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「もし被害が妹だったら…と想像すると声を上げずにいられなかった」詩織さんが語る被害を表沙汰にした理由

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
筆者撮影/右:小酒部さやか(筆者)左:伊藤詩織さん

アメリカから#MeTooのムーブメントが起こり、日本では伊藤詩織さん(28歳)が実名と顔出しで望まない性行為をされた、と被害を訴えたことで少しずつ動きがあった。しかし同時に、日本にはまだまだ声を上げることを良しとしない排他的な空気もあり、詩織さんの件が日本であまり注目されていないと報じたニューヨーク・タイムズの記事が、海外で大きな反響を呼んだ。

勇気を振り絞って沈黙を破った女性を、なぜ日本社会は支えないのか。どうすれば声を上げた人を支える社会になるのか。声を上げる意味はなにか。声を上げたその先にあるものとは…。

明日3月8日は国際女性デー。伊藤詩織さんと話をし、一緒にこのテーマを深掘りした。

参考:米ニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)は、2017年12月29日WEB版で「She Broke Japan’s Silence on Rape(日本のレイプ被害の沈黙を破った)」と伊藤詩織さんブラックボックス事件を相手方の山口敬之氏の写真入りで詳しく報じた。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●私は一度死んだ。ならば、この身をすべて使い果たそう

小酒部:現在、仕事や住まいは、どうされていますか?

伊藤:昨年5月29日に初めて記者会見し、その後本当に多くの色々なことがあって。今はイギリスをベースに、フリーランスでジャーナリストとドキュメンタリーの制作をしています。

小酒部:昨年10月に出版された著書「Black Box」では、「自分の大切な人に被害が起こらないために」そして「今のシステムを変えるために」顔出し名前出しで被害を訴えた、とありました。性被害を訴えるのは、凄まじい勇気だと思いますが、どうしてそんな勇気を持てたか、教えてください。

伊藤詩織さん著書「Black Box」
伊藤詩織さん著書「Black Box」

伊藤:よく「勇気がある」と言われますが、今の行動に至ったのは、色々と試した結果、この問題を訴える上で他に道がなかったからです。現状を変えるために、被害を受けてから昨年5月29日の会見に至るまでの2年間、一つ一つ色々と試してみました。自分の話をしなくても変わる方法があればと思って。

けれど、やはり今の日本社会では、元々性暴力についての話がされないというのがあって、とても難しかった。週刊新潮が本件を報道し、私がなぜお話ししたのかも掲載してもらいましたが、国会では強姦罪(当時)の刑法改正についての審議が一向に始まらないのを見て、もう自分が前に出るしかないだろうと。

小酒部:誰もが最前線になんか立ちたくない。何より詩織さんはまだ若い。その若さにして、背負うものがあまりに大き過ぎる。人生をかけることになる。

私がマタハラ被害者としてメディアに出られたのは、すでに結婚もしていて、会社勤めは二度とできないと覚悟したけど、夫の収入があるので生活だけはしていけた。ご自身の将来のこと、結婚や仕事のことを考えると怖くなかったですか?

伊藤:性被害は魂の殺人と言われますが、私は一度、死んだと感じました。意思や心は奪われ、姿だけが残っている状態。もう既に死んでいるのだから、あとは動く身体だけを使って、すべて使い果たそうと思いました。性被害で苦しんでいる方がたくさんいる。命を落とした人や、自ら命を絶った人もいる。幸い自分はまだ動く身体が残っていた。だから、自分がやらなきゃいけない、やれることは全てやって使い切ろうと思いました。

小酒部:未来のことなどどうでもよく、未来よりも今を!という感じだったんですね。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●自分の大切な人、もし被害が妹だったらと想像すると…

小酒部:一度死んだという状態なのに、どうして記者会見まで出来たのですか?

伊藤:まず被害直後に、妹に会ったのがすごく大きかったです。彼女を見た時にハッと思ったんです。この子が被害を受けたら、どうなっていただろうと。

被害直後しばらくは、色んなものをシャットダウンして、とにかく普通に過ごそうとしていたように思います。そんな状態でしたが、自分の中に以前より強くあった真実を求める信念だったり、正義だったりは、うっすら残っていて。わずかに残っていたそういったものを頼りに、少しずつ少しずつという感じです。自分のことでは動けなかったけど、自分の大切な人、もし妹だったらと思うと、徐々にやるべきことが見えた気がしました。

もちろん何度もつまづきましたし、生きようとしたり死のうとしたりの繰り返しがあったのですけど。

小酒部:著書では、性被害で自ら命を絶ったキャリーさんの写真がきっかけだったとありましたね。

【キャリーさんの写真とその内容】

撮影/Marry F Calvert
撮影/Marry F Calvert

会見に至るまでの間に、詩織さんは「世界報道写真展」でメアリー・F・カルバートの写真に出会う。最も印象に残ったのが、上司に望まない性行為をされ、その後命を絶ったキャリー・グッドウィンさんの手首の絵の写真と、彼女の父親を捉えた写真だった。彼女が日記に描いたリストカットの手首の絵。絵の左上に「IF ONLY IT WAS THIS EASY.~これがこんなにも楽だったら~」とある。

詩織さんは、この絵を他人事として見ることはできなかった。キャリーさんは、所属していた海兵隊に被害を訴えたが、かえって懲戒除隊の処分になった。彼女の父、ゲイリー・ノーリングさんは事情を知らず、娘が休暇で家に帰って来たのだと思っていた。5日後、キャリーさんは大量飲酒して自殺した。

撮影/Marry F Calvert
撮影/Marry F Calvert

彼女の死後、届けられた私物の中に日記を見つけたゲイリーさんは、娘がなぜ死ななければならなかったか、初めて知った。キャリーさんが命を絶った後、彼女の写真が置かれた昔のままの部屋で、一人たたずむゲイリーさんを捉えたメアリーさんの写真からは、残された家族の苦しみが痛いほど伝わってきた。

彼は娘の事件を語る講演活動をしている。彼の無念は、娘の上司が二年前にも同じことをしており、その時も罪に問われることはなかった、と知ったことから生じた。

(伊藤詩織さんの著書「Black Box」に書かれているエピソードの要約)

小酒部:事件後、詩織さんも『自殺という選択を何度となく思った。しかし、死ぬなら、変えなければいけない問題点と死ぬ気で向き合って、すべてやり切って、自分の命を使い切ってからでも遅くはない。この写真に出会って、伝えることの重要さを再確認し、思いとどまった』と著書で綴っていますね。

伊藤:会見後、本を出版する前に、ゲイリーさんと電話で話をしました。彼は「被害を公にしたことは、想像を絶するほどの勇気だ。君が立ち向かっているように、私たちには行動を起こす力がある。困難な道だが、決して諦めないでくれ」と言ってくれました。その言葉で、私は今まで抑えていた感情が溢れ、涙が止まらなくなりました。キャリーさんの写真から受け取ったメッセージを「伝えよう」と、会見前より決意を固めました。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●「伝えること」が仕事、そこから逃げるわけには行かない

伊藤:私の周りには実際にお会いしていなくても、パワーを与えてくれた写真に写るゲイリーさん、キャリーさんをはじめ、最初は消極的だったが正義を追い求めてくれた捜査員、サポートしてくれた友人を含めヒーローがたくさんいました。そして何より「伝えること」が自分の仕事なので、そこから逃げるわけには行きませんでした。

小酒部:詩織さんの決断に対し、家族から理解は得られましたか?著書では『お父さんは「社会と戦ったりするより、女性として平穏に結婚して幸せな家庭を築いて欲しい。それが親の願いだ」と言った』とありましたが。

伊藤:一番苦しかったというか、最後の一歩を踏み切れなかったのは、家族のことでした。自分がどこまで彼らを守れるのか。どんな攻撃があるのか、本当に分からなかった。それに、家族は「現状を変えたい」なんて思っていない。妹に「なんでお姉ちゃんがやらなきゃいけないの?」と言われて。

小酒部:著書には『妹さんとは距離が出来てしまった』とありましたが…。

伊藤:妹はまだ若いんです。妹が接するメディアはインターネットが多く、私の会見後にネット上ではネガティブなものが多かったために、とても傷付いたのだと思います。けれど、やっとこの年末(2017年12月)に妹と再会し色々話ができました。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●韓国人、ハニートラップ…、虚偽のバッシングの嵐

小酒部:ネット上のバッシングは見られたものではない。5月29日の会見時は「詩織」という名前だけだったのに、ネット上ではすぐに苗字まで晒されてしまった。他にも「#尹詩織」という韓国人にされたり、政治の問題と絡まされハニートラップとも言われたり。

レイプ被害者はどうしても好奇の目で見られ、性的バッシングも増えてしまう。会見時に詩織さんがシャツのボタンを開けていたなど、容姿や身なりといった本筋からずれることを言われやすい。詩織さんはジャーナリストだから、そのあたりもすべて認識されて会見に臨まれたと思うけど、バッシングは怖くなかったですか?

伊藤:怖かったですね。

小酒部:ネット上のバッシングを自分で見たのですか?

伊藤:ネット上の批判コメントは本を書く際に拝見しました。どのような意見を持った人がいるか、向き合わなければいけないと感じたので。会見後はメールが来たり、SNSでダイレクトに来るものもありました。耐えられなくなり、携帯は友達に預けていた時期もありました。

小酒部:それは苦しかったですね。ネットは公開処刑のようなもの。ただでさえ、記者会見ですごい勇気を使っているのに、その後また貶められる。これでは、社会問題に対し声が上がるわけがない。詩織さんが声を上げ現状のシステムが改善されていけば、他の人達にも恩恵があり、多くの同様の被害者が救われるはずなのに、なぜ足を引っ張るのか。私は、声を上げることを良しとしない日本のこの風潮を、もっと危機感を持って捉えるべきだと思っています。

伊藤:そうですね。よく海外の友達からも「まるで中世みたい」と言われます。もちろん日本だけではなく、似た風潮は他の国にもありますが、ひたすらに被害者をバッシングするというのは、やはり声を上げられない大きな要因だと思います。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●「被害が事実だとしても声を上げるな、相手が気の毒だ」という狂った批判まで

小酒部:辛いことを聞きますが、一番傷ついたのはどんな言葉でしたか?

伊藤:批判や脅迫だったり、身の危険を感じるものだったり。それらは確かに怖かったけれど、それよりもっと傷ついたのは、女性からの声でした。「同じ女性として恥ずかしい」「たしなみが出来ていない」「これが本当にあった事だったとしても、相手が気の毒だ」とか。他にもありましたが、淡々と凄く丁寧な言葉で、物凄くキツイことを言われる。自分の中では一番ショックだったことを覚えています。

小酒部:同性だから一番傷付く言葉を知っていて、それを使ってくるのですよ。被害が事実だとしても声を上げるなとは、どういう論理なのでしょう?

伊藤:その女性がメールで書いていたのは、「自分は凄く厳しく大切に育てられて、行く場所も会う人も時間も物凄く気を付けていたから、そんな目に遭ったことはない。これは全てあなたの因果応報であり、ましてやあんな服(シャツの第一ボタンを開けていた会見時の服装)を着て、他の被害者に失礼だ」と。

小酒部:その女性は、自分の来た道を否定されたくないという思いが強いようにお見受けします。そういう心無い言葉を受けて、どうやって消化していったのですか?

伊藤:こういった声は大切だと思っています。どういう背景で何を考えられての意見なのか、オープンに話せなければと思ったので、その方には返信のメールを送りました。「ありがとうございます」と。

「ご意見はとても貴重で、ご指摘はとても興味深い。ただ、どうしてそう思うのか、その背景を知りたい。どうしたら話し合えるのか、どういった視点なら分かり合えるのか、もっと勉強したいので、よろしければお返事頂けませんか?」と。返事は来ないですが…。

小酒部:詩織さんの姿勢は素晴らしいですね。問題が改善されず置き去りにされて来たのは、この問題を重視しない人たちがいるからです。詩織さんはどう捉えていますか?

伊藤:やはり身近なことだと思っていないと思います。性被害が本当に自分の大切な人、例えば娘だったり家族だったりしたときに、「そんな服を着ていたからだ。被害に遭ったお前が悪い」と、同じことを言えないと思います。もちろん性被害で声を上げると「もうお嫁にいけない」とか「家族の恥」という価値観がいまだに存在するとも伺います。多分、目の前で傷付いている姿を見たら「被害者ぶるな」なんて、とても言えないと思うんですよね。想像することが足りていないと思います。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●どんな批判を受けても、ここで潰れるわけにはいかない

小酒部:詩織さんが決死の覚悟で会見に臨んでも、ネット上に心無いバッシングが無数に上がり、その公開処刑の様子を多くの人が見てしまう。こんなことになるなら声は上げないと、バッシングが声を上げさせないストッパーになっていると思いますか?

伊藤:そうですね。二次被害を恐れて声を上げない方は、たくさんいると思います。そこですごく強く思ったのは、バッシングに負けていたら、それこそバッシングをしている人の思うままだと。声を上げればバッシングされて沈黙をせまられる、という道を作ってしまう。ここで自分が潰れたら、自分の被害を話した意味がなくなってしまう。だから、たとえどんなことを言われても、ここで潰れるわけにはいかない。私が被害を語ることは、システムの改善や被害者が同じ道を通らなくするためなんだと。なので、繰り返し話して行くことが、大切だと思っています。

小酒部:一度の会見ですべての人の理解を得ようというのが、無理ですものね。大事なのは、詩織さんのやろうとしていることに反対する人たちにも、繰り返しニュースにすることで、詩織さんの話は繰り返しニュースになるほど重大だと認識してもらうこと。すべてはそこからですものね。

伊藤:平気じゃなくても平気な顔をして話し続けるというのは、辛かったですが、必要だと思い込んで来ました。そしてやっと、ゴシップでもスキャンダルでもなく、ようやく話の本質について議論できるようになってきた。どうしたら改善できるのか、というところに今は一緒に耳を傾けて考えてくれる人が増えたと思います。だから、倒れず立ち続けてよかったなと思いますね。そして最近は「本当は平気ではない」という姿を見せられる理解者が増えてきたので、とても助けられています。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●相手への怒りはない。今まで届かなかった多くの声に、私は突き動かされている

小酒部:著書のなかで相手に対して怒りがないと綴られていました。私がマタハラ防止を牽引してきたエネルギーは、会社や上司に対しての怒りでした。自分の頭の中で何回も上司を殺したり、完全犯罪って出来ないかとバカなことを考えた時もあって。そんな愚かなことを考えている自分が嫌で、私はマタハラ防止の活動にエネルギーを注ぐ道を選びました。けれど、詩織さんは怒りがないと。そこが不思議です。相手に対してどんな気持ちか、聞かせてもらえますか?

伊藤:そうですね。怒りという感情が本当に無いんです。多分それは、相手と感情で繋がることすら嫌だという自己防衛で、無意識に心が逃げているのかもしれません。

私の願いは、相手がどうしてこういう事に陥ってしまったのかを見つめて、この問題を考えてもらうことです。どう改善すればいいか、加害者側の背景も含め、一緒に考えられるようになるのが必要だと思っています。

小酒部:どうしてそういう思いに至ったのですか?

伊藤:刑務所で罪を償った人と取材でお会いしたことがありました。その人は、自分の罪を認めて、自分自身で受け入れて、これから自分はどうして行けばいいのか、どうすれば自分が犯した罪が起こらないように防げるか、ということに真剣に向き合っていました。そのプロセスって凄く大切だと思うんです。そして何よりもこの方がそうすることによって自分自身の新しい幸せな人生をスタートしていました。

罪を犯した人が、どうして罪を犯してしまったのかを一番よく知っている。なぜそういう風になったのか、一緒に話し合うことが、繰り返さないことに繋がって行くと思っています。

小酒部:なるほど。そのような視点だったとは、とても考えさせられます。では、警察の取り調べの仕方や病院の対応など、そこに関しては怒りがありますか?

伊藤:自分の被害の問題は、怒りを向けたくても、向ける対象が無いんですよ。たとえば、最初の捜査員の対応に「なんなんだ!この人は?」とショックと驚きを受けました。けれど、よくよく話をしていくと、古い法律が鏡になっていて、個人の問題ではなく、システムの問題だと分かった。だからこの問題はあまりにも改善すべき方向が広いのと、一つのところだけに問題があるわけではない。

小酒部:では、この問題に対してどういう感情なのでしょう?

伊藤:それ、いい質問ですね。自分にも聞いてみよう。私はどういう感情なんだろう?

小酒部:逆に「怒っている」と言ってくれた方が、理解できるんです。詩織さんの話がすべて事実なら、そりゃ怒るよな。理不尽だよな。酷いよなって。でも、そうじゃないと言われると、詩織さんは一体何に突き動かされているのか?

伊藤:おそらく自分の感情だけでは動けない。けれど、妹の顔だったり、被害の後に自殺された女性やそのお父さんのことなどを考えると、すごく感情的になって涙が出て来てしまう。急に#MeToo が始まったように見えるけれど、本当は今まで声を上げていた人がたくさんいて、届かなかった声がたくさんあって。届かなかった彼女たちの声が繋がって、自分を突き動かしていますね。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●声を上げても一人にさせない仕組みが、日本にも必要

小酒部:詩織さんの存在で、#MeToo のムーブメントは日本でも少しだけありました。

伊藤:日本では、ムーブメントと呼べるほどにはなっていないと思います。

小酒部:確かにそうですね。ニューヨーク・タイムズが「日本は声を上げる人を支えない」と報じました。これがムーブメントになっていかない要因だと思います。声を上げることを良しとしない日本のこの風潮をどうすれば改善できるか、詩織さんの考えを教えてください。

伊藤:難しいですね。

小酒部:島国でほぼ単一民族で宗教性も比較的薄い、という日本を取り巻く環境が日本人の意識を鈍くさせているのですかね。改善すること、変わることを排除する、多様性を排除するという方向になりがちに見えます。

伊藤:話は少し変わりますが、先日、イギリス人と話していて「平和ボケ」って言葉が出ました。それを英語にしようと思ったら「平和ボケってなんだろ~?」と。英語にするのに、とても説明的になってしまって。

今、私たちはどこかでやっぱり平和だと思っていて。でも、実は知らないだけで平和とは言えない部分はたくさんあって。結局、困難にぶつかって当事者にならないと気付かない。私もそうでした。

小酒部:結局、どんなに批判や二次被害が来ても、苦しんでいる当事者が声を上げないとならない。声を上げる人を支える仕組みは、海外にはありますか?

伊藤:ありますね。性被害の場合には、性暴力救済センター(SARC)だったり、レイプクライシスセンターだったり。PTSDやトラウマに悩まされるので、その取り組みは本当に進んでいます。イギリスでは、PTSDやトラウマによって崩れてしまった生活スタイルや、会社や学校とのやりとり、そういったところまで支援してくれます。

小酒部:私も詩織さんも声を上げたら会社勤めはできない、とかありますものね。そういった社会との繋がりをサポートしてくれるシステムがあるのは大きいですね。

伊藤:声を上げても一人にさせない、孤立させない、苦しませない、そういう仕組みが日本にも必要ですね。

取材時に筆者撮影
取材時に筆者撮影

●たとえ裁判で負けても、やる意味は絶対にあると思う

小酒部:もしこの裁判で負けたとしたら、どうしますか?

伊藤:最初から勝ち負けの問題ではないです。たとえ負けたとしても、それでもこの問題を追及する意味は絶対にあると思っています。

小酒部:負けることも想定しながらとは、本当に勇気がいることですね。最後に、勇気とはなんだと思いますか?

伊藤:勇気ってなんだろう…恐れないことなんでしょうね。けれど、本当に勇気とかではないんです。覚悟は必要でしたが。

小酒部:勇気ではない?

伊藤:自分の弱さは自分が一番よく知っています。何よりも、私一人で出来たことではないので。「勇気」という言葉を使うなら、「みんなの勇気」と言えばいいのかな。捜査員の勇気であったり、支えてくれた友達の勇気であったり、娘の意思を受け止めてくれた両親や家族の勇気であったり。本当にそういった周りに助けられて、辿り着いたことなんです。

小酒部:最後に詩織さんから何か伝えておきたいメッセージはありますか?

伊藤:誰かが声を上げた時、社会に一石投じた時に、批判も含めた様々な意見が飛び交うと思います。その時に必要なのが、想像力なんだと思います。一番上手くイメージできるのは、自分の大切な人が同じ被害に遭った時を想像すること。私は妹を想像しました。自分の経験を通して、大切な人を想像してから物事を考えるように多くの人がすれば、建設的な議論が出来る社会になるように思います。

伊藤詩織さん、お話しくださりありがとうございました。

今回の事件は検察審査会で不起訴になり、現在、民事訴訟中で事実関係を争っています。記事の公平性を保つため、相手方山口氏の代理人弁護士にコメントをお願いしましたが、回答はありませんでした。

そこで、以下に山口氏が雑誌に寄せた手記の一部を引用致します。

【月間Hanada/2017年12月初霜号の山口氏手記】

事実と異なる女性の主張によって私は名誉を著しく傷つけられ、また記者活動の中断を余儀なくされて、社会的経済的に大きなダメージを負った。私は虚偽の訴えに強い憤りを感じました。

 しかし四ヵ月あまりの審理の末、検察審査会は九月二十一日、「不起訴処分は妥当」との最終結論を出した。「犯罪行為があった」という女性の主張は退けられ、刑事事件としては完全に終結した。

(中略)

 あなた(伊藤詩織さん)の主張は、要約すれば「二〇一五年四月三日の夜、抗拒不能な状態で意に反して性行為をされた」ということになります。そしてそれは、「飲食店のトイレから翌朝五時まで継続して意識を失っていた」というあなたの認識に立脚しています。

 それは全く事実ではありません。

(中略)

 全く事実と異なる主張でメディアとネットでリンチに遭い、社会的に深刻なダメージを負った私は、あなたが民事訴訟に打って出た以上、徹底的に闘う。痴漢の冤罪被害のように「性犯罪被害に遭いました」と偽りの記者会見をすれば大きな利得を得る社会は間違っていると考えるからです。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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