になります。

JAMA Oncol, 4, 10, 1375–7, 2018.から引用 日本語訳追記
JAMA Oncol, 4, 10, 1375–7, 2018.から引用 日本語訳追記

結果は、上の図のように、標準治療に比べて、代替療法を取り入れた治療を行った人の方が治療成績が悪いことが示されています。このグラフの見方は縦軸が生存率で、横軸が治療開始してからの年数を示しています。治療開始時は100%の患者さんが生存していますが、年数を追うごとに徐々に下がっているのはこのタイミングで亡くなられた方がいることを示しています。

 2群を比較すると、時間の経過とともに、代替療法も取り入れた群で、生存率の低下が目立つことがわかります。7年時点では、標準治療のみが85%ほど、両方やった方が70%ほどとなっています。死亡リスクは2倍になっていることが指摘されています。

なぜ両方をやった人の成績は悪かったのか?

代替療法の効果はあまり期待できないとしても、普通は二つを足した方が成績が良くなりそうなのに、なぜ両方の治療を行った人の方が悪い結果になったのでしょうか?

この差の理由は、標準治療をどのぐらいしっかりと受けたかによる影響です。

本研究では、それぞれの患者さんがどのような治療を受けたかも詳しく調べています。その結果、「標準治療+代替療法」の群ではこの標準治療の内容が不十分となっていることがわかりました。

代替療法も選択した人には、標準治療の一部を拒否する人が多く、ちゃんと標準治療を受けなかったことがこの論文では示されています。代替療法も選択した人の7%が手術を拒否、34.1%が抗がん剤治療を拒否、53%が放射線治療を拒否しており、この標準治療をしっかりと受けなかったことが悪い結果につながったと、この論文は結論付けています。

情報のわな

なぜ、代替療法も取り入れていた患者さんはしっかりと標準治療を受けなかったのでしょうか?これにはいくつかの理由が影響していると思われますが、考えられる一つの理由は不正確な情報の影響です。

がん治療についてネットで調べると本当にとんでもない情報があふれています。「抗がん剤は毒だ」「手術は免疫力を弱めて、がんが進行する」など、根拠のない話を言って、標準治療をやめて、民間療法に頼ることを勧める情報が多数見つかります。その中には一切の標準治療をやめて、食事療法のみを行うよう勧める命を奪いかねない危険なアドバイスもあります。

現代のSNS社会では誰でも簡単に情報発信ができます。また極端な情報はいいねやシェアを稼げたりもするため、X、Instagram、YouTubeにはひどい情報が残念ながら広がっています。ある研究によると、がん分野では正確性の高い情報はネット情報の約10%ほどと言われています。

あらゆるものを試そうと思い、ネット上を調べまくると、それだけ不正確な情報にもたくさん出会うことになります。その結果、標準治療についての誤解も生まれて、大事な治療をやめてしまうという事態も起こりえます。またあらゆる治療も試そうとなると時間や金銭的にも厳しくなります。大事な標準治療にかける時間も減ってしまったことも想像されます。あらゆる治療をと調べると、思いもしない現代の情報のわなにはまる恐れがあるのです。

代替療法は標準治療の代わりではない

代替療法は標準治療の代わりとなるものではありません。あくまで標準治療を行なった上で、補助的な効果を期待して使うべきものです。適切な標準治療をせずに、代替療法を中心に治そうとするのはあまりに危険です。

まずは標準治療をしっかりと受けてください。

標準治療というのは、人類の英知の結晶です。何十年という年月をかけて、何千〜何万という患者での検討を経て、現時点で最も効くと分かった治療方法です。その治療は確実に進歩しています。しかも、日本では保険適用されているため、自費の負担も比較的少ないです。

もちろん、代替療法の中に有効なものがある確率はありますが、その率は極めて低く(約0.1%以下)(詳しくは以前のブログ記事「未承認治療の何%が本当に効果を期待できるのか?」をご覧ください)、それらに過度の期待を持つのは危険です。

代替療法を試したい時は専門家に相談を

代替療法を絶対に行ってはいけないとはいいません。がんはとても難しい病気です。残念ながら標準治療を行っても、全員が助かるわけではありません。そのため、他の代替療法も含めて、できる限りのことをしたいという気持ちはもちろんわかります。試せることを試すのは極めて大事です。ただ、ネットで勧められるのを闇雲にやるでは、危険な誤解に繋がる可能性もあるし、お金もかかってしまうと思います。

何か試したい代替療法があったら、それは効果が期待できるのか、標準治療の邪魔をしないのかを標準治療を行なう医師に相談してください。医師に聞きにくい場合には、看護師さん、栄養士さん、がん相談支援センターの職員でも構いません。命がかかった大事な選択ですので、信頼できる専門家の意見を参考にしてもらいたいです。

今回の記事が参考になって、がん患者さんが安心して望む治療を選べるようになることを願っています。

がん研究者

がん研究者 / アラバマ大学バーミンハム校助教授。筑波大学医学専門学群卒。卒後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面して、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。Twitter (フォロワー4万人)。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。わかりやすくて、温かい、がん情報を発信していきます。

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