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「知識指導費」など95万円を逆に請求され……フリーライター女性が訴えたセクハラと報酬未払い

小川たまかライター
提訴にあたって記者会見をしたAさん(2020年9月3日/筆者撮影)

●被告側の男性に遮蔽措置

 フリーライターの女性が業務委託先のエステ店経営者から性的な被害や報酬未払いを受けたとして慰謝料約580万円を求めている裁判の本人尋問が11月17日に東京地裁で行われ、原告と被告双方が出席した。

 原告の女性Aさんは性的な要求や性加害が繰り返し行われたことや、当初の約束通り報酬が支払われなかったことを改めて訴えたが、被告の男性H氏は訴えの内容をほぼすべて否定した。

 被告が遮蔽措置を求め、傍聴席から被告の様子が見えない形で本人尋問が行われた。関係者によれば、性被害を争う裁判で被告側に遮蔽措置が取られるのは珍しいという。

【提訴時の記事】

叱責した後「ハグしてあげる」 フリーライター女性が契約先をセクハラと報酬未払いで提訴(2020年9月9日)

●「能力高いですねぇ」から一転「報酬要求はしないで」

 Aさんの訴えによれば、Aさんは大学卒業後、ウェブ会社で記事制作のアルバイトを行い、いずれはライターとして独立することを考えていた。2019年3月にH氏からAさんのブログにエステ体験記事などの制作依頼があったことをきっかけに知り合い、複数の発注を受けた。その後7月頃に「専任で」仕事をしてほしいと告げられたことをきっかけに、Aさんはそれまでのアルバイトを辞めた。

 H氏は4月頃、Aさんの仕事について「能力高いですねぇ」「わかりやすくて最高です!」などとメッセージを送り、良い評価をしていた。

 AさんはLINEでのやり取りなどを通して月15万円の報酬が支払われると認識して8月1日からは土日も含め毎日1本の記事を制作、H氏の店舗HPにアップしていた。しかし8月31日にH氏から「こんな質の低い記事には報酬を支払えない」と言われ、その後10月21日にはH氏はLINEでAさんに「(このまま働くのであれば)弟子入り状態ですので報酬要求はしないでいただきたい。落語家や経営者の鞄持ちと同じことです」といった内容を含むメッセージを送った。

 Aさんは、このメッセージを受け取った4日後の10月25日に、出版関係のフリーランスのための労働団体である「出版ネッツ」に相談。出版ネッツでは2019年12月と、2020年2月にH氏と団体交渉を行った。

 出版ネッツのアドバイスに従い、Aさんが8月〜10月までの記事執筆の請求書をH氏に送った後、H氏から Aさんの元に「ボディケア費35万円」「知識技術指導費50万円」「場所代10万円」を求める請求書が届いた。

 また、4月頃からAさんが受けていた「体験エステ」中に「バストを見せて」と言われたり、陰部を触られるなどのわいせつ行為や、「エッチしてくれたら、おいしいご飯に連れて行ってあげる」などの発言があった。

 上記のようなAさんの訴えを、H氏側はほぼ否認している。

 団体交渉でH氏は報酬の支払いを拒否。Aさんは2020年7月に慰謝料や未払い報酬を求めて提訴した。これまで開かれた法廷では毎回、出版ネッツの関係者が応援傍聴を行っている。

 本人尋問は争点が多く尋問が長引き、予定時間を1時間近く延長した。

●裸になった様子を「ジロッとは見ていない」

 主な争点とH氏の本人尋問での認否は次の通り。

・2019年3月

初回の打ち合わせでAさんはH氏から性経験の有無や自慰行為をするかどうかを聞かれた。Aさんが「なぜ答えなければならないのですか?」と聞くと、H氏は「カウンセリングでこういう話をする」と答えた。

→H氏は性的な話があったことは認めたものの、「Aさんから性的な話を持ち出した」と主張。

・同年同月

1回目の体験エステの際、AさんはH氏から「バストを見せてほしい」と言われた。理由を聞くとH氏は「Aさんがくすぐったがって抵抗するので、一度裸になって抵抗をなくす方が良い」と答えた。

→H氏は否認。

・2019年6月

6回目の体験エステの際、AさんはH氏から股関節のストレッチなどと称して陰部を触られた。拒絶すると、自分で触るように指示された。また、H氏の陰部を触るように指示され「イヤです」と言った。この後Aさんは「もう(記事を制作するための)体験エステはしないでほしい」という内容をH氏に伝えた。Aさんはこの被害について同年11月に警察に相談している。

→H氏は否認。この後も体験エステは続いていたと主張。

・同年同月

H氏から「Hさせてくれたらおいしいご飯に連れて行ってあげる」という発言があった。また、Aさんを立たせ机に手をつかせて後ろから性器を押し当てる身体的接触があった。Aさんが「やめて」「怖い」と訴えると、H氏は「女性がフリーランスとして仕事するなら、こういうセクハラもかわしていかないとダメだよ」と発言した。

→H氏は否認。

・2019年7月

就業条件についてのLINEでのやり取りを踏まえ、業務に関する契約書をAさんが持参。H氏は捺印しないものの確認する。

→H氏は、「締結を前提としたものじゃない」「向こう側(Aさん)からの提案だった」「細かい説明なかった」などと主張。

・2019年9月

打ち合わせ中、H氏がAさんに対して「こんな質の低い仕事をするとは思わなかった」と叱責。その後「ハグしてあげる」と抱きしめキスを迫った。Aさんは拒否した。

→H氏は否認。

・2019年10月

「勉強会」と称し、Aさんとエステティシャンの女性Zさんの2名をH氏が指導。H氏はAさんとZさんに服を脱ぎ、2人で胸を触り合うように指示した。Zさんはこの事実を認めている。

→H氏は、AさんとZさんがその場で上半身裸になったことは認めたものの、「触り合ったという表現は不適切」「『指示』の意味がわからない」「強要はしていない」「(見ていただけなのか?という質問に)ジロッとは見ていない」などと回答。

・2019年11月

H氏からAさんに対して「ボディケア費35万円」「知識技術指導費50万円」「場所代10万円」を求める請求書が届く。

→H氏は「(Aさんから報酬を)請求されたので請求しました」と回答。

●本人尋問を傍聴した感想

 Aさんは、H氏代理人弁護士からの「(月15万円という高くはない報酬でも)H氏を大事なクライアントだったと思っていたのか?」という質問に対して、「今思えばグルーミング(※)だと思っている」「(H氏は)言葉巧みに信頼関係を築いていた」「性的な言動は不快だったが、悪いところはあっても自分(Aさん)に対する良心はあるんじゃないかと思っていた」と答えた。(※性的な行為に及ぶために相手を手懐ける行為。近年、グルーミングの深刻さが明らかになり現在行われている法制審議会でも検討項目に入っている

 H氏は2019年10月21日にAさんに対して、

(1)別の場所でスキルを磨いてから、私と仕事を一緒にしたい場合は、またご連絡いただいて。または(2)私の教えのもと育ててほしいか?→弟子入り状態ですので報酬要求はしないでいただきたい。落語家や経営者の鞄持ちと同じことです。

 というLINEメッセージを送り、このメッセージがAさんが出版ネッツに相談を行うきっかけとなった。このメッセージまで、Aさんは「ライターとして成長するために、H氏を信用した方が良いのではないか」といった葛藤の中にいた。

 性暴力の裁判では、しばしば事件後の被害者の行動が問われる。今回の本人尋問も「性的な被害があったなら、なぜその後もH氏との仕事を続けていたのか」という点に重点が置かれるのではないかと予想したが、そうならなかった。

 争点が多く、またH氏がAさんの主張をほぼすべて否認したため、それぞれの出来事についての確認が続いたからだ。結果的にAさんよりも、H氏の証言の信憑性が注目される結果になったと感じた。

 H氏への主尋問では「原告に〜〜をしましたか」「いいえ、していません」というやり取りが続き、Aさん側の代理人弁護士から「誘導尋問にあたる」と異議が出た。

 さらにH氏は、性的な言動をほぼすべて否定したが、第三者(Zさん)の証言やメッセージ送信記録がある事実についての回答はしどろもどろという印象を受けた。

 たとえば、H氏の本人尋問では次のようなやり取りがあった。

Aさん側代理人弁護士「エステティシャンの方(Zさん)の陳述によれば、AさんとZさんは胸を触り合うよう指示されたと」

H氏「触り合ったという表現は不適切だと思います」

弁護士「あなたの指示では?」

H氏「指示の意味がわからない。強要はしていない。お二人がしたいと求めたことをやった」

弁護士「すると2人が『私たちはバストを見せ合いたい』と言った?」

H氏「いや……」

弁護士「あなたは見ていただけですか?」

H氏「ジロッとは見ていないですよ」

 弁護士の最後の質問は「指示をせずに見ていただけなのか」という意味の問いだが、H氏はおそらく「裸の2人を見たのか」という意味に誤解しており、動揺して見えた。

本人尋問のあと、原告代理人弁護士が報告集会で支援者らに説明を行った(筆者撮影)
本人尋問のあと、原告代理人弁護士が報告集会で支援者らに説明を行った(筆者撮影)

●「ブラだとエロチックになっちゃう」

 このほか、H氏はAさんが制作しHPにアップした内容に「プロブラミング」という「プログラミング」の誤字があったことについて、LINEで「ブラだとエロチックになっちゃう」と指摘していた。これ自体は他の性的な言動と比べれば些細なやりとりだが、性的な言動を全て否定しているH氏にとっては「痛い」点だったのかもしれない。

 H氏は、「お客様が見つけたので、女性の意見として言った」と回答。誤字から「ブラジャー」「エロチック」を発想したのはH氏ではなく女性客だったという主張だ。

 しかし、女性の意見だから性的でないかといえばそうではないし、これを男性からはしづらい指摘と認識し、「女性の意見として」指摘したかったのであれば、メールでも「女性のお客様からこのような指摘があった」と書いたはずではないだろうか。

 H氏は反対尋問の途中で、質問にないことを答えたり、原告代理人に質問をし返す場面も見られた。裁判長から何度か「質問に質問で返さないでください」「聞かれたことに答えてください」と注意を受ける場面が見られ、傍聴席から見て誠実に答えている印象は持てなかった。

 もちろん、上記は筆者の個人的な感想であるため、どのような判決が出るかはわからない。

 Aさんは証言の最後に、裁判を起こした理由について「H氏に反省してほしいわけではなく、同じような目に遭う人がいないようにという思い」と述べた。結審、判決は来年となる予定。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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