Yahoo!ニュース

J1開幕戦で感じたスポーツ中継の悪弊 その「予定調和」でDAZNは滑った

大島和人スポーツライター
自らのゴールを喜ぶ川崎・家長昭博選手(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

家長がJ1今季初得点

2月26日、等々力陸上競技場の川崎フロンターレvs.横浜F・マリノス戦で、2021年のJリーグが開幕した。昨年のJ1王者と一昨年のJ1王者による魅力的なカードを、筆者はDAZNで楽しんでいた。

前半21分、今季のファーストゴールが生まれた。川崎の脇阪泰斗がボールを持ち上がり、家長昭博とのパス交換からさらにエリア内に浮き球を入れる。ゴール近くまで攻め上がっていた山根視来がヒールパスで落とし、最後は家長が豪快な左足ボレーを叩き込んだ。

今季第1号にふさわしい「映える」ゴールだった。家長に旗手怜央、三笘薫らチームメイトが駆け寄って祝福する。家長はアシストしたチームメイトを指差してアイコンタクトを送る。川崎サポーターならずとも「スーパープレーに浸る」「余韻を楽しむ」瞬間だ。

そのときDAZNは滑った

しかし番組の製作者はゴールからわずか4,5秒でゴール裏に画像を切り替えた。若い女性のリアクションを撮ろうとしたようだが、彼女はガッツポーズをして横を向き、しかも手前の男性が遮る中途半端な構図になった。画面はすぐ選手のセレブレーションに戻ったのが、コンマ何秒の微妙な「間」が生まれた。

もちろん生中継は思惑通りに展開しないシーンがあって当然で、私のような映像の素人がプロフェッショナルのミスを咎める資格はない。ただそれにしても昨今のスポーツ中継ではサッカーに限らずよく見かける絵作りで、何度かあった滑り方だった。

「スポーツの中継で客席を映すな」などと言うつもりはない。野球のようなアクチュアルタイムが短い種目なら、どうしてもプレー以外を見せる場面が増える。ベンチで戦況を見守る監督や選手、高校野球だったら女子マネージャー、応援団のアップは中継によく入る。

加えて最近は観客のインサートが増えていて、中継に映ることを狙ってボードを出すファンもいる。阪神ファンの女児が掲げた「この回20とれ!」のボードのように、何年も語り継がれる名作もある。

重視されるリアクション

ファンの盛り上がり、応援、祈りといった絵は視聴者の共感を誘い、自分がその場にいるような感覚も与えられる。しつこさや品の無さを感じないレベルに止められれば、スポーツ中継のいいスパイスになる。

ワイドショーは情報以上に「リアクション」へ手厚く時間を割いていて、VTRやレポートよりコメンテーターのコメントが長い。NHKのストレートニュースでさえ“街の声”を多用する時代だ。

我々は「周りがどう感じるか」に影響され、感覚をすり合わせて自分に定着させる生き物だ。スポーツに限らずライブがなぜ魅力的かと言ったら周りと共鳴して、感情を増幅できるからだろう。「スタンドの反応」を見せる演出も、視聴者をノセる作用がある。

スポーツ中継に台本はない

しかし最近のスポーツ中継は安易にスタンドの絵を使い、そして滑る。いかにもわざとらしい、残念で陳腐な演出になってしまっている例が多い。

等々力のスイッチングミスもそんな一例だ。1年に一度の開幕戦で、1年に一度のシーズン初ゴールなのだから、じっくり余韻を見せても良かった。観客数制限がある中でスタンドに「密の迫力」はない。サポーターは台本を渡された俳優でないのだから、想定外の動きもある。

魅力的な被写体を探し、ゴールが決まったらその人を撮ろうと準備する努力までは否定しない。ただ勝手にストーリーを作って雑な絵作りをすれば、滑っても仕方ない。なぜそのようなカメラワークを強行したのかと言えば、おそらく単なる惰性で、想定される状況を突き詰めて考えられていなかったからだろう。

Jリーグの中継は2017年にCS放送のスカパー!から、インターネット配信のDAZNに主体が切り替わった(※厳密に言うと著作・制作はJリーグ)。フットボールの本場からノウハウが導入されたと聞くし、カメラの台数増などいい変化もある。26日の開幕戦も実況・解説は素晴らしかった。しかしカメラワークで悪弊が出ていた。

意味のある「客の絵」はいい

プロ野球の外野席ならばメガホンを叩く、フリに合わせて踊るといったファンの動きの「型」がある。いきなり他所を向く、狙った被写体を別の人が遮る状況にはならない。不自然に美女が映し出される違和感は別だが、投球間に応援姿を入れるカメラワークならアクシデントは起こりにくい。

ボクシング、サッカー、バスケットボールと様々な競技のビッグゲームでは、客席の有名人がよく中継に登場する。「スターも見に来ている」という事実は、試合の重要性を分かりやすく伝える絵だ。

先日のNFL第55回スーパーボウルを見ていたら、第4クォーターの終盤にジゼル・ブンチェンが映し出されていた。彼女はスーパーモデルで、しかもタンパベイ・バッカニアーズを優勝に導いたQBトム・ブレイディの妻。そういう背景もあって、ブレイディがスーパーボールへ出るたびにワンセットで彼女も中継に登場する。

一方でサッカーは競技性が違い「隙間」も短い。何の脈絡もなく、オートマチックにちょっと目立つファンを見せる演出が賢明とは思えない。

予定調和は現実に裏切られる

バスケットボールの中継でこんなハプニングを見たことがある。試合終了まで約1秒の土壇場で「決まれば勝ち越し」というフリースローがあった。選手はそれを決められなかったのだが、映像はすぐ客席の若い女性に切り替わった。

「決まったら歓喜」「落としたら落胆」というリアクションを撮影する狙いは分かる。しかしフリースローはリングに当たり、プレーは続行された。もし誰かがリバウンドに反応してリングに押し込んでいたら、勝ち越しショットの決定的瞬間を撮り逃すところだった。

スポーツ中継はフィクションではない。「決まる」「ファンが喜ぶ」という台本を作っても、それを裏切る展開が起こる。予定調和の決め打ちをすると、現実に裏切られる。そんな理不尽さこそが、ある意味でスポーツの魅力だ。

Jリーグは大衆のエンターテイメントで、お硬い苦言は無粋に違いない。決して「客席を撮るな」「若い女性を映すな」などと言うつもりもない。ただ素直にサッカーを楽しく見るため、程よく節度があって展開を勝手に先取りしない中継を見たい――。そう改めて感じたJリーグの開幕戦中継だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

大島和人の最近の記事