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「正直に言うと、ちょっとキツかった」 富樫勇樹がバスケW杯予選で乗り越えた修羅場

大島和人スポーツライター
(C)FIBA.com

2連勝も楽な展開ではなかった

バスケットボールのワールドカップアジア2次予選を戦う日本代表は、ホーム富山で開催されたカタール、カザフスタンとの連戦を2連勝。出場圏内のグループF・3位に浮上した。1次予選は4連敗スタートとなり、今年の春には本大会出場どころか2次予選進出すら危ぶまれていたラマスジャパンだが、そこから6連勝と立て直しに成功している。

カタール戦が85-47、カザフスタン戦は86-70というスコアを見ると、楽な戦いだったようにも思える。ただどちらの試合も前半はカタール戦が31-32、カザフスタン戦も34-33と接戦だった。試合の流れ、相手の特徴にアジャストする日本のしたたかさが際立った。

また11月30日のカタール戦はポイントガード(PG)の富樫勇樹が第2クォーター半ばに負傷。シュート後の着地で相手と絡んで右足首をひねり、そこからプレーできなかった。PGの三番手格・ベンドラメ礼生も負傷でベンチ入りから外れており、チームはちょっとした緊急事態に見舞われていた。

富樫の負傷でチームはPG不足に

PGは他のポジション以上に負担が大きい。強い動きが多く入替は自由な競技性を考えても、40分プレーし続けることは基本的にない。しかしカタール戦の日本はPGの本職が篠山竜青だけになってしまった。結果的には“怪我の功名”でシューティングガード、スモールフォワードを本職とする田中大貴のPG起用がハマった。日本はリバウンド、堅守から田中がどんどんボールをプッシュする展開でリードを広げ、カタールに大勝した。

カザフスタン戦は富樫が右足首に不安を抱えながら先発した。さらにセカンドユニットの篠山が第1クォーターで2つのファウルを犯し、早々にファウルトラブルの状態となる。最終的に富樫のプレータイムは32分33秒まで到達し、負担は極限に達した。それでもラマスHCは田中をPGに移す策は採らなかった。

フリオ・ラマスヘッドコーチはこう説明する。

「富樫がプレーしているとき、ニック(ファジーカス)を活かすためにローポストにボールを入れるプレーが何回か見られたと思うけれど、カザフスタンはセットプレーの対策としてディフェンスをタフにしてきていた。(富樫は)それでも上手くゲームプレーをクリエイトしてニックにしっかりボールを渡して、チームとしてすごく機能していた。そこは下げるべきでないと考えて、少し無理して使った」

代表で見せる千葉とは別の顔

カタール戦の日本はファストブレイク(速攻)から相手の守備が整う前に攻め切るプレーが多かった。要はスピードに日本のアドバンテージがあり、ファジーカスは脇役に回る展開だった。一方でカザフスタンはインサイドの高さやパワー、アジリティに弱みがあり、ファジーカスと相手センターのマッチアップが狙いどころだった。富樫は程よく他の選手も使い、テンポを程よく落としつつ、ファジーカスの強みを上手く引き出した。

千葉ジェッツでプレーする富樫はチームの得点源で、勝負どころでは自分が行くプレーを選択することが多い。なのに日本代表の彼はあまり目立たない。特にカザフスタン戦は2得点、3アシストに止まり、このスタッツを見れば不出来と受け取る人が多いかもしれない。しかし富樫は手堅く賢くプレーし、チームの“黒幕”としてファジーカスを引き立てた。

PGはポジション柄、気が強くはっきり物を言う選手が多い。富樫もそういうタイプで、ウイットに富む彼はSNS上などで先輩を“いじる”発信もよくする。カザフスタン戦後の場内インタビューでも「ケガをしていると知っているにもかかわらず、篠山選手がすぐファウルをしてしまう……。聞いていますか?」とチームメイトにトラッシュトークを仕掛け、アリーナを沸かせた。

修羅場を乗り越えて得た手応え

ただそんな彼も、記者とのやり取りで珍しく弱みを見せるこんなコメントをしていた。

「正直に言うと、ちょっとキツかったですね。第4クォーターの最後は右足をかばって左足に重さがあった。色んな個所が攣りそうになっていた」

ただそんな修羅場を乗り越えたからこその達成感もあった。富樫はこう続ける。

「自分のできることは、今の足の状況でディフェンスとゲームメイク以外ないと思っていた。スタッツ面はどうか分からないですけれど、そこを徹底できたことは個人的に満足しています」

第4クォーターは富樫のボールタッチが減り、特にオフェンス時のボール運びは比江島慎や田中大貴が何度もやっていた。富樫が先輩に助けを求めている様子にも見えた。

ただその状況について彼に話を振ると、いつものいたずらっぽくて強気な富樫が戻ってきた。

「まあ、ガードなので。ガードの指示に従ってもらうだけです!」 

180センチ台の選手さえ“小型”と称されるバスケで、167センチの富樫が大切な役割を果たす理由は、高度な技術はもちろん、彼のこういう気性や判断力にある。それを強く感じたカザフスタン戦だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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