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甲府のミスターロスタイム 佐藤洸一が土壇場でゴールを決め続ける理由

大島和人スポーツライター
同点ゴールを決めて右手を突き上げる佐藤洸一選手 (C)2019VFK

4得点はすべて90分以降

J2の優勝争いに絡む、第17節の大一番だった。6月8日(土)に3位・ヴァンフォーレ甲府が山梨中銀スタジアムに迎えた相手は、首位・モンテディオ山形。甲府は1-2とリードを許し、後半ロスタイムを迎えていた。

土壇場の93分、甲府に起死回生のゴールが生まれた。佐藤洸一が内田健太の左クロスに合わせてファーサイドへ飛び込み、ヘッドをニアの狭いコースに叩き込んだ。甲府と山形の勝ち点差は「3」に収まり、J1への昇格争いを考えると大きなゴールだった。

佐藤はこれで今季4得点目。4得点すべてが「90分以降」に生まれている。山形戦は68分からの登場だったが、全得点を途中交代で挙げている。

ヒーローは得点の場面を振り返る。

「あんな角は狙っていないですけど、メチャクチャいいところに行きました。低く叩こう、キーパより先に強く叩こうと思った」

彼の今季初得点は第5節・ツエーゲン金沢戦。83分に登場し、93分に同点弾を決めた。続く第6節・ファジアーノ岡山戦でも80分から出場し、97分にやはり同点弾を決めている。

第12節・ジェフ千葉戦のゴールは0-2から90分に決めた追い上げ弾。8日の第17節・山形戦が、今季3度目の“ロスタイム同点弾”だった。

「そろそろベンチに行ってみんなと喜びたい……」

ロスタイムの仕事人は苦笑を浮かべながらそう口にする。彼の4得点はすべてビハインドの状態から生まれ、しかも終了間際。急いでボールをセンターサークルに運んで再開しなければならず、喜んでいる余裕がなかった。

本人は「頭から出たい」

佐藤は今まで、むしろ先発で結果を残してきた選手だ。彼は184センチ・73キロのパワフルなセンターフォワードで、現在32歳。J1経験はないがJ2通算で361試合に出場し、歴代4位の93得点を挙げている。FC岐阜で39得点、V・ファーレン長崎で31得点、金沢で19得点と、どのクラブでもしっかりネットを揺らしてきたゴールハンターだ。今季から甲府でプレーしている。

19年も出場12試合のうち3試合は先発だが、そのときはゴールを決めていない。甲府はピーター・ウタカ、ドゥドゥ、曽根田穣らがいい連携も築いていて、佐藤は先発の座から落ちていた。彼は途中出場にとどまっている立ち位置についてこう述べる。

「もちろん頭から出たいというのは、サッカー選手なのであります。でもそこは自分の中でうまく消化して、与えられたチャンスを活かすしかない」

90分のパワーを凝縮

一方でどうしても点が欲しいときに決めてくれる、勝負どころで取っているその働きは甲府にとってポジティブだ。伊藤彰監督は佐藤の働きについてこう述べる。

「短い時間だと90分で使うパワーを凝縮させて、20分30分でやってくれる。彼が点を取れているのは、我々がビハインドになったとき。そういうときはパワーをかけてクロスだったりが多くなる。それは佐藤にとっても点を取れるパターンです。今日も(内田)健太のクロスをヘディングで決めてくれましたが、そのパターンを持っている選手です」

勝っているチームは終盤になれば必ず自陣に引く。だから負けているチームが自然と前に人をかけて押し込む展開になる。「相手の人数が揃ってエリア内に人をかけている状態」ならば、カウンターや細かい崩しは効かない。サイドから浮き球を入れて、エリア内で高さや強さの勝負を挑む場面が増える。佐藤はそんなテンションとインテンシティの高い展開で生きる。

もう一つは「時間帯の妙」だ。8日の山形戦はキックオフ時の気温が33.2℃と高温で、終盤は両チームが消耗していた。守備の選手たちは跳躍、コンタクトなどの強い動きが難しくなる。

伊藤監督は続ける。

「90分の中で、もっと(佐藤の)強い面を出す場面があってもいいと思います。ただ相手のパワーがある状況の中で、抑えられる場合もある。今は彼の点を取れる状況が、後半残り15分にある。我々にとって心強いし、彼を持っていることがヴァンフォーレ甲府に勝ち点を稼がせてくれている」

「考えていたらミスをする」

ロスタイムになぜ強いのか?勝負どころで何を考えているのか?彼にメンタル的な部分について質問してみたが、「考えすぎていないこと」も一つの理由に思えた。

甲府のスーパーサブは言う。

「時間が少ないのは分かっていましたけれど、アディショナルタイムに入ったことにも気づいてないです。最後に何度か入れているのは、本当にたまたまやと思います。(チャンスが)『来た』とは思いますけれど、考えていたらミスをすると思う。自然にできるように練習からやっていくしかない」

もう一つ彼がユニークなのは経歴で、佐藤は「四日市西高校」「四日市大学」の出身。同じ市内には全国的なサッカーの名門・四日市中央工業高校がある。しかし「プロを全然考えていなかった」という彼は、いわゆる普通の公立校である四日市西に進学した。

四中工と対戦した試合を大学の監督が見に来ていた縁で佐藤に声をかけ、四日市大に進学。卒業後はチームメイトだった野垣内俊とともにFC岐阜入りを果たしたが、同大のサッカー部からは過去にその二人しかJリーガーが出ていない。Jリーグの育成組織や名門校で細かく教え込まれたタイプにない、いい意味での野性味がこのストライカーにはある。

勝ち点0を勝ち点1に変える

佐藤は今季に限っても3回、甲府に「勝ち点1」をもたらし、同時に相手から「勝ち点2」を奪う働きをした。彼自身が「(勝ち点)1を3に変えたい」と物足りなさを口にすることは、その能力や実績を考えれば自然な感情だろう。甲府にとっても「後半ロスタイムにリードされている状況」があまり多くあっては困る。

ただしこの男が交代出場でピッチに入るときの期待感、頼もしさは素直に魅力的だ。夏場になれば彼のパワーがさらに生きるだろう。そして混戦のJ1昇格争いを見れば、佐藤がチームにもたらしている勝ち点1の価値は決して小さくない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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