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大学サッカーの名将は日大アメフト部の悪質タックル問題をどう見たか

大島和人スポーツライター
中野監督が率いる流経大サッカー部は2017年にもインカレで全国を制した(写真:田村翔/アフロスポーツ)

「強豪チームはみんな同じ」なのか?

日本大学アメリカンフットボール部の「悪質タックル問題」が発生して、間もなく1か月になる。当初のラフプレーに対する素朴な憤慨から、指導者によるパワハラ問題、大学のガバナンスへと議論は徐々に進んでいった。ただし自分の「言いたいこと」を強く打ち出したいがあまり、安直な解釈で問題を片づける論者も少なからず見かける。

この問題を取り上げた記事、SNS上の発信などで「日大アメフト部だけの問題ではない」という指摘を目にした。確かに「目上」による強制、弱みを握った上での誘導はスポーツ界、学校のみならぬ現象だろう。一方で「日本社会」「体育会」と言った大きなくくりを、今回の問題と絡めて全否定することも安易だ。また「厳しい指導」を全てパワハラとして扱うことにも疑問がある。

日大アメフト部の問題について、話を聞いてみたい指導者がいた。それは流通経済大学サッカー部の中野雄二監督だ。55歳の彼は1998年に流経大の監督に就任すると、茨城県リーグからスタートし、2004年に関東大学1部リーグへ昇格。関東1部、夏の全国トーナメント総理大臣杯を3度ずつ制する強豪校へと引っ張り上げた。

また流経大はJリーグに現在50人以上の選手を送り込んでおり、この数は高校、ユースを含めて最多。つまり中野監督は「日本でいちばんプロサッカー選手を育てた男」でもある。ロンドン五輪でU-23日本代表の主将を務めた山村和也(セレッソ大阪)や、浦和レッズで昨年のACL制覇に貢献した武藤雄樹、宇賀神友弥らがここのOBだ。

中野監督の凄みとしては、環境整備や人材確保などマネジメントの力量を見逃せない。私のような年に一、二度お会いする程度の記者に対してもオープンに接し、明朗な説明を行う話し上手でもある。

彼は記者が日大アメフト部の話を振る前に、自らこう述べていた。

「色んな種目の強豪チームはみんな同じようなことをやっているんじゃないか――。そうマスコミの人に言われるとすごくショックですよね。少なくともサッカー界には教育的な意識を持った指導者が多い。相手の足を蹴っても勝てばいいなんて人はいません」

「干すことが悪いわけじゃない」

ただし彼が選手に対して「甘い」「褒めるだけ」の指導者かと言ったら違う。彼は「日大のアメフト部みたいに、ハマるような怒り方じゃないですよ」と前置きしつつこう述べる。

「干すことが悪いわけじゃないし、本人たちにも自分が今どうして試合に使われていないかを分からせないといけない」

私が監督に話を聞いたのは6月3日。関東大学サッカーリーグ1部の国士舘大戦(4○1)が行われた直後だった。その試合のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた相澤祥太は直前までトップチームのメンバーに入らず「干されて」いた選手だった。

背景には相澤をトップ下として評価し、そこで起用しようと考える指揮官と、本人の「ズレ」があった。中野監督は経緯をこう説明する。

「2月から(相澤を)トップ下で試していたんです。本人が『3年間ボランチにこだわってきたのに、トップ下に置かれても納得できない』と言い出したので、メンバーから外さざるを得なくなった。でも必要な選手であることは間違いありません。僕は相澤もそうですけど、言い分は聞きます。甘やかすわけではなくて、僕は選手の主張をしっかり聞きたい。(国士舘大戦の直前に)『今お前がトップ下でその役割を果たしてくれたら全体のバランスが良くなるんだよ』と説明したら、『やる』と言ってきた。選手は自分の視野でモノを言うけれど、私たちは全体を見て物を言うから、そこにズレはある。全体像って大切だろ?と話していくと、結構うなずくんです」

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国士舘大戦直後の中野監督 筆者撮影

相澤は国士舘大戦で期待通りの活躍を見せ、1-1で迎えた前半ロスタイムには貴重な勝ち越しゴールを決めた。トップ下でタメを作り、DFを食いつかせる強みも出していた。それは納得いくまで説明し、本人が心変わりをしたからだ。選手を観察し「こだわり」がほぐれるタイミングを見計らったベテラン監督の人心掌握術もあるだろう。

重要な「試合に出ない選手」への気配り

中野監督は苦笑気味に自らの「気配り」を説明する。

「試合に出ない選手と会話をする、声をかけるタイミングはすごく気を使います。何でこんなに気を使わないといけないの?というくらい」

彼は対話に時間と手間をかけるタイプだ。答えを与えず、問いを投げかけて考えさせることも多い。答えが見つかるまでの時間は短くないが、一方的に情報を与えるより本人の栄養になる。よく「勝利至上主義」は批判の的となるが、それは短期的な勝利を求めるがあまり、中長期的な成功を阻害するからだ。

中野監督は“教育者”としてのあるべき配慮についてこう説く。

「目先の勝利は大切で、監督や選手はもちろんそれを求めるけれど、中期的にそれが選手としてどう財産になるか、上で出来るのかも考えなければいけない。短期的、中期的、長期的に人を見なければいけない」

そしてこう強調する。

「(流経大サッカー部は)サッカーを通して自分がどう成長しているのかをテーマに置いている。例えばですけどルールを破って煙草を吸った、朝寝坊したときはスパッと外します。その代わり反省度合いや、やったことに応じて、1週間で戻れるのか、2週間なのか、本人たちの意識がどうかを確認した上で復帰させるようにしています。単位を落として、授業に行っていないのであれば、やっぱり試合には使いません」

実力者を外せば、短期的にはチームの損失になる。しかし中長期的にはチーム、何より本人のためになる。競争、罰は間違いなく選手にとってストレスだ。一方でそれは人間を一回り大きくするために必要な栄養でもある。部員の中でプロとなるのは一部だし、プロになったとしても必ずその先の人生がある。中野監督の言う「長期的に人を見る」とはそういうことだろう。

少子化と選手気質の変化

念のため説明すると、流経大はピッチ上の競争に負けても排除はされないチームだ。複数チーム制を採り、コーチやスタッフの数も十分に揃えているから、指導を受けられず、試合に出られず卒業することは基本的にない。

流経大はチームの頂点だけでなく全体のレベルが高い。「流通経済大学ドラゴンズ龍ケ崎」の名称でJFL(全国4部リーグ)に参加するBチームも、今年は茨城県予選で名門・筑波大を下して天皇杯に出場している。Aチームは昨年12月の第66回全日本大学サッカー選手権(インカレ)を制して天皇杯の出場枠を得ており、1校から2チームが全国最高峰のトーナメントに参加している。6日の2回戦ではトップチームがヴァンフォーレ甲府、ドラゴンズがFC東京と対戦する。

とは言っても200名の部員がいて、トップのピッチに立てるのは11人。全員が思い通りのポジションを得られるわけでないのは、チームスポーツの宿命だ。流経大サッカー部が理想郷と言うつもりはないし、不満や後悔を残してチームを去る選手もおそらくいるだろう。

中野監督は今と昔の選手気質を比較してこう述べる。

「昔はもう『お前なんて練習に来るんじゃない』と放っておいても、勝手に成長してきた。ナニクソという気持ちで良くなった。でも今の時代は少子化の中で出生率が1.4いくつ。一人っ子か二人っ子だから、家庭の中で欲求を満たされている。自分の思い通りに行かないと切れるか病んじゃう。怒られてなくて『なぜこんなことで怒られるの?』という顔をするんです」

「気持ちよくやっているだけでは伸びない」

だからこそ彼は一人一人の選手に気を使い、本音を引き出し、じっくり対話する。打たれ弱い現代の若者がレールから外れないようにフォローもする。ただし彼は選手を「コンフォートゾーン」に安住させない。

名将は「厳しさ」の意義をこう説く。

「子供たちなら褒めて、楽しませてスポーツをやらせるのでいい。でも大学生が楽しんでサッカーをやるのでいいのかな?という問題意識を持っています。苦しめることが目的でなくて、組織の中での役割とか“やらないといけないこと”を、スポーツを通して分からせなければいけない。気持ちよくやっているだけでは伸びていかないんです。テーマがあって、克服させていくのが、精神的にも肉体的にもプレイヤーとして伸ばす方法だからです」

そしてこう釘を刺す。

「それが混同して議論されて、日大アメフト部みたいだから強いんじゃないか?と言われるのはちょっと違うだろうと思います」

愛情と罰、優しさと厳しさとは選手の成長を促す両輪で、等しく重要だ。押し付ける、フォローなく突き放すような厳しさは「否」なのだろう。しかし一時的に選手を拒む、否定するというプロセスは人を伸ばすバネにもなり得る。そんなことを考えさせられた、名将との対話だった。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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