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12球団からの拡大は可能か? プロ野球新規参入の必要条件を考える

大島和人スポーツライター
球界参入を表明したZOZOTOWN・前澤友作社長(提供:START TODAY CO., LTD./アフロ)

前澤友作氏のプロ野球参入宣言

ファッション通販サイトZOZOTOWNの創業者・前澤友作氏が、7月17日にツイッターを通してこう発信をした。

「プロ野球球団を持ちたいです。球団経営を通して、ファンや選手や地域の皆さまの笑顔を増やしたい。みんなで作り上げる参加型の野球球団にしたい。シーズンオフ後に球界へ提案するためのプランを作ります。皆さまの意見も参考にさせてください。そこから一緒に作りましょう!」

球団買収による参入を考えているのか、それとも「エクスパンション(球団増)」を前提とした提案なのか、具体的な方向性は明示されていない。ファン、関係者の意見を聞いて、シーズンオフに向けてプランを練っていくということなのだろう。

期待できる新興勢力による価値向上

「買収」はかなりのリアリティがある。前澤氏は千葉県出身で、ZOZOTOWNの運営企業の本社は千葉市内。地域貢献として千葉マリンスタジアムの命名権も既に取得している。17日の発信が出た時点で、「千葉ロッテマリーンズの買収」を想像した人は多かったはずだ。

ロッテの山室晋也球団社長はすぐさま球団の売却を強く否定するコメントを出している。ただし球団の所有、売却を決めるのはそもそも大株主で、具体的にはロッテホールディングスだ。ロッテは2014年から経営権を巡る紛争が起きており、また創業一族で元代表取締役の重光昭夫氏が韓国内で収監されている。実質的な意思決定がどう行われているのかは外部から見え難く、彼らの「内心」を察することは難しい。

とはいえ一般論として「既にブランドが確立している企業」「拡大中の新興企業」を比較するなら、球団所有による宣伝効果は後者の方が大きい。楽天、ソフトバンク、DeNAが球団経営で成功しているのを見ても、新しい発想を持つ企業の方が「球団の価値を上げられる」という期待感は強い。ZOZOTOWN(運営企業のスタートトゥデイ)によるマリーンズ買収は地域やファン、球界の利益を考えても「アリ」だ。

プロ野球を変えた2004年の球界再編

一方でロッテグループが球団を保有し続けることも当然「アリ」だし、そもそも12球団の枠にこだわる必要はない。北米のメジャーリーグベースボール(MLB)は1961年に16球団から18球団へと拡大し、現在の30球団まで成長を続けてきた。ロブ・マンフレッド現コミッショナーはメキシコ進出、32球団への拡大を示唆しており、球団増のトレンドは今も続いている。

日本のプロ野球(日本野球機構/NPB)は1957年に高橋ユニオンズが大映スターズに吸収合併されて以降、60年以上にわたって12球団体制が続いている。1970年代にはパ・リーグで東京オリオンズ、日拓ホームズ、西鉄ライオンズなど経営母体の変更が相次ぎ、2000年代までは「1リーグ化」「球団数削減」が現実味を持って語られていた。

2004年6月には近鉄が球団経営からの撤退を表明し、オリックス球団と合併。また同時期にはダイエー本社の経営危機が浮上し、ホークスへの影響が危惧されていた。ここに縮小や1リーグ化を前提とした「再編」の流れは極限まで強まった。しかしファンや選手の反発は大きく、同年9月にはNPB史上初となるストライキも行われる。

そこからの動きは急激だった。先陣を切って参入を表明したライブドアと、楽天の2社が審査を受け、11月2日の実行委員会とオーナー会議で楽天が選定される。11月末にはソフトバンクがホークスの新オーナーとして決まり、12球団が維持された。

危機が成長の起点に

その後のNPBの成長は率直に言って嬉しいサプライズだ。競技人口の減少、地上波中継の縮小といったネガティブなトレンドも無視できないが、球場で試合を楽しむファンははっきり増えている。楽天やソフトバンクのみならず、新しい経営主体、人材の参入が球界の体質を劇的に変えた。プロ野球は親会社を宣伝のための「コスト」という後ろ向けの位置づけから、より自立したエンターテイメントビジネスになった。

営業や企画といった現業に携わる人間も、親会社からの出向から、スポーツビジネスの志を持った人間へと入れ替わりつつある。楽天やDeNA、ロッテといった先進的な球団でキャリアを積んだ人材がサッカーやバスケで活躍する例も今は目立つ。2004年夏の騒動は「裏金問題」も含めて野球界の危機だったが、今振り返ると再生と成長の起点となった。

2004年以降の球界では、二つのことが証明されている。まずプロ野球にスポーツビジネスとして深化、発展する余地があったこと。もう一つは札幌、仙台といった土壌の乏しかった地域にもプロ野球は根付けるということだ。新しい土地で球団を立ち上げることは、それなりに実現性のあるチャレンジだ。

球団増の前提は?

もっともエクスパンションに三つの前提がある。一つは投資に前向きなオーナーがいること。二つ目は球場が確保されていること。三つ目は「既存球団から受け入れられる」ことだ。

どの時代にも「勢いのある業種」があり、直近の20年を見るとそれはIT系の企業だった。もっと細かく見れば近年はDeNAのようなモバイルゲーム、ZOZOTOWNのような小売りサイトが急成長を遂げている。一方で日本経済を俯瞰すれば決して好調とは言えず、それだけの資本と拡大意欲を持った企業がいくつもあるわけではない。

プロ野球は「元を取れる」ビジネスになりつつあるが、新球団創設となれば当面の投資が三ケタ億円を超える。そのようなリスクのある決断を、サラリーマン社長が下すのは難しい。創業者、中興の祖、大株主といった立ち位置の経営者がいる企業が参入候補になる。

またエクスパンションは「偶数球団の参入」が大原則だ。例えば1リーグが7球団になると、必ず「試合を組めない」チームが発生して、日程編成が非効率になる。したがって「12→14(6球団+8球団)」もしくは「12→16(8球団+8球団)」という編成が前提だ。

新フランチャイズ候補は?

そういう企業があると仮定すると、次はフランチャイズの問題が大きい。日本ハムは2002年のサッカーワールドカップ用に建設された札幌ドームを活用できた。楽天は県営宮城球場の大幅な増改築で「ボールパーク」を実現した。

12球団の本拠地以外で「それなりの規模」を持つ5球場を挙げる。

●HARD OFF ECOスタジアム新潟(新潟県立野球場)…収容30,000人

●静岡県草薙総合運動場硬式野球場…収容21,656人

●富山市民球場アルペンスタジアム…収容30,003人

●マスカットスタジアム(岡山県倉敷スポーツ公園野球場)…収容30,494人

●坊っちゃんスタジアム(松山中央公園野球場)…収容30,000人

どの球場も改造は必須だが、一応の箱はある。率直に言って北海道、東北よりも難しいチャレンジではあるだろう。ただし「北陸」「中四国」「静岡」といった商圏に根付き、そこを深掘りできれば、球団経営が成り立つ可能性はある。直近の成功事例は地方だが、マーケットの大きさを考えれば首都圏に新球場と新球団を作る挑戦があってもいい。

カギになるリーグ本体の体質

最大の問題は最高議決機関オーナー会議の議決を得るために必要な「12分の9」の確保かもしれない。静岡の新球団なら中日ドラゴンズ、岡山の新球団なら広島カープのマーケットを侵食する可能性がある。「拡大によるメリットがデメリットより大きい」という状況を作り、最低9球団のOKを得る必要がある。

さらに踏み込むと、リーグ側の改革を考えねばならない。多くの球団が時代に適応している一方で、リーグ機構の体質は旧態依然のままだ。NPBのコミッショナーは「調停者」「裁判官」であって、発展のビジョンを描き、リーダーシップを発揮する経営者ではない。経営体、意思決定体としてNPBの変革は中長期的に必要で、それが実現すればエクスパンションのような手間と労力のかかるプロジェクトも進めやすくなる。

しかし今のプロ野球界を見ると、読売新聞、渡邉恒雄氏の意向に残りの引きずられる構図はもはやない。これからの球界はソフトバンクの孫正義オーナー、楽天の三木谷浩史オーナーといった「拡大志向の現役世代」が動かしていくのだろう。意欲のある企業とオーナーが2つ、もしくは4つ揃うという前提だが、エクスパンションの機は近づいているのかもしれない。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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