Yahoo!ニュース

密室で行なわれている警察の取調べを可視化するインフラをどうするか?

太田康広慶應義塾大学ビジネス・スクール教授
(写真:アフロ)

日本の取調べは前近代的?

日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン氏が国外逃亡する前、日本の刑事司法の「前近代性」が話題になった()。

日本の刑事司法においては、警察の取調べは、弁護士の立会いがなく、外部との連絡を遮断した密室で行なわれる傾向にある。

そのため、捜査官が被疑者に対して威圧的な態度をとったり、証言や自白を誘導したりするというような違法・不当な取調べが行なわれるという疑いを排除できない。被疑者の意図と違う供述を強いられたり、供述とは矛盾する調書が作成されたりする可能性もある。

不当な取調べではないかと疑う側には証拠がないが、反論する取調べ側も証拠がない。こういう事態は、すべての取調べを録画・録音して必要に応じて裁判で参照することにすれば解決できる。

この「前近代性」を払拭するため、近年、ようやく小さな第一歩が踏み出されている。2016年の刑事訴訟法の改正により、裁判員裁判の対象となる事件や検察官が独自に捜査した事件について、身体を拘束された状態での被疑者の取調べはすべて録画・録音が義務付けられることになった。この改正は2019年6月から施行されている。

日弁連によれば、録画・録音される取調べは、すべての事件のわずか3%未満であるという()。よって、まだまだ道は遠い。それでも、日本の刑事司法の近代化の重要な第1歩であることは間違いない。録画・録音のコストは大きくないので、その対象の拡大が望まれる。(なぜ全件に拡大できないのか説明が必要である。)

取調べ録音・録画装置の整備

2022年6月14日に、令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセスが行なわれた。そこで対象となった事業の1つが「取調べ録音・録画装置の整備」である。筆者も、行政改革推進本部側の評価者として参加した。

公開プロセスの様子 (YouTube)

資料はこちら

刑事訴訟法改正により、裁判員裁判の対象事件など、逮捕または拘留されている被疑者を取り調べる様子をすべて録画・録音することを義務付けられたことにともない、取調べの様子を録画・録音するための設備が必要となった。この設備を整備する事業がレビュー対象である。

調達する録画機は2種類ある。設置型170万円、可搬型70万円である。警察署など全国4000箇所に配備し、耐用年数7年で置き換える。

令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料
令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料

令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料
令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料

170万円というのは、録画・録音する機器としては値段が高い。これほど値段が高くなるのには2つ理由がある。

まず、録画が改竄されていないことを保証するためにタイム・レコード(時刻)を画像に埋め込む必要がある。ホーム・ビデオのような簡易的な時刻表示ではダメで、動画の一部を白抜きするような改竄のできないタイム・レコードでなければならないらしい。これは、動画の改竄によって冤罪が起きないようにするために必要な機能である。

令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料
令和4年度・警察庁・行政事業レビュー・公開プロセス・資料

もう1つ必要とされる機能は、ハード・ディスクとブルーレイ・ディスクに同時記録する機能である。これは、裁判所に提出する証拠が「モノ」でなければならないということから、ブルーレイ・ディスクを使っているからである。証拠をデータで送ることができるように制度を変更しないかぎり、こういう機能が必要となり、調達機器が高額になる。

どういう法解釈上の合理性があるのかは明らかではないが、いったんハード・ディスクに保存してブルーレイ・ディスクにコピーするのではダメらしい。オリジナルでなければならないということであろうか。

政府全体のディジタル化が推進されている中、ブルーレイ・ディスクで証拠を提出するために、毎年7300万円の録画機器投資が正当化できるかどうか議論の余地がある。データ送付には専用回線を整備する方法だけでなく、一般回線を利用して暗号化してデータを送る方法でもいいかもしれない。

警察庁からは、このようにデータを送る方式に変えると現在のコストをはるかに上まわるコストがかかるという説明があった。ブルーレイ・ディスクで送るほうがはるかに安上がりであれば、そのほうがいいことになる。

しかし、気になるのは、現状維持バイアスである。現在の業者には、別の方法に変えた場合のコストを高く見積もるインセンティブがある。現在の公共調達で利益が出ていれば、方法を変えることによって利益を失う可能性があるので、できるだけやり方を変えないように提言するはずである。これは、その業者が悪いということではなく、インセンティブ構造上、当然、そうなる。

また、各都道府県で録画機器を調達しているため、各都道府県が細かな独自仕様を決めており、こういった独自仕様に対応できる業者だけが応札し、結果として1者応札(ほとんど同じ会社)になっている。

海上自衛隊が調達する汎用護衛艦も、従来、同型艦でも番艦ごとに微妙に仕様が異なり、クルーの共通化ができないなどの課題があった。(現在は解消している。)本質的に同じ防衛装備品でも、自衛隊の部署ごとに微妙に仕様が異なり、部品の共通化ができないケースもある。電力会社の電力事業に必要な設備でも、各社ごとに独自仕様があり、調達価格が高止まりする傾向があった。結果として電力託送料金の削減に繋がらない。

おカネを払う部署が業者に細かな希望をいい、その摺り合わせのコストによって、調達価格が高止まりするというのは、公共調達に限らず、日本のあちこちで見られる現象である。本質的に同じ機能を果たす録画装置であれば、同じ仕様で一括調達して調達単価を引き下げることは当然に検討されてしかるべきであろう。(実際には、都道府県ごとの独立性が強く、一括調達は難しいという話があったが、なぜ難しいのかはよくわからない。)

慶應義塾大学ビジネス・スクール教授

1968年生まれ、慶應義塾大学経済学部卒業、東京大学より修士(経済学)、ニューヨーク州立大学経営学博士。カナダ・ヨーク大学ジョゼフ・E・アトキンソン教養・専門研究学部管理研究学科アシスタント・プロフェッサーを経て、2011年より現職。行政刷新会議事業仕分け仕分け人、行政改革推進会議歳出改革ワーキンググループ構成員(行政事業レビュー外部評価者)等を歴任。2012年から2014年まで会計検査院特別研究官。2012年から2018年までヨーロッパ会計学会アジア地区代表。日本経済会計学会常任理事。

太田康広の最近の記事