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ハンドボール “次世代型プロリーグ”の開幕時期を変更 葦原代表理事が語る「24年2月開幕」断念の理由

大島和人スポーツライター
記者発表に臨む葦原代表理事:著者撮影

日本ハンドボールリーグ(JHL)は2021年4月に協会から法人として独立し、代表理事に葦原一正氏を迎えて改革に動いている。リーグにビジネス機能を集約させる「シングルエンティティ」、選手の契約を社業と競技に分ける「デュアルキャリア」の制度化といった特色を打ち出し、2024年の“次世代型プロリーグ”開幕に向けて参加チームの募集を進めていた。9月1日には新リーグに応募したチームの発表も予定されている。

しかしここに来てかなり大きな方向転換が発表された。JHLは29日に都内で記者会見を行い、新リーグの開幕時期について「2024年9月」への延期を発表した。わずか7ヶ月とはいえ、リーグの基本方針に関わる変更になる。

29日のリリースでは2つの理由が挙げられていた。

(1)2024年2月開幕の場合、パリ五輪予選等の兼ね合いからリーグ戦の日程確保が困難なことが判明したため

(2)世界最高峰リーグを目指すうえ、欧州とカレンダーを合わせ、海外からの一流選手の移籍を促進させるため

「しっかり興行をこなせていない」問題は?

もっとも葦原代表理事は今まで、2月開幕を推していた。彼は以前こう説明している。

「シーズンを2月から9月でやった方がいいと言ったのは、スケジュールが安定するからです。スケジュールが安定すれば、収益基盤も作りやすくなる。今のハンドホール界にとって一番の問題は、しっかり興行をこなせていないことだと思います」

現行のJHLは夏、もしくは初秋の開幕だ(2022-23シーズンは男女とも7月に開幕済み)。しかし10月には国体があり、12月、1月には日本選手権が行われる。アジア選手権、世界選手権といった大会も秋や冬に組まれる。

葦原は明かす。

「ハンドボールはバスケットボールやサッカーと違って、アジアハンドボール連盟(AHF)の決定が遅い場合が多いんです。3ヶ月前に試合日程の通知が来たりします。スケジュールが動けばチケットは払い戻しになるし、マッチデースポンサーも取りに行きづらいですよね」

2月開幕の狙いと「難しさ」

葦原はリーグのトップだが、日本選手権や代表戦は協会の管轄だ。代表戦が組まれればその直前の強化合宿も必要で、リーグ戦のキャンセルにつながる。そもそも葦原はプロバスケBリーグの立ち上げに初代事務局長として関わり、バスケ協会の国際担当理事も経験しているので、調整の難しさを熟知している。グローバルスタンダードは秋開幕だが、敢えて「裏」にあたる時期にリーグ戦を移すことで、スケジュールの安定化を図ろうとしていた。

サッカーのJリーグは「春秋制」だが、世界の大勢は秋春制。それを受けて日本もシーズンの時期を移そうという動きがある。ハンドボール界でも、改革と軌を一にして似たような議論が持ち上がっていた。そして実務ベースの競技を通じて、2月開幕案の難しさが浮かび上がった。

葦原はこう説明する。

「短期的な話でいくと、2024年はパリ五輪イヤーで、超過密日程です。まず22年夏の予定だったアジア大会が(23年夏に)1年延期になっています。パリ五輪のアジア予選、世界最終予選、世界選手権と国際試合も(例年より多く)あります。協会としても代表活動の期間を長く確保したいという意向もありますし、それに最大限協力したいというチームサイドの意向もありました。何試合やるかは未確定ですが、現場レベルで協会側と協議して日程を組んでみると確かに厳しいという話になりました」

“本場”との整合性を重んじるチームの意向もあった。

「パリ五輪が終わって、落ち着いたタイミングで開幕した方がいいという意見は現場からずっと出ていました。『世界最高峰リーグを目指すのであれば、グローバルカレンダーに合わせた方がいい』という議論もありました」

24年の冬と春は国際試合が目白押し:JHL提供
24年の冬と春は国際試合が目白押し:JHL提供

7割のチームが9月開幕に賛成

彼は改めてチーム側に投げかけた。

「難易度は上がりますけども、腹を括って9月開幕でやりたいですか?と問いかけました。最後は約7割のチームが『開幕を動かしたい』という意見になりました」

国際試合のスケジュール確定が遅いという問題も、突き詰めればアジア連盟と向き合って、事前にスケジュールが決まるよう働きかけるしかない――。チーム側からはそのような意見もあったという。それは正論だが、決して簡単な話ではない。

9月開幕は世界標準だが、同時に日本の“ローカル”な事情に振り回されやすいスケジュールでもある。葦原はチームにこう訴えた。

「やった身でないと分からないことですが、9月開幕にすると協会との調整事項がかなり増えます。『チームの皆さんが思っているよりも大変ですよ』とはお伝えしていました。国内主要大会の位置づけ、アジア連盟との調整も、結局は協会がやらなければいけない。『調整すればいい』と簡単におっしゃるけど、かなり難しいことです。そのリスクを抱えたまま本当に9月からやりますか?というのが私からの問いでした」

JHLには理事会から独立した「制度設計委員会」という組織がある。三重バイオレットアイリスの梶原晃GMがトップを務め、協会、チーム、監督、選手OB等が参加する会議体だ。そこで協議が行われた末に8月上旬に『24年9月開幕』の案が上程された。チームの代表が参加する実行委員会、17日の理事会を経て開幕延期が決まった。

かなり急ピッチな意思決定だが、そこにはこのような理由があった。

「今これを決めるかどうかが23年、24年のシーズンスケジュールに大きな影響を与えます。24年の開幕を(2月と9月の)どちらにするか決めない限り、直近のアリーナを確保できません。変えるのであれば今決めなければいけない」

チームの意向を受けて葦原も賛成に

「100:0」で一方が正しいと言い切れる議論ではない。9月開幕と2月開幕の是非は、例えるならば「51:49」程度の微差だろう。8月のヒアリングでは2月開幕を支持するチームもあった。また理事会の決議は全会一致でなく多数決となった。ただし葦原は賛成に回った。

「私は正直どっちのスタンスを切ろうか迷っていました。賛成に変わったきっかけは、やはりチームのヒアリングです。動かした方が合理的なのも理解したので、変えましょうという結論になりました」

JHLは社団法人で、「社員」として票を持つのは各チーム。代表理事のリーダーシップは重要だが、同時にチームの意向は決定的だ。結果としてこの件は葦原が歩み寄った。

「私の一存で全てが決められるのもおかしいし、社団法人だから最後はチームの意向が強く働かないと駄目です。丁寧に説明してもチームの方々が9月にしたいと言うなら、そこは理解しないとダメだと思います」

2022−23シーズン以降のスケジュールはこうなる:JHL提供
2022−23シーズン以降のスケジュールはこうなる:JHL提供

9月開幕で想定されるメリットは?

例えば男女のハンドボール代表がパリ五輪に出場し、そこでスポーツファンにインパクトを与えられれば、新リーグ開幕に向けた絶好の追い風になる。葦原にこの想定をぶつけると、冷静な答えが返ってきた。

「すごくシビアなことを言えば、パリに出られるかどうかまだ見えていません。あと五輪に出ても、どこまで露出できるか分かりません。五輪で花火を上げて……みたいな議論によくなりますし、それができれば嬉しいですよ。でも安定的に稼ぐ基盤づくりの方が、今のハンドボール界にとって大事というのが従来からの考えです」

ハンドボールは展開がスピーディーで、テクニックが多彩で、さらに激しいコンタクトも楽しめる競技だ。天候に左右されず、演出をしやすい室内競技の利もある。7人制で、野球やサッカーに比べて1チームあたりの人数が少なく、人件費負担も少ない。ヨーロッパでの人気を見ても、プロスポーツとして定着するポテンシャルは間違いなくある。次世代型プロリーグは斬新な制度設計で、リーグがビジネス面のほぼすべてを負う形態。観察者として「楽しみ」な要素が盛りだくさんだ。

ただし新生JHLの前途にはリーグ戦の仕組み作りのみならず、運営する組織作りという高いハードルが待っている。チームの多くが望む秋開幕への切り替えは筋が通っている。とはいえ新リーグは「スケジュールの不安定化」というリスクを負うことになった。

一方で9月開幕の明らかなメリットもある。1年半〜2年前に動く必要がある会場の予約や人材採用、チケットやグッズ販売をWeb上で完結させるプラットフォーム開発といった事業面には大きな追い風だ。「秋春制」への変更に伴って生まれた7ヶ月をリーグがどう活かせるか――。そこに改革の成否もかかっている。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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