シングルマザーへのマタハラ。「子どもと一緒に心中しろ」と会社に言われているよう。当事者に話を聞く。

取材時に筆者撮影/裁判記録を前に語る前田さん(仮名)

頼れる親族もいない、身寄りのないシングルマザーへのマタハラは、私が見てきた300件近いマタハラ被害事例のなかでも、かなり悲惨な部類に入る。女性だけでなくお腹の子の生き死にに係る問題だ。

実際マタハラ被害に遭い、産婦人科の定期健診も行けず、単身女性の保護施設に匿われて出産。その後会社を訴え、裁判を起こした女性に話を聞いた。

●両親とは絶縁。高卒、派遣社員、貯金なし、未婚での妊娠

前田さん(38歳/仮名)は、神奈川県内にある派遣会社に2014年10月(当時34歳)に登録し、職場も業務内容も毎日変わる仕事をしていた。今日は倉庫内で作業、明日は飲食店で皿洗いと、その日の業務が終わるころに派遣会社から連絡があり、翌日の職場と仕事内容を指示されていた。

2015年3月のある日、職場への出勤中に気分が悪くなり、この日は早退させてもらった。翌日、仕事を休み、産婦人科に行くと妊娠していることが分かった。

相手の男性は3歳年下の登録する派遣会社の社員で、ある時期から親しくなり、前田さんの部屋に毎日のように来るようになった。当初はこの男性に好意を持っていたものの、男性を知るうちに自分とは合わないと感じた。この男性とはもう離れた方がいいと思い始めていた矢先の妊娠発覚だった。

たとえシングルマザーになったとしても、前田さんは子どもが欲しかった。30歳のとき「子宮筋腫が子宮口の入り口にあり、自然妊娠が難しい」と病院に言われたことがあったので、自分が妊娠できたことが純粋に嬉しかった。また、以前より両親とも絶縁状態になっていたので、これからは自分一人でなくなることも嬉しかった。

しかし、やはり育てて行けるか不安は大きかった。産婦人科と派遣会社の場所が近かったこともあり、妊娠が分かったその足で、派遣会社に直接赴いた。所長をはじめ、その時に会社にいた数名の社員に妊娠を報告。「仕事は続けたい」とはっきりと告げた。

この時には会社側からマタハラ的発言はなにもなかった。その日の夕方には派遣会社の社員から「明日の勤務先はAとBとどちらがいい?」という連絡も来たので、「Aがいい」と前田さんは回答した。

ところが、この回答に対する返答はなかった。そこで、別の社員に連絡したところ、「妊娠しているなら働くのは無理ではないか」「昨日も早退しているのだから」と言われた。

●会社からはマタハラ、相手の男性は養育費を払わず

翌日、前田さんは改めて派遣会社に問い合わせ、仕事が与えられなくなったことを伝えると、「仕事中に流産等何があっても会社を訴えないという誓約書を書いてくれるなら仕事を紹介するが、そうでない限り紹介できない」などと言われ、この日以降仕事をもらえなくなった。

収入が途絶えた前田さんは、相手の男性に養育費の話を相談しようとしたが、全く取り合ってもらえなかった。そこで、法テラス※1に相談したが、「養育費を払わない男性は多く、なかには仕事を辞めてでも払わない男性もいる」と言われてしまった。(その後、この男性は当時16歳の女性と結婚。前田さんの妊娠発覚から2ヶ月後に、この女性も妊娠している。)前田さんは相手の男性とのやりとりは不毛だと諦めた。

これらのストレスからか不正出血があった。産婦人科に行きたかったが手持ちのお金もなく、知人から2000円を借りてなんとか診療費に充てた。医師からは1週間は安静にするように指示を受けた。

※1法テラスとは、

法テラスとは、法律トラブルを抱えた人が気軽に利用できる公的なサービス。経済的に余裕のない人も一定の条件を満たせば、無料で法律相談をしたり、費用を立て替えてもらえたりする。

●「お腹の子供と心中しようか」と本気で考えた

4月に入り、妊娠のことは言わずに別の派遣会社に登録した。コールセンターの仕事で、これなら座って作業ができる。周りの様子をみて、登録から2~3週間後に妊娠を報告。ここではマタハラはなく、働きやすい環境だったのだが、2ヶ月で契約が終了する仕事だった。

その後、他の派遣の仕事を探すも、妊娠しているためか、なかなか職に就けなかった。そして、病院に行くどころか、食べ物を買うことすら経済的に困難になっていった。友人に食料(レトルト食品や冷凍食品など)を送ってもらったり、お金を借りて、なんとか凌いでいた。

4月中旬から約3ヶ月、病院の健診には行けずにいた。妊娠5ヶ月、安定期にあたる6月初頭になっても、妊娠前の体重と変わらない状況だった。

お腹の子供と心中しようか」と本気で考えるようになった。「堕胎しようか」と頭をよぎったこともあった。この状況で産むのは、この子にとって可哀想なことではないか、と。

駅のホームをふらふらと歩いていると、朦朧として来て、電車に吸い込まれそうになった。けれど、そういった時に限って、胎動を感じた。今回の妊娠を逃したら、年齢的にも身体的にも次の妊娠はない。自分の根底には「やっぱり産みたい!」があった。

そこで、今の状況からなんとか生きながらえようと、「未婚、産みたい、仕事ない」、「シングルマザー、産みたい、育てたい」とキーワードを入れて、ネットで検索し情報を探した。

取材時に筆者撮影/裁判記録を前に語る前田さん(仮名)
取材時に筆者撮影/裁判記録を前に語る前田さん(仮名)

●女性保護施設に匿われ、産婦人科を受診できるようになる

熊本市慈恵病院が運営する「こうのとりゆりかご(赤ちゃんポスト)」に電話したり、埼玉県の里親制度をやっているところにも相談したりと、ネットで検索して目に留まるところに手当たり次第連絡した。

最終的には自身が住む地区の区役所の女性職員に相談した。そして、2015年7月単身女性の保護施設に匿われた。

保護施設の情報は表には出ていない。様々な困難な状況の女性たちが保護されているため、外部と遮断された環境だった。生活保護が支給され、その保護費から直接病院に支払ってもらえる。これでようやく産婦人科の定期健診が受けられるようになった。日中は内職の作業に参加。食堂もお風呂もあり、前田さんはようやく食べるものに困らずに済んだ。

そして、2015年11月12日の夜に、元気な男の子を出産。出産前は単身女性のみの施設だったため、退院後に母子の為の施設へ移動。2016年2月に再度、別の母子寮に本入所した。現在もそこで息子と一緒に暮らしている。

●シングルマザーへのマタハラは死刑宣告

妊娠と同時に仕事をくれなくなった派遣会社とは、妊娠中に労働審判※2を行っていた。

しかし、和解は決裂し、2018年1月に裁判へ。会社側は前田さんの訴えを認め、判決には至らずに和解となった。そして、2018年8月、会社からの和解金が支払われた。生活保護を受けているため、お金は役所へ返還された。

前田さんは、「非正規マタハラの前例になれたら」という思いで裁判を起こした。身寄りのないシングルマザーへのマタハラは、「相手への死刑宣告になる」と会社に認識して欲しいという。

また、未婚での出産は大変だが、情報を収集することを諦めないで欲しい、と同じシングルマザーの女性たちに伝えたいという。

息子はすくすくと育ち、もうすぐ3歳。2017年4月から認可保育園に通っている。

前田さんは現在、自身にADHD(発達障害の一種、注意欠陥・多動性障害)が見つかり、自立や仕事復帰を支援する機関に通っている。

今は自分のことより、息子のことが最優先。あの子にとって恥ずかしい親でないようにと毎日頑張っている。

※2労働審判とは、

2006年(平成18年)4月に運用が開始された日本の法制度の一つ。職業裁判官である労働審判官と民間出身の労働審判員とで構成される労働審判委員会が、労働者と使用者との間の民事紛争に関する解決案をあっせんして、当該紛争の解決を図る手続き。三審制で裁判より短期間での解決を図るためにできた制度。