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「王貞治二世」がプロバスケの経営者に 積極投資でB1昇格を目指す群馬

大島和人スポーツライター
群馬クレインサンダーズの阿久澤毅新社長(左)と平岡富士貴HC(右):筆者撮影

阿久澤毅氏が群馬の新社長に

B2(Bリーグ2部)群馬クレインサンダーズの新社長に、阿久澤毅氏が就任した。阿久澤氏は2020年3月まで群馬県内の公立高校で教員、野球部の監督を務めていた野球人だ。

桐生高時代の1978年には第50回選抜高校野球大会に出場し、主砲として全国4強入りに貢献。彼が記録した2試合連続本塁打は、第30回大会の王貞治(早稲田実業)以来となる大記録だった。左打者、一塁手という類似点もあり「王貞治二世」と称された。

しかしドラフト上位指名が確実視される中で、阿久澤はプロ入りを選ばなかった。東京の強豪大学にも進まず、地元の国立大へ進学。大学を卒業後は教員として、野球に関わっていた。そんなドラマもあり「幻の強打者」として、語り継がれてきた。

「スカウトをしない」という方針もあり、指導者としては甲子園に届かなかった。しかし母校・桐生高校の監督として県大会準優勝、関東大会出場の実績を持っている。

高校野球のレジェンドが定年まで1年を残して教員を退き、畑違いのプロバスケの経営者となるーー。それは野球ファン、バスケットファンの双方にとって驚きだったに違いない。

登用理由は知名度と熱い思い

群馬クレインサンダーズは、B1にあと一歩まで来ているクラブだ。2018-19シーズンのB2では準優勝を遂げ、成績的な昇格の条件を満たしている。しかし財務・経営的な体制が伴わず、翌シーズンのB1ライセンスを得ていなかった。

2019-20シーズンは株式会社オープンハウスの傘下に入り、財務や経営の不安を払拭。シーズン中はプレーオフ圏内を維持していたが、新型コロナウイルス問題によりシーズンが打ち切りとなった。レギュラーシーズンの勝率で昇格の2チームが決まり、クレインサンダーズはB1を逃した。

7月1日に都内で記者会見が行われ、新社長の就任会見が行われた。親会社の常務執行役員でもある吉田真太郎取締役は、阿久澤氏の登用理由をこう説明する。

「群馬県において知名度があることと、一緒に日本一を目指す熱い思いがあるのか。この2点を軸として考えさせていただいた」

もちろん知名度=経営力ではない。ただこれから地域に浸透し、経営的な拡大を目指すクラブにとって「広く知られている人物」がクラブの顔になる意味は間違いなくある。高校の教員生活を通して、当然ながら多くの教え子もいる。スポンサー営業でも、同世代や年上の経営者に対して、高校野球のレジェンドは訴求力を持つはずだ。クラブ側に対して様々な売り込みもあった中で、選ばれたのはスポーツビジネスのキャリアがない阿久澤氏だった。

超積極補強は「逆転の発想」

クレインサンダーズは2020-21シーズンに向けて、精力的な補強に行っている。新加入の日本人選手4名、新外国籍選手2名はいずれも昨季はB1でプレーしていた選手。特にジャスティン・キーナン、ブライアン・クウェリはともに1試合平均20得点前後を記録している実力者だ。(※3日にはBリーグ屈指の帰化選手マイケル・パーカーの契約も発表)

クレインサンダーズは今シーズンに向けて、B2でもダントツのラインアップを揃えている。他クラブが縮小、現状維持を選択する中で異例の積極性だ。

吉田取締役はこう述べる。

「我々からしたらピンチはチャンスで、完全に逆転の発想です。こういうときだから飛躍できるし、思い切った決断をさせてもらった」

親会社のオープンハウス社は、リーマンショックで世界の経済が縮小したタイミングで積極的な投資を行い、業績を拡大させた企業。中長期的な成長を目指すクラブにとって今こそ「チャンス」という判断がある。

「サンダーズを見て幸せを感じてもらえるか」

阿久澤社長は今後の動きについてこう説明する。

「当面はいかに選手諸君、運営スタッフの皆さんが、力を合わせられる環境を作っていくかに尽きます。具体的な手立てはコミュニケーションだと思っています。私が色んなことに気づいて、ちょっとしたことでも話をする。悩みを聞いてあげることから始めて、ひとつひとつ解決できていけたら、いい方向に動き出せる。必要なのは地元・群馬でいかに多くの人が試合を見に来て、サンダーズを見て幸せを感じてもらえるか。そんな場を提供できたら、それは意義があると思います」

不安は?という問いに対しては、こう言い切っていた。

「(不安は)ございません。バスケットボールというより、ひとつのスポーツとして考えている。吉田常務をはじめ、色んなスタッフの方から教えてもらって相談して、解決しながら前に進めると考えている」

阿久澤氏は群馬大学を卒業後に桐生市立相生小学校で2年間勤務しており、そのときにミニバスの指導者を務めていた。しかしそれがバスケットとの唯一の「縁」で、昨年12月までBリーグを観戦したことはなかった。しかし実際に足を運び、80歳を過ぎた母とともにバスケットにハマったという。

教員、高校球児出身の社長は他にも

同じ群馬県内では前橋商業高校の監督として多くのプロ選手を育てた奈良知彦氏が、J2ザスパクサツ群馬の社長を務めている。群馬のスポーツを盛り上げる仲間であり、営業的にはライバルともなるはずだ。

また阿久澤氏と同学年で、PL学園の主力として第60回全国高校野球選手権の優勝メンバーだった小野忠史氏がこの4月からガンバ大阪の社長を務めている。野球仲間との因縁について新社長に水を向けるとこう答えてくれた。

「自分のほうで教わりたい部分、知りたい部分はある。そういう繋がりを持ちたいなとは思います」

ライバルは「ぐんまちゃん」

群馬に根付き、県民を熱狂させ、日本一を勝ち取るーー。それはかなりの努力や知恵が必要となるプロセスだ。目指すべき道はどこか? 新社長がライバルに挙げたのは意外な存在だった。

「ライバルはぐんまちゃんです。ぐんまちゃんは、日本一になっていますよね?」

老若男女に親しまれ、地元の「色」を出しつつ、日本中を巻き込み、大きな成功を遂げるーー。確かにぐんまちゃんはクレインサンダーズがお手本とするべき成功モデルだ。クラブと新社長の大胆な挑戦を、しっかり見守りたい。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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