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大学卒業を待たずBリーグ入り 馬場雄大の才能と"縁"

大島和人スポーツライター
(写真:築田純/アフロスポーツ)

富山第一の高校サッカー初優勝の陰で

アスリートは不思議と同じ時代、同じ場所に固まって現れる。2013年の富山がいい例だ。

13年夏の甲子園で、富山第一高野球部は初出場ながらベスト8進出を果たす。宮本幸治(現法政大)は大会屈指の右腕として注目を浴びた。そして冬の高校サッカーでは富山第一のサッカー部が初優勝を飾る。大塚一朗監督と大塚翔キャプテン(現関西学院大)の親子鷹が成し遂げた快挙だった。

同校は13年冬の高校バスケウィンターカップにも出場していた。初戦で山形南に55-81と大敗したチームの中で、23得点とひとり気を吐いたのが馬場雄大。彼も馬場敏春監督との親子鷹だった。

ちなみに馬場が富山市立奥田中3年生のときに、1年生にいたのが八村塁(現ゴンザガ大)である。日本バスケの将来を担う二人が、同時期に同じ中学のバスケ部に在籍していた。

馬場雄大の才能、魅力は?

馬場は筑波大に進むと1年生からチームの主力となり、15年秋のインカレ制覇にも貢献する。馬場の魅力は何と言ってもアスリート性だろう。195センチ・88キロという体格はバスケ選手として「中の上」程度だが、スプリント力や跳躍力に光るモノがある。体格と機動力、バランスを全て持っているという意味では、1歳上の大谷翔平(北海道日本ハムファイタース)にも匹敵するものがある。

彼の父・敏春氏もバスケの元日本代表選手で身長は200センチ。モスクワ五輪予選ではポイントガードで試されたほど、大型でスキルの高い選手だったと聞く。息子も現在はシューティングガード、スモールフォワードが主だが、戦術眼やリーダーシップが身に付けば司令塔的な働きもできるようになるだろう。

馬場雄大は大学入学直後から「アメリカへのチャレンジ」を公言していた。17年1月のオールジャパン(天皇杯)の3回戦で筑波大はアルバルク東京に挑戦。馬場は17点を挙げる活躍を見せたものの、チームは74-86でB1屈指の強豪に敗れた。

馬場は試合後にこのようなことを語っている。「大学でどうこうという問題ではなく、代表の先輩方や海外に目線を置いてやっていくかが自分の目標。そこはずっと心に置いていたし、それがあったからこそこの1年間やってこれた」

協会挙げての特別ワークアウト

オールジャパンが終わって大学バスケは春まで試合のない時期に入る。筑波大のチームメイトの杉浦佑成はサンロッカーズ渋谷の特別指定選手として、一足早くプロの空気を吸っていた。馬場はその才能を認められ、日本バスケットボール協会(JBA)のテクニカルダイレクター(兼代表ヘッドコーチ代行)務めていたルカ・パヴィチェヴィッチ氏、佐藤晃一スポーツパフォーマンスディレクターと「2対1」のワークアウト(特訓合宿)に入っていた。スキル、フィジカルの両面で彼に英才教育を授けるという試みだった。

Bリーグの試合現場でも馬場とルカコーチから試合を見ながら語り合う様子を目撃した。バスケ観という意味でも大きな影響を受けたことは想像に難くない。

馬場は17年2月の親善試合(イラン戦)で代表デビューを果たし、6月の東アジア選手権でも代表の戦力と評価し得るプレーを見せた。破壊力のある突破、ダンクシュートと言った華のあるプレーで観客を魅了した。

大会を終えた馬場はこんなことを述べていた。「自分は東京五輪で結果を残すことが一番だと思っている。そこを考えた上で、どんな環境が一番いいのか悩んでいきたい。ルカからもいつも言われていることだけど、アグレッシブに切れ込んでいく強いプレーは自分に求められている。代表でルカをプレーするのは最後なので、より気持ちは入った」

何となく「国内も考えているのかな」と受け取れる発言だった。東アジア選手権後に代表HC代行を退いたルカ・パヴィチェヴィッチだったが、6月14日にアルバルク東京のヘッドコーチ就任が発表された。Bリーグ最大級の予算を持ち、昨季のB1ではベスト4に残ったクラブの指揮を執ることになった。

卒業を待たずA東京入り

そして29日、馬場のA東京入りが発表された。馬場とルカの”特訓”は今後も続くのだろう。彼はまだ筑波大の4年生で、学校に通って残った単位を取りつつ、一足早くプロとしての生活をスタートさせることになる。

A東京はザック・バランスキー、伊藤大司らバイリンガルの選手が多いチームで、セルビア人のルカコーチもおそらく英語で指導することになる。東京五輪はもちろん、アメリカ進出を目指す上でも、決して悪いステップではないだろう。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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