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管理職の立場で考えてみる…採用予定の医師に対するマタハラ

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
(写真:アフロ)

大阪府立病院機構・大阪急性期・総合医療センター(大阪市住吉区)で、採用予定の医師に対するマタハラがあったとして、センターが小児科の女性部長を厳重注意していたことがわかった。懲戒処分ではないことを理由に、女性部長の氏名などは公表されていない。

朝日新聞社の記事によると、女性医師は昨年末ごろに採用が内定し、今年4月から勤務予定だった。今年2月、「妊娠がわかった」と部長にメールで伝えると、部長は「病院に全く貢献なく、産休・育休というのは周りのモチベーションを落とすので、管理者としては困っている」と記し、「マタハラになるかもしれない」としつつ、「非常勤で働くのはどうでしょうか」とメールで送り返したという。

センターは、部長のメールの内容は、男女雇用機会均等法で防がなければならないと定める妊娠、出産などを理由に不利益な扱いを示唆する言動で、いわゆるマタハラだったと認定。部長を厳重注意、監督責任のある病院長を所属長注意とした。結果的に女性医師はセンターで勤務しなかったという。

内定から勤務開始までの間に妊娠が判明するという、大きな組織でもまだまだ事例の少ないケースの場合、管理職であるこの女性部長はどのように対応すればよかったのだろうか?

引用記事:採用予定の医師にマタハラ 大阪の医療センター部長

●メールや書面でのやりとりはNG

内定後すぐの妊娠は「迷惑」というのが管理職のホンネというのは分からなくもない。人員補充が必要な業務があったから採用したわけで、それが予定通りにいかなくなれば振り出しに戻ってしまう。それどころか、この女性医師が産休育休に入ったときの人員体制も再度検討しなくてはならなくなり、余計に手間が増えたという思いに駆られることだろう。

しかし、感情的に「迷惑」「困る」とダイレクトに相手に伝えてしまえば、相手からは「マタハラだ」と言われてしまっても仕方ない。妊娠した女性医師だって「迷惑をかけてしまう」と悩んでいたはずだ。

まず、この女性部長の落ち度はメールのやり取りで話を進めてしまったこと。しかも、文面で残してしまえば、自らマタハラの証拠を残しているようなものだ。まだ共に働いたこともなく、信頼関係が構築されていないなか、書面で送ってしまっては、相手にとってはそれが最後通告と捉えてしまう可能性だってある。

しかも「マタハラになるかもしれない」とこの女性部長自らも認識しているのだから、そのリスクをあえて冒してまで、急いでメールで送り返す必要はなかったように思う。

●複数名できちんとした話し合いを

女性医師が4月の勤務開始から産休まで非常勤で働けば、宿直などがなく、妊娠した身体に負担がないだろうという配慮から「非常勤で働くのはどうか」と、この女性部長は思ったのかもしれない。産休育休からの復帰後は内定で決まった当初の雇用形態に必ず戻すという前提であれば、このような打診が直接不法行為のマタハラとなる可能性は極めて低いはずだ。強要したり繰り返し迫ると不法行為のマタハラとなる可能性が出てくるが、きちんとした話し合いで、相手が自由な意思のもとに同意すれば問題はなかっただろう。

産休育休の取得期間や雇用形態など確認すべきことがたくさんある内容なのだから、メールでのやりとりで済ませようとするのは、管理職として間違いである。デリケートでセンシティブな問題で、面と向かっての話し合いですら誤解が生じる可能性もあるのだから、できれば関係者複数名同席のもと、きちんとした話し合いを複数回重ねるべきだっただろう。

●病院長や他部署への相談を

今回のようなレアケースに遭遇した場合、またその部署の人員だけでは業務が回らなくなるようなケースの場合、管理職一個人の判断で解決しようとするのではなく、その上の上司や他部署、たとえば人事部やダイバーシティ推進室などしかるべき部署にまずは相談するべきである。

特に今回のケースの場合、医療センター側は女性部長の上司である病院長も監督責任として所属長注意するという、組織としてあるべき対応をきちんとしている。女性医師から妊娠の報告を受けたなら、まずこの女性部長は病院長に相談すべきだった。相談して万が一、病院長が「非常勤で働くのはどうかとメールしろ」という指示だったとしたら、厳重注意は病院長に向く。レアケースの場合、その上の上司も誤った判断や指示をするという可能性もあるかもしれない。そのためにも複数の部署、複数の関係者に相談する必要がある

また、仮にこの女性部長が女性医師から妊娠報告を受けたときに、「妊娠しても出来る範囲で働いてくれればいいから」と病院長や他部署への相談もなく安請け合いしてしまった場合、今度はこの部署のメンバーたちが疲弊することとなり「逆マタハラ」という声が上がる可能性もある。いずれの場合を防ぐためにも、まず管理職は一人で解決策を探らないことが大切だ。他部署を巻き込んで話を進めれば、一部署の人員配置といった狭いやりくりで悩まずに、他部署まで含めて人員配置を再検討することもできる。

病院側、組織運営側も日頃からこのような事態があった場合、管理職がどこに相談すればいいか明示しておくことも必要になってくる。ハラスメントの被害者だけの相談窓口ではなく、加害者にならないための相談窓口の提示も検討してもらいたい。

●周りのモチベーションは管理職次第

女性部長は「病院に全く貢献なく、産休・育休というのは周りのモチベーションを落とす」と言っている。本当にそうだろうか。産休・育休で休んだ分の業務のしわ寄せが過剰に周囲に偏れば不平不満がでるだろうが、そうでなければ周囲はむしろ「この病院は誰もが公平に産休育休を取得できる」と安心するのではないだろうか。業務配分の調整をきちんとするのが、管理職の仕事である。周りのモチベーションも管理職の対応次第である。

ただこの場合、女性部長からすれば、人員不足だから女性医師を採用したのに、すぐに休業に入るため、また人を採用しなければならなくなった。女性医師が産休育休から戻って来た場合、新たに採用した人材をどうするかという問題も出て、自分の仕事が増えたと不満が募るだろう。こういった中間管理職の大変さをその上の上司、この場合は病院長がしっかりと把握して、女性部長のこの年の評価や給与に反映してもらいたい。評価や給与に繋がることが明確であれば、女性部長の不満は出ず、むしろ評価してもらえるチャンスと捉えられるのではないだろうか。

妊娠は本来おめでたいことでも、内定後すぐの妊娠は、職場にとってはまだまだハプニングかもしれない。それでも、妊娠はまだ産休・育休の期間など予定が立つ。これからは上司たちが介護休を取る時代。病気や介護などは妊娠・出産より予定や目途が立たない。いつ誰が急に休んでも業務が滞らない職場環境としていくために、様々なケースを学びにし、どんなケースでも対応できる強い組織へと成長していってもらいたい。

株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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