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犬1000匹劣悪飼育の業者、なぜ営業を続けてこられたのか 「暗部」隠す生体販売ビジネス

太田匡彦朝日新聞記者
アニマル桃太郎から別業者に移送された犬。毛玉に覆われていたため丸刈りに=筆者撮影

 飼育していた多数の繁殖犬を虐待したとして長野県警は11月、動物愛護法違反(虐待)容疑で男2人を逮捕した。

 逮捕されたのは同県松本市内において「アニマル桃太郎」の屋号で繁殖場を営業する会社の社長だった百瀬耕二容疑者とその社員。2人は飼育していた犬たちを、劣悪な環境で衰弱させたり、病気になったのに適切な措置をしなかったりした疑いがある。同市内の2カ所で計約1千匹の犬を飼育し、繁殖した子犬を埼玉県内のペットオークション(競り市)に出品、ペットショップに販売していたという。

 なぜこのような劣悪な繁殖業者が長く営業を続けてこられたのか。背景には、流通小売業者であるペットショップを中心として大きく成長した、犬猫の生体販売ビジネスがある。

 日本には現在、数十店から100店前後を展開する大規模ペットショップチェーンが10社以上ある。1社あたり毎年1万~4万匹程度の子犬・子猫を販売している。これだけの数を販売するために、ペットショップチェーンは大量の在庫を抱える必要がある。

 その主な仕入れ先は、20年4月時点で全国に28ある競り市だ。毎週定期的に開かれる競り市には、全国の繁殖業者が大量に繁殖した子犬・子猫が出荷され、ペットショップチェーンのバイヤーたちがそれを次々に落札していく。

 アニマル桃太郎もこれまで、繁殖した子犬を埼玉県内の競り市に出荷していた。実際に多くのペットショップチェーンが落札していて、事件発覚後、対応に追われた。関東地方を中心に店舗展開するチェーン経営者は「1年以内に販売した分までさかのぼって購入者に連絡を取り、健康に問題があるような場合には返金する対応を取った」と言い、全国展開する別のチェーン経営者は「血統書を見て気付いた購入者から連絡があった。健康状態のチェックは独自に行っていて、問題はないと説明した」と話す。

●華やかなショップ店頭から見えない劣悪繁殖場

 全国に店舗網を張り巡らせて「大量販売」するペットショップチェーンの存在が、繁殖業者に「大量生産(繁殖)」を促していると言える。一方で、子犬・子猫を競り市で取引し、華やかなペットショップの店頭に並べてしまえば、どんなに劣悪な繁殖場があっても、つまり親犬・親猫がどんなに過酷な環境に置かれていても、その暗部は、覆い隠せてしまう構造がそこにある。

 大量繁殖、大量販売の過程では、毎年2万5千匹前後の犬猫が感染症などで死んでいることも、朝日新聞の調査でわかっている(犬猫、流通中に年2.6万匹死)。12年の動物愛護法改正(施行は13年)以前、一部の業者は、年齢的に繁殖に使えなくなった犬猫や売れ残った子犬・子猫を地方自治体に引き取らせ、これらの犬猫は結果として殺処分されてもいた。

 12年改正で自治体が業者からの引き取りを拒否するようになると、全国各地で業者による大量遺棄事件が発生。いまも、繁殖に使えなくなった犬猫が野山に捨てられたり、売れ残った子犬・子猫が「引き取り屋」の劣悪な環境で飼い殺しにされたりしている現実がある。なかには「自分で埋めてる」などと、自らの手による「処分」を明かす業者がいる。

 こうした状況を改善しようと、繁殖業者やペットショップに対する規制の強化は、過去4回の動物愛護法改正のたびに議論されてきた。一般社団法人「ペットフード協会」などペット関連の業界団体が激しく抵抗したため思うように規制強化は進んでこなかったが、19年6月に可決、成立した改正動物愛護法では二つの前進が見られた(子犬・子猫、健やかに育つために 改正動物愛護法、規制を大幅強化)。

 一つは、幼い子犬・子猫を生後56日を超えるまで販売することを禁じる「8週齢規制」の実現だ。犬猫の心身の健康を守る目的があるが、同時に、ペットショップを中心とした大量繁殖・大量販売の構図にメスを入れる狙いもある。

 子犬・子猫がぬいぐるみのようにかわいいとされる生後40~50日ごろにショップ店頭に陳列できなくなるため、消費者の衝動買いを抑制できる。離乳後も一定期間、繁殖業者のもとで飼育しなければならないため、人手やスペースの問題から、これまで通りの大量繁殖もしにくくなる――というわけだ。

 8週齢規制は、動物福祉の向上に積極的に取り組んでいる米国、英国、フランス、ドイツなど欧米先進国の多くで以前から行われていた。特に英国イングランドでは20年から、「生後6カ月未満」の子犬・子猫をペットショップなどが売買することを原則禁止。実質的にペットショップでの展示販売を困難なものにすると、期待されている。

●数値規制、ケージの最低面積は独仏の半分以下

 もう一つが、繁殖業者やペットショップの飼育環境について、数値などを盛り込んだ具体的な規制を、環境省令で定めるよう規定したことだ。省令制定にあたって小泉進次郎環境相(当時)は「悪質な事業者を排除するために自治体がレッドカードを出しやすい明確な基準にする」と表明しており、悪質業者の改善、淘汰に一定程度つながると見られている。

 これも英国やドイツ、フランスなどの規制のあり方を参考にしつつ、国内の動物行動学の専門家からの知見を集めて、具体化された。ケージの面積や従業員1人あたりの上限飼育数、メスを交配につかえる上限年齢などについて、具体的な数値が盛り込まれている(犬猫の繁殖・販売業者の数値規制、実効性は)。

 ただたとえば、すべての犬の飼い主を対象に規制を定めるドイツでは、体高50センチまでの小型犬用の平飼いケージの広さは、1匹あたり最低「6平方メートル」と規定。また、業者を規制対象とするフランスでは、犬1匹あたり最低「5平方メートル」とする。対して日本の省令では、体長30センチの犬なら最低「1・62平方メートル」と半分以下。しかも、そこに2匹まで入れられる。

 ペットフード協会などが作る業界団体「犬猫適正飼養推進協議会」が、寝床の大きさとして「高さ=体高×1・3倍」「幅=体高×1・1倍」という、犬がほとんど身動きできない数値を主張するなど激しく抵抗した経緯を考えれば、一定の前進があったとは言える。だが、フランスをはじめとする欧米先進国のように、ペットショップにおける大量販売、ひいては繁殖業者による大量生産を困難にし、優良な繁殖業者(ブリーダー)からの直売に誘導していこうとするほどの規制水準にはなっていないのが、日本の現実だ。

●島忠は「最善の方法」考えて一部店舗で陳列販売を終了

 それでも、8週齢規制は今年6月に施行されており、数値を盛り込んだ新省令は一部の条項について経過措置が設けられているが、24年6月には完全施行となる。今後は、これらの規制を、現場を持つ自治体が適切に運用できるかどうかが課題だ。

 アニマル桃太郎を巡っては、松本市保健所が「今年に入って一度も立ち入り監視を行っていなかった」とするなど、省令違反の状態を見逃す形になっていた。せっかく作った法令も、現場が運用できなければ「絵に描いた餅」になる。動物福祉を重視する世界的な潮流にいま以上に取り残されないためにも、行政は責任を持って業者に対峙しなければならない。

 同時に消費者は、ペットショップを中心にできあがった今の生体販売ビジネスのあり方に、疑問を持つべき時期に来ているのではないだろうか。消費者の選択が、犬猫を不幸にする構図を支えている側面があるのだから。ホームセンター大手の島忠は20年7月から、一部の店舗でペットショップによる子犬・子猫の「陳列販売」を終了した。同社は「人とペットが幸せになれる最善の方法は何か、動物たちの負担を抑えるにはどうすればいいか、考えた末に私たちはこの選択をした」としている。

朝日新聞記者

1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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