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自民党総裁選が実質スタート、序盤の動きから各候補の狙いを分析

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
2021年の自民党総裁選ははじまったばかり(写真:ロイター/アフロ)

 菅総裁の任期満了に伴う自民党総裁選挙の日程が9月17日告示、29日投開票で決定しました。既に、岸田文雄前政調会長が総裁選への出馬を正式に表明したほか、菅義偉首相も再選への出馬表明を行うこととみられています。このほか、高市早苗前総務相下村博文政調会長も出馬の動きを見せており、石破茂元幹事長も出馬の可能性を否定していません

 この総裁選は見どころの多い戦いとなる見通しですが、まずその序盤戦として各総裁候補と目される各議員の動きや狙い、さらに「フルスペック」と呼ばれる総裁選の仕組みについても解説していきます。

総裁選の「フルスペック」とは?選挙のルールを再確認

 まず、今回の自民党総裁選のルールについておさらいしたいと思います。昨年、安倍前首相が体調不良を理由により総理を辞職し、それに伴い自民党総裁選が行われましたが、この際行われた総裁選は、時間に限りがあったことから国会議員票にくわえて都道府県連が各3票を割り当てられる形での簡易型の選挙でした。時間に限りがある中でコストを抑えて迅速に新総裁を選出することができる一方、地方票が国会議員票よりも少ないことから、地方(党員・党友)軽視との意見も多く、不満の残る結果となったことは否めません。今回は、自民党青年局を中心にフルスペックでの総裁選実施を求める声が多かったことから、最終的に自民党の総裁選挙管理委員会で「フルスペック方式」での総裁選実施が決まりました。

図表は「総裁選挙の仕組み」、「自民党総裁公選規程」を元に大濱崎@oohamazakiが作成
図表は「総裁選挙の仕組み」、「自民党総裁公選規程」を元に大濱崎@oohamazakiが作成

フルスペック方式とは、総裁選規程にある通り、国会議員票と党員・党友票を同数にすることで、党員・党友の意見を最大限に尊重する形です。各党員・党友から集まった票は、47都道府県連から集まった票を全て足し合わせた上で、公職選挙の比例代表制でも使われる「ドント方式」によって383票に配分されます。この党員・党友票383票と、国会議員票383票とを合わせた766票のうち、過半数384票を取った総裁候補者が、新総裁となるわけです。

 ただ、3人以上の候補者がいた場合には、過半数384票を上回る総裁候補者がいない場合も考えられます。その場合には、上位2人による決選投票を行うことになります。決選投票は1回目の選挙の直後に行うことになりますから、国会議員票は再度投票すれば済みますが、党員・党友票を集めることはできません。そのため、都道府県連票は、上位2名のうち、当該都道府県の中で、最初の党員・党友票が多かった方に1票を加算する仕組みとなっています。

 そうなると、今後各候補者が出馬表明をしていくと予想される中で、序盤戦の注目ポイントは、決選投票となるだけの人数が立候補するかどうかと、党員・党友票を対象にした各候補者による選挙戦の展開手法でしょう。この点に注目して、各候補のねらいをみていきましょう。

再選を狙う菅総裁は?

前回総裁選で当選を決めたときの菅首相
前回総裁選で当選を決めたときの菅首相写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 昨年、安倍前首相の退陣による総裁選では、菅義偉首相が圧倒的な票差で勝負を制しました。安倍前首相の体調不良という事情により早急に新総裁を決めなければならないという状況が、当時官房長官を務めていた菅氏に主要派閥が早々に支持を表明したことに繋がりました。さらに、その流れから総裁選での菅総裁誕生を見越した各マスメディアがこぞって「人となり報道」を始めたことも、地方票の底上げに繋がったと言われています。

 一方、それから約1年が過ぎ、コロナ禍は依然として収束する気配をみせていません。世界的に見ても収束が遠い状況であることから、ひとえに菅首相の失策と片付けるわけにはいかないものの、内閣支持率はコロナ新規陽性者数と連動する形で急降下し、2021年8月の各社世論調査では、軒並み第二次安倍政権以降最低となる内閣支持率をたたき出しています。

 ところが、このような状況にあっても国会議員票は必ずしも大崩れしないとの見方が現時点での大勢でしょう。派閥として菅支持を表明したのは石原派のみにすぎませんが、二階幹事長は自らが菅再選を支持することを表明したのにくわえ、「派閥としても支持するのか」という記者の質問に対して「愚問だよ」と答えるなど、強い支持姿勢をみせています。このほか、佐藤総務会長(麻生派)や小泉環境大臣(無派閥)も菅再選支持を表明したほか、河野大臣も「首相のリーダーシップで進んだことが評価されず非常に残念だ。われわれも発信を強化しなければならない」と述べるなど、菅支持とも取れる発言をしています。

 こうなると、各派閥の態度表明が出揃う今週半ば以降、派閥の論理が働いて菅首相再選支持を主要派閥も表明するようなことがあれば、前回の総裁選と同じような流れになる可能性が濃厚といえます。

 もう一つ、主要派閥が自らの派閥から候補者を出す動きが弱いのには理由があります。菅首相は昨年の総裁選で「デジタル庁構想」や「携帯電話料金引き下げ」といった政策を打ち出し、いずれも実現してきました。しかしながら、ひとえにコロナ対策だけが内閣支持率に影響を与えているとみられる現状において、仮に総裁選で派閥からホープと呼ばれるような人材を出したところで、結果的にコロナ対策に翻弄されてしまう可能性もあります。将来の期待人材とされるような政治家が各派閥には複数いるとされていますが、無理にコロナ禍のこの時点でバトンタッチをさせずに、コロナとの戦いは引き続き菅首相に任せるというのも無難な選択と言えるでしょう。一方、派閥の影響を受けない無派閥の議員や当選回数の少ない中堅・若手議員らを中心に、総選挙に対する不安の声が高まっているのも事実です。8月18〜21日に行われた自民党情勢調査の数字は永田町に大きな衝撃を与えており、本来であれば公然と菅おろしが行われてもおかしくない状況です。

勝負に出た岸田氏は?

国民の意見を聞いた声が詰まっている「ノート」を掲げる岸田氏
国民の意見を聞いた声が詰まっている「ノート」を掲げる岸田氏写真:ロイター/アフロ

 一方、誰よりもはやく総裁選への出馬表明をしたのが岸田文雄前政調会長です。先述したとおり、菅首相に対する中堅・若手議員の不満は高く、このまま「無投票再選」だけは避けなければなりません。党員・党友票のあるフルスペックの選挙だからこそ、早いうちに選択肢として自らが名乗りを上げることで、反菅票を自らに集中したいという思惑が透けます。

 ただ、この思惑通りにいくかどうかはまだ未知数でしょう。昨年の総裁選では地方票(各都道府県連毎に3票、合計141票でその多くは都道府県でのドント方式配分)のうち、わずか10票(広島県3票、山梨県2票、山形県、福島県、香川県、長崎県、熊本県各1票)しか獲得できませんでした。今年春の参院広島選挙区再選挙では、地元県連会長として推した与党候補者が当初は有利と言われていたものの、結果的には野党候補者が当選したことからも、十分な力があるのかとの指摘も上がっています。

 総裁選出馬表明では、「党役員は1期1年・連続3回まで」「若手・中堅人材の登用」といった政策を掲げて、中堅・若手議員からの支持を狙う動きもありました。二階幹事長の在任年数が長くなっていることに対する党内の不満があることもまた事実であることから、この「二階外し」のメッセージが党内でどれだけ広がりを見せられるかが、序盤の鍵を握るでしょう。

石破氏はどうするのか?

横浜市長選挙でも応援に入った石破茂元幹事長(左)
横浜市長選挙でも応援に入った石破茂元幹事長(左)写真:つのだよしお/アフロ

 まだ態度表明していないものの、出馬の動きを加速化させているのが石破茂元幹事長です。前回の総裁選では68票と岸田氏(89票)にも及ばない3着という結果でしたが、毎日新聞と社会調査研究センターが8月28日に実施した全国世論調査では、「自民党の総裁にふさわしいと思う政治家の名前」の1位は相変わらず石破茂氏でした。

 ただ、そもそも出馬できるのかどうか、というところから難航しそうです。石破派は前回の総裁選敗北以降、石破氏が会長を辞任。紆余曲折ある中で、石破氏が顧問に就き、鴨下一郎元環境大臣が代表世話人になる運営体制に替わりました。その中でも退会者が複数出たことにより、現在は会派所属議員が16人となってしまったほか、鴨下一郎議員が今回の衆院選に出馬しないことを表明するなど、影響力は低下しています。

 党員・党友票に関しても、確かに毎日新聞と社会調査研究センターの調査では1位でしたが、これは自民党支持層以外も入れた数字で、党員・党友票がこの数字通りに動くとみるべきではありません。日本経済新聞社が実施した世論調査における「次の自民党総裁にふさわしい人」の設問では、自民党支持層に限ると、1位は菅首相(20%)で、2位以下は河野大臣(18%)、3位が岸田氏(14%)、4位が石破氏(12%)と続くなど、以前のような地方票の掘り起こしが期待できない可能性も出てきています。

 ただ、出馬の目処が立てば、メッセージ力のある石破氏にとって、フルスペックでの総裁選実施となったことが党員・党友票において有利になる可能性はまだあります。その勢いこそが、無派閥議員らを中心に、菅支持からの切り崩しの材料になることも想定されます。

第4の総裁候補は?中堅・若手から期待人材は?

自民党総裁選挙は9月29日に行われる
自民党総裁選挙は9月29日に行われる写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 ここまで述べてきた3人は、ほかでもない昨年の総裁選を争った3人です。これでは、代わり映えのない候補者ということで落胆の声もあるでしょう。

 党内では、高市早苗前総務相(無派閥)は保守団結の会を中心とした保守系議員から一定の支持があるほか、安倍前首相とも近いとされており、総裁選への出馬を狙っているとされています。さらに下村博文政調会長(細田派)も総裁選への意欲を見せ、「(出馬に必要な)推薦人20人の確保ができた」と述べていますが、現状では派閥内でも支持が広がる動きはありません。

 さらに注目すべきは、中堅・若手議員のなかに「第4の総裁候補」を擁立する動きがあることです。既に複数回の会合が持たれている中で、次期衆院選への危機感を持った議員らを中心に、菅首相のコロナ対策では厳しいとの見方で一致しており、党内を一気に若返りをはかるためにも、中堅・若手議員から候補を擁立しようという動きが派閥横断的に出てきました。

 衆院選が4年間無かったことで、与野党問わず議員の高齢化が進み、議員の若返り化を求める声は国民の間でも多数です。二階幹事長をはじめとする高齢議員が党内力学を操作する状況では、誰が総裁となっても政治構造は変わらないでしょう。菅・岸田・石破に加えて更なる候補者が出てくれば、決選投票となる可能性も高まり、「菅おろし」を題目に中堅・若手議員らが一致団結する可能性もあります。この動きにも今週・来週と注目していきたいと思います。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。

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