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位置情報ゲーム『テクテクライフ』と観光・地域振興の新たな可能性

岡本健近畿大学 総合社会学部 社会・マスメディア系専攻 准教授
『かまいたちの夜』と『テクテクライフ』にそんな関係が!?

シリーズ「コンテンツツーリズムの現場」②

 筆者は博士号を観光学で取得した研究者です。とりわけ、アニメやマンガ、ゲーム等のコンテンツを動機とした旅行行動や、コンテンツを活用した地域振興、すなわち「コンテンツツーリズム」を専門にしています。

 コンテンツツーリズムの中でも「アニメ聖地巡礼」は注目度が高く、研究も数多くなされてきました。ただ、コンテンツは当然アニメだけではありません。今回は2回シリーズで「コンテンツツーリズムの現場」を見ていきたいと思います。2回目は「ゲーム」のコンテンツツーリズムです。

1.「こんや、12じ、だれかがしぬ」

 スーパーファミコン用ソフト『かまいたちの夜』が発売されたのは、1994年11月25日のことでした。『かまいたちの夜』は、アドベンチャーゲームの名作です。テキストが画面に表示されていき、プレイヤーはそれらを読み進めながら、要所に登場する選択肢を選んで話を進めていきます。テキストの背景として、ストーリーのイメージを示す風景のグラフィックや人影などが表示され、効果音や音楽なども挿入されます。

 『かまいたちの夜』は、チュンソフト(現、スパイク・チュンソフト)によるもので、「サウンドノベル」というジャンルに含まれます。前作の『弟切草』(1992年)に続いて発売され、約75万本を売り上げました。その後、リメイク作品やシリーズ作品が発売され、人気を博します。

 1983年生まれの筆者にとっては子供のころに発売されたソフトで、友達の家でプレイさせてもらった記憶がよみがえります。30年近く前の作品であり、いわゆる「レトロゲーム」と呼ばれるものですが、現在でも有名なゲーム実況者やVTuberによってプレイされています。

 たとえば、2021年12月にはVTuberプロダクション「.LIVE」(どっとライブ)」に所属する神楽すずさん(チャンネル登録者数9.16万人)がライブ配信で、そして、2023年4月にはレトルトさん(チャンネル登録者数236万人)が実況動画をYouTubeに投稿しました。このことからも、まさに「名作」であることがわかります。筆者もVTuber「ゾンビ先生」として、2022年7月に実況プレイ動画を投稿しました。

【関西弁ネイティブによる】『かまいたちの夜』Vol1【スーファミ時代の超名作ミステリー】

https://youtu.be/dYB2Zb88Yjo

 この記事はコンテンツツーリズムに関する記事です。なぜ、『かまいたちの夜』の話を始めたのでしょうか。実は、本作にはロケ地があったのです。作中に登場するペンション「シュプール」は、長野県白馬村のペンション「クヌルプ」をモデルにしています。

 そのことを知ったのは、ゲーム実況を進めながら、作品の背景情報を調べた時のことでした。1995年に発売された『公式ファンブック かまいたちの夜』を見てみると、なんと合計7ページにわたって白馬村のスキー場や自然、観光資源に名産、マップなどとともに、ペンション「クヌルプ」のことが紹介されていたのです。

 さらに、2002年に発売された『かまいたちの夜 完全攻略本』には、ゲームをきっかけにペンションを訪れた人が約1万1000人いたということが書かれていたのです。これは立派なコンテンツツーリズムです!どこから自分の専門分野と接続するか、わからないものです。こういうつながりがなんでも調べてみるものですね。

 ちなみに、『かまいたちの夜』(1994年)が発売されたころには『SLAM DUNK』(1993年)や『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)といったアニメが放送されていました。この2作品は、アニメの聖地巡礼が盛んにおこなわれた作品でもあります。

2.あの人は今…『テクテクライフ』

 ゲーム実況で『かまいたちの夜』をプレイし、周辺情報を調べる中で知ることができたコンテンツツーリズム展開ですが、ところでこの名作ゲームシリーズを作った人は今何をしているのでしょうか。気になって調べてみたところ、なんとそのうちのお二人が『テクテクライフ』という位置情報ゲームを作っておられるではありませんか。

 このつながりに驚き、さっそくアポイントメントをとると『テクテクライフ』のプロデューサーで代表取締役の田村寛人(たむらひろと)さんと、同じくデザイナーで取締役の麻野一哉(あさのかずや)さんが、快くインタビューを引き受けてくださいました。

 『テクテクライフ』を運営するテクテクライフ株式会社は2019年7月に設立されました。田村さんは、『かまいたちの夜2』に関わられており、麻野さんは『弟切草』『かまいたちの夜』『街』といったサウンドノベルシリーズを手掛けてこられています。お二人は、『テクテクライフ』の前身となる『テクテクテクテク』(2018年)でもタッグを組んでいました。

 まず、伺ってみたかったのは『かまいたちの夜』でのコンテンツツーリズムの展開と『テクテクテクテク』のアイデアとのつながりです。筆者がインタビューに至る経緯をお話して、そのつながりについて麻野さんに質問をしたところ、「それは考えたこともなかった」とのこと。完全に筆者の勇み足でした(笑)。研究は常に仮説を立てて、それを確かめていく作業ですが、こういうことも良くあります。

 麻野さんによると『テクテクテクテク』の発案のきっかけになったのは『Ingress』でした。『Ingress』は、Niantic, Incによって2013年にリリースされた位置情報ゲームです。Niantic, Incといえば、2016年にリリースされた『Pokémon GO』を株式会社ポケモンと共同開発をしたアメリカの企業です。

 麻野さんは『Ingress』をプレイする中で、兵庫県から上京したばかりの時に思いついた「東京をすべてめぐりたい」という目標を思い出します。『Ingress』は「ポータル」という各地に点在する場所を二つの陣営で奪い合うゲームなのですが、「どのポータルを訪れたことがあるか」という履歴を記録する機能がありませんでした。そこで、麻野さんは市販の地図帳を用いて、『Ingress』で訪れた場所に色を塗っていくことにしたのです。この「地図を塗る」作業が面白く、ゲームになると実感したそうです。

 筆者も前作『テクテクテクテク』からプレイしていて、ゲームの基本となる「街区を塗っていく」作業がことのほか面白く、また発見が多くて驚きました。田村さんによると「届いてくるユーザーの声でも、塗りの部分の楽しさを伝えてくださるものは多かった」とのことです。『テクテクテクテク』にはRPG的な戦闘の要素などもあり、もちろんそれも含めてゲームとして面白かったのですが、他の位置情報ゲームと比べたオリジナリティは、やはりこの「塗り」にあったようです。

 その後、『テクテクテクテク』は半年でサービスを終了してしまいますが、わずか半年の期間でありながら熱狂的なファンを生み出します。著名人やファンたちの再開を望む声に後押しされる形で、要望の多かった「塗り」の部分を軸にして2020年10月1日に新たなアプリ『テクテクライフ』として復活します。

『テクテクライフ』のプレイ画面は次のようなものです。

『テクテクライフ』の基本プレイ画面「げんちぬり」(提供:テクテクライフ株式会社)
『テクテクライフ』の基本プレイ画面「げんちぬり」(提供:テクテクライフ株式会社)

 青い円に囲まれたアイコンが、自分の今いる位置を指しています。この円の中に街区が接すると、街区が赤色の線で囲まれ、タップして「塗る」ことが出来るようになります。その単位は「街区」と呼ばれる単位で、かなり小さく、それらを塗って一つの「字(あざ)」を塗ると、経験値が増えて行き、それを繰り返すことで「ランク」があがっていきます。

 「歩いていかないと塗れないのであれば、なかなかゲームが進んでいかないのでは」と心配になると思うのですが、「となりぬり」という機能がついていて、塗った「街区」に隣接する街区を、その場所に行かなくても塗っていけるのです。ただし、その際には「TTP(テクテクポイント)」というポイントを消費することになります。とはいえ、このポイントは時間が経てば回復しますし、「字」を塗るごとにボーナスポイントが得られるので、それほどストレスなく塗り進めることができます。

エリアの何パーセントを塗り終えたかも一目瞭然(提供:テクテクライフ株式会社)
エリアの何パーセントを塗り終えたかも一目瞭然(提供:テクテクライフ株式会社)

 ゲームを進めていくと、自宅周辺の「字」の名前がとてもユニークなことに気がついたり、近くなのに意外といったことが無い場所の道路の構造が面白かったり、と発見があり、「次に通るときは、この道を一本入ってみようか」と現実空間上の興味をそそられます。また、山を含んだような道があまり通っていない広い「街区」の場合は「となりぬり」を行うとTTPを大量に消費してしまうので、近くまで行って塗った方が良いこともあります。

 そんな時は、これまで訪れなかったような場所まで、ついつい足をのばしたくなります。『テクテクライフ』は、人生に「歩く楽しさ」、「地域を見る楽しさ」を加えてくれるアプリなのです。

3.位置情報ゲームと観光・地域振興

 前作『テクテクテクテク』を遊んでいたユーザーからの要望が強かった機能として「スタンプラリー」がありました。今作『テクテクライフ』では、デジタルスタンプラリーが実装されており、すでに日本のほとんどの駅が搭載されています。

JR山手線の駅をラリーで回ることができる(提供:テクテクライフ株式会社)
JR山手線の駅をラリーで回ることができる(提供:テクテクライフ株式会社)

画像付きでその場所に何度チェックインしたかも記録される(提供:テクテクライフ)
画像付きでその場所に何度チェックインしたかも記録される(提供:テクテクライフ)

 『テクテクライフ』は、現実の空間とスマホを通じてアクセスできる情報空間をつなぐアプリになっています。つまり、それは観光・地域振興に活用することができるのです。たとえば、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の公開記念として実施された「テクテクエヴァめぐり」では、全国約5000ヶ所にエヴァスポットを設置し、それらに10回チェックインするごとに様々な景品が当たる抽選に参加することができる仕掛けを展開しました。

 エヴァスポットには全国のエヴァンゲリオン公式ストア、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の上映映画館、エヴァンゲリオンとコラボレーションしている飲食店や施設など、多種多様でした。さらに、2021年7月23日から2022年3月31日までは、北海道の網走市で、地域とのコラボである『テクテク網走めぐり』が開催され、こちらも、たくさんの人がこのコラボレーションを楽しみました。このような形で、『テクテクライフ』は、人と「コンテンツ」や「地域」をつなぐメディアとしての機能をはたしていることがわかります。

 位置情報ゲームと観光・地域振興はとても相性が良い組み合わせです。アプリのメリットは、利用者にとっては便利な機能が使えることですが、開発者にとってはデータを収集できることにあります。観光・地域振興を実施する際に、観光客のデータは必須でありながら、実は意外とこの取得が難しく、自治体でも悩みどころになっています。

 たとえば、人の移動データだけであれば、コロナ禍でも力を発揮したスマートフォンに搭載されたGPSによる位置データの取得があります。ただ、これだけでは「移動の動機」がわかりません。観光なのか、仕事なのか、日常生活の移動なのか、そうした人の「意志」が位置データからだけではわかりにくいのです。

 特に、アニメの聖地巡礼やコンテンツツーリズムなどの「個人の興味・関心」に基づいた観光の場合、それが難しいケースが多くあります。それというのも、こうした観光の旅客は、いわゆる「観光施設」に立ち寄らないこともあるからです。アニメ聖地巡礼などでは顕著なのですが、アニメの舞台になるところは観光地とは限りません。むしろ、観光地ではない都市の風景や住宅街などであったりする場合もあります。そうすると、観光施設への来館者数には全く反映されず、域内への観光入り込み客数が正確に把握できないのです。

 スタンプラリーであっても、台紙を配布した数から参加者数は割り出せますし、完遂してプレゼントを受け取りに来た人数はわかりますが、ラリーを途中でやめてしまった人がどこをめぐって、どの時点でやめたのかまではわかりません。

 その点、この『テクテクライフ』であれば、特定のコンテンツや地域、テーマとのコラボ期間を設定し、デジタルスタンプラリー機能やチェックイン機能を用いることによって、どの場所にどれくらいの人が訪れたかを正確に把握することができます。また、企画に参加してくれた人々にアンケート調査を行うのも同じアプリ内で可能です。こうしたデータは、立てた企画に対する正確なフィードバック情報となり、より来客に楽しんでもらえる、効果的な企画を立案するための解像度の高いデータとして活用することができます。

 『テクテクライフ』が他の位置情報ゲームと大きく異なるのは「物語性」の希薄さです。主人公のキャラクターや、なんらかの設定や世界観があるわけでもありません。そうした「物語の世界」はかなり希薄な設計になっています。むしろ、物語をつむぐのは、アプリの利用者で、その場所で経験することや感じたことが物語となって蓄積されていきます。むしろ、こうした特徴を持つアプリであるがゆえに、様々なコンテンツや地域、テーマとのコラボレーションがやりやすくなっていると言えるでしょう。

4.大人が使える位置情報SNS『テクテクライフ』への発展

 『テクテクライフ』は、これからどこに向かって歩いていくのでしょうか。田村さんは、言います。「テクテクライフはこれまで一人でプレイする形のゲームでした。もちろんその良さは損なわずに、今後、もう少しソーシャルな機能を入れていきたいと考えています。」

 たしかに、今の『テクテクライフ』には、多くの位置情報ゲームに搭載されている「フレンド機能」や「贈り物機能」「バトル機能」といった、他のプレイヤーを意識する仕掛けはありません。アプリ外のツイッターなどのSNSを活用して、ユーザー同士が交流を持っている状態です。

 それは具体的に、どういった機能なのでしょうか。麻野さんによると「スポットをユーザー自身で作れるようにしたいんです。岡本さんが食べたこのラーメン屋さんは美味いとか、この公園は見晴らしがよくて景色がいいとか、そういった情報を共有するような仕組みを考えています。」まさに、位置SNSとでもいうべき機能です。

 どのようなものになるのかとても楽しみな一方で、位置情報ゲームのソーシャル性の導入は難しい問題もはらみます。設計の仕方によっては、位置情報ゲームのプレイ履歴から個人情報が特定される、いわゆる「身バレ」があり得るからです。筆者はその疑問をお二人にぶつけてみました。

 麻野さんによると、「『テクテクライフ』のソーシャルな機能は、Twitterのように誰でも見られるようなものではなく、まずはクローズドな環境を想定しています。自分のポータルに表現して、それを許可した友達に開放する仕掛けです。どこまで情報を出すかも自分で決められるようにしたいと考えています」。最近では、Playstation5などでも自分がプレイしているゲームの情報をフレンドに公開する機能がついていますが、それも自分のどういった情報をどこまで公開するかはユーザーにゆだねられています。

 「私たちの『テクテクライフ』は、位置を使った安全なコミュニケーションができる、いわば位置情報におけるフェイスブックのようなものを目指していきたいんです。特に大切なのは、大人が安心・安全に使えることなんです。ソーシャルな機能は今年中に実現できればと日々検討を重ねている段階です」。田村さんはこのように意気込みを語ってくれました。こうした機能が実装された『テクテクライフ』がどんな人生を切り拓くのか、楽しみです。

 現実空間だけでなく、メタバースなどの情報空間・虚構空間にも注目が集まるなかで、日々進化を続ける『テクテクライフ』、一人のユーザーとしても、観光研究者としても、その行く末を楽しみにしながら日々テクテクしたいと思います。

【プロフィール】

田村寛人(たむらひろと)

プロデューサー、テクテクライフ代表取締役。「かまいたちの夜2」「ポケモンバトリオ」など。

麻野一哉(あさのかずや)

ゲームデザイナー、テクテクライフ取締役。「弟切草」「かまいたちの夜」「街」「トルネコの大冒険 不思議のダンジョン」など。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

近畿大学 総合社会学部 社会・マスメディア系専攻 准教授

1983年生まれ。専門は、観光社会学、メディア・コンテンツ論。アニメの聖地巡礼やゾンビを中心に、観光とメディア、現代文化、情報社会に関する研究を進めている。VTuber「ゾンビ先生」の中の人でもある。北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院 観光創造専攻 博士後期課程修了。博士(観光学)。著書に『巡礼ビジネス』(KADOKAWA)、『大学で学ぶゾンビ学』(扶桑社)、『アニメ聖地巡礼の観光社会学』(法律文化社)、『ゾンビ学』(人文書院)、『ゆるレポ』(人文書院)などがある。

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