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「あらゆる性暴力の根絶を目指す決議」否決の波紋 区議による二次加害ツイートが発端/豊島区議会

小川たまかライター
(写真:Motoo Naka/アフロ)

 コロナ禍の影響もあってか一部でしか報じられていないが、3月中旬、東京・豊島区議会で立憲民主議員が提案した「あらゆる性暴力の根絶を目指す決議」が、自民・公明・都民ファなどの反対で否決された。

 区議会議員への取材から透けて見えるのは、「議会のしきたり」を重んじる風潮。否決にショックを受ける性被害当事者たちからの声も聞いた。

「セカンドレイプを許さない社会という合意すら取れないの信じられない」

 4月26日、豊島区民で性暴力被害当事者の卜沢彩子さんによる下記のツイートが、1万回以上リツイートされ反響を呼んだ。

 

 ツイートに添付された決議案には、立憲民主・共産のほか無所属議員の名前が並ぶ。

 決議案が提出されたきっかけは、昨年末にさかのぼる。

ネット上「ブランディング」に長けた議員の暴走

 2019年12月、ジャーナリストの伊藤詩織さんが性暴力被害を訴えた民事訴訟で勝訴した。この直後に、くつざわ亮治豊島区議が判決を揶揄するようなツイートを行った(現在は削除)。

(2019年12月19日のくつざわ議員によるツイート)

性交相手の男を、女性が社会的・経済的に攻撃できるという判例ができてしまいました。恋をして結婚したい男女にとって最悪な判決です。

(同)

性交事後訴訟から男性を守る目的で『性交承諾書』のフォーマットを作成してみました。そういう機会が多い男性は、プリントアウトして持ち歩くことを推奨いたします。※実際に手作りしたと思われる「性交承諾書」を添付

(参考記事)

伊藤詩織氏の勝訴受け、豊島区議「少子化が加速」 ネットで批判高まる(THE PAGE/2019年12月30日)

 ツイートには批判が集まり、豊島区議会にも市民から複数の声が寄せられたという。私も、被害当事者や支援者から「あんなことをツイートする議員がいると思わなかった」「呆れた」という声を聞いた。

 くつざわ区議のフォロワー数は約5.6万人(フォロー数は5.2万人)。他の区議よりもフォロワー数が多く、彼のツイートに賛同するフォロワーは少なくないようだ。また、YouTubeチャンネルでの配信も行っており、他の議員よりもネット上での「ブランディング」に長けている印象だ。ただし前述のように、倫理的に問題があるツイートも多い。

議会での「謝罪」で手打ちに?

 関係者によれば、1月になり一部の議員が性暴力に関する決議案提出に向けて働きかけを始めた。くつざわ議員のツイートについて、豊島区議会として容認しない姿勢を示すため、という意味があったという。

 一方、この動きについて「一議員への懲罰的な意味合いでの決議は良くない」「出すのであれば包括的な内容を」などの意見があったようだ。

 その後の2月12日、議会で、くつざわ議員が議長に促され突然の「謝罪」を行った。伊藤さんや性被害当事者に対する謝罪ではなく、「騒ぎになってしまった」ことについての謝罪だったという。

 2月19日、立憲民主党の古堺としひと議員から「あらゆる性暴力の根絶を目指す決議案」を提出。しかし、コロナの影響で1週間前倒しとなった3月17日の本会議最終日に、賛成12、反対23の反対多数で否決されることとなった。賛成会派、反対会派は次のとおり。

【賛成した会派】

・日本共産党豊島区議団(4名)

・無所属の会(4名)

・立憲民主党としま(3名)

・豊島区無所属元気の会(1名)

【反対した会派】

・自由民主党豊島区議団(9名)※議長は採決に加わらないため、反対票を入れたのは8名

・公明党豊島区議団(7名)

・都民ファーストの会豊島区議団・民主の会(7名)

・テレビ改革党(1名※くつざわ議員)

 結果的に議会上の「謝罪」で手打ちとなった印象を受ける。なお、謝罪したはずのくつざわ議員が決議否決後に行ったツイートが下記である。

(くつざわ議員の3月18日のツイート)

豊島区議会で「性暴力根絶を目指す決議案」が反対多数で否決された理由

「性暴力被害者への誹謗中傷セカンドレイプ許さない」とあるので「物証皆無で原告女性の証言だけで男が敗訴って、男に不利すぎな判決では」という司法批判すら報じられるザ・言論弾圧決議だから

(同)

ちなみに冒頭の「表現の自由を超えた被害者の人権を踏みにじる発言・発信をした高い倫理観と責任を持って無い区議会議員」と責められてるのは私です。ま、過半数の議員が「違うでしょ」という意思表示をしてくれて否決になりましたが。

 この態度で「反省」が認められるのだとすれば、豊島区議会は甘過ぎないか。

※【5月29日22時43分追記】くつざわ議員は、この記事が掲載された後に上記の該当ツイートを削除した。

反対議員、自民党からは回答なし

 反対した議員に取材したところ、次のような声が聞かれた。どの議員からも、「『あらゆる性暴力の根絶を目指す』という趣旨について異論はないが」という前置きがあった上で、反対理由は次のようなものだった。

「決議案は文章として稚拙で骨組みから全部変えないといけないようなもの。出すなら包括的なものを出すべきで、(一議員を許すか許さないかの)踏み絵のようなことをするのであれば乗れない。今回は無所属や一期生の方が中心となって出した決議に共産党さんが乗っかってしまったという印象」(都民ファ・豊島区議)

「議論が不足している。(意見があるならば2月12日の)くつざわ議員の謝罪のあとですぐに質問や発言を行うべきだった」(都民ファ・豊島区議)

「決議案の中身が稚拙かどうかについては意見しない。その視点論点は持っていない。ただし、今回の決議案はくつざわ議員のツイッター発言を元にしたもの。それではくつざわ議員の発言がなかったのであればこのような決議を出さなくていいかといえばそういうことではない。

豊島区は以前に『あらゆる暴力の根絶を目指す宣言』を提案し全会一致で通しておりこのような取り組みは以前から行ってきたが、個人のSNS発言のみを元にした決議案であれば、公明党は乗ることができない。また、提案者による事前説明も一切なかった」(公明・豊島区議)

 議長である自民党の磯一昭議員や、豊島区自民党にも取材を申し入れたが、回答は一切なかった。

無所属議員「どう見ても一線を越えている」

 反対派の意見は大きく分けると、「議論が足りない」「決議案が稚拙」「一議員への懲罰的な内容であれば認められない」というもの。

 一方で、賛成派議員たちの意見はこうだ。

「決議案については、くつざわ議員への制裁になるという意見を聞き原案からだいぶ書き換え、穏当なものにしていた。(謝罪のあとで質問を行わなかったのは)内容的には発言は謝罪ではないとは考えたが、『発言があった』ことは認めて決議案の内容を変えた」(共産・豊島区議)

「くつざわ議員の謝罪の後、すぐに議長が切り上げた。質問を行うタイミングはなかった」(立憲民主・豊島区議)

「ベテラン議員が『決議案の内容が甘い』というならブラッシュアップする余地はあったかもしれない。しかし議論に応じる姿勢を見せずに『議論が足りない』というのは……。もし反対派議員が性暴力に関する代替の決議案を出すのであれば、もちろん協力するつもりはある。

 くつざわ議員は議会でいつも自民党に賛同する立ち位置。大きな会派が一人の議員をかばうような態度をとっていることは疑問。今回はどう見ても一線を越えているのではないか」(無所属・豊島区議)

 賛成派議員からは「少数会派からの提案だから避けられた」という恨み節が聞こえる一方で、反対派議員は「議会内の対立構図を作ったのは賛成派議員の皆さま」と切り捨てる。

優先されるのは当事者救済ではなく議会のしきたりや党派性なのか

 双方の意見を聞いて感じたのは、「どちらが悪い」論争の不毛さだ。

 もちろん議会には議会のしきたりがあり、議論を円滑に進めるための根回しも必要なのだろう。賛成派議員の工夫や努力が足らなかった部分もあるのかもしれない。しかし反対派議員が「提案側の責任」かのように言い切るのを聞き、結果的に「当事者そっちのけ」になっていることに唖然としてしまった。

 反対派に言い分があるとはいえ、「あらゆる性暴力の根絶を目指す決議」が否決されたと聞いてショックを受ける人がいるのは当然である。性暴力の被害者は「隙があったのでは」「自分から誘ったのではないのか」といった心ない中傷に晒されることがあり、現在でも二次加害は深刻だ。

 決議案には「ようやく声をあげた勇気ある当事者が孤立させられたり、攻撃されたりする社会、また心ないバッシングにさらされる社会であってはならないはず」とあり、二次加害はゆるさないという意志を示すものでもあった。

 現在、二次加害に晒されている当事者にとっては一刻の猶予もないという切実さを、反対派議員は理解していたのか。「レアケースだから」という思い込みから平常時でも後回しにされやすい性暴力の問題は、緊急事態時にはなおさら軽視される。

 反対派議員の一人は取材に対して「コロナ禍で濃厚接触が危険視される今、性暴力は減っているだろう」という趣旨の発言をしたが、そのようなエビデンスは今のところないし(家庭内での虐待はむしろ増加するという報道もある/性暴力は知り合いから被害を受けることの方が多い)、オンライン上での二次加害はコロナ禍かどうかは関係ない。

 被害当事者や支援者らは、性暴力被害や被害者への社会的理解がまだ足りていない現状を嫌というほど目にしている。この否決も、その理解不足ゆえのものに映ったとしても仕方ない。

 否決が社会的にどのような影響があるのかまで考えて、議論を深める努力をしてほしかった。それがじゅうぶんに行われず「懲罰的決議は良くない」など議会のしきたりが優先された背景には、性被害や二次被害への軽視があるのではないか。議会が賛成派と反対派で分かれた結果、問題ツイートを行ったくつざわ議員だけが気ままな発信を続けている。

ネットの誹謗中傷に議員が加担している事実をどう考えるのか

 人気番組に出演していた女性が誹謗中傷をきっかけに命を絶ったと思われる事件を受け、今後与野党でネット上での誹謗中傷に対する対応の協議が行われる予定と報じられている。

 今回、豊島区で否決された決議のきっかけは、民事裁判を起こした性被害当事者を揶揄する内容のツイートを、あろうことか豊島区議が行ったことだ。伊藤詩織さんに対しては現在進行形で苛烈な誹謗中傷が行われているが、議員のこのようなツイートは中傷行為に「お墨付き」を与えるようなものだっただろう。

 議員が行ったこのようなツイートの影響力を、反対派議員たちはどこまで考えているのだろうか。

 取材に対し、反対派議員たちからは「くつざわ議員の最近のツイートは見ていない」「どうせ炎上目的だから見る気はない」といった声も聞かれた。実際に見ようとせず、その発言で傷つけられた人の気持ちを理解することができるのだろうか。

 ちなみに私は、前回豊島区議会の「お茶出し廃止議論」記事を書いたことがきっかけなのか、この件を取材していることが漏れ伝わったからなのか、原稿執筆中にくつざわ議員にブロックされてしまった。

区民による抗議の署名始まる

 抗議のツイートをした卜沢彩子さんは、5月28日にオンライン上で署名をスタートした。

豊島区議会:性暴力やセカンドレイプ・差別発言に反対する指針と各議員の意見の表明を求めます。

 署名本文には、「建設的な議論が難しい党派性に縛られた議会の体質」という指摘がある。議員の「議論」を区民は冷静に見ている。

「反対派委員の言い分や否決前後の経緯も知った上で、否決には納得できなかった。セカンドレイプや差別発言に対して、区議会はどういう立場を取るのか、政党の壁を越えて性暴力や差別発言をなくす方向で指針を出してほしいと思います」(卜沢彩子さん)

 

 このほか、区民からは次のような声が聞かれた。

「テーマがテーマなので、議会にはこの決議をなぜ否決にしたのかをきちんと説明してほしいなと思いました。これが否決というのは言葉だけ見るととてもインパクトがありますし、ちょっと不安な気持ちになります。区民としては、(くつざわ議員の)ああいった発言は、区議会が認めるものではないと発信してもらえたらうれしいですね」(豊島区民の30代女性)

「議員としての年功序列は区民には関係ない。一年生議員であっても価値ある行動を出来る人を区民は選ぶ。普段の行動も区民は見ています。今回、豊島区内を舞台として等身大の区民が巻き込まれている性暴力について、政治家として検討した形跡が反対派にはないと思った。これは区民の生活を踏みにじること。豊島区を新生活の場に選んだ性被害当事者として、子どもを育てる母親として、どう説明したらいいのか。ひとりひとりの区議には『区民に選ばれた当事者』としての自覚ある行動を望みます」(豊島区民の30代女性)

 性被害の当事者は匿名であることが多く、これまでもっとも黙らせやすく無視しやすい人たちだったかもしれない。しかし、2017年の性犯罪刑法改正や#metooによって社会は多少なりとも変わり、「声なき声」とされてきた声が徐々に聞かれるようになっている。今後も豊島区議会の議論に注目したい。

(参考記事)

第1回:否決された豊島区の「あらゆる性暴力の根絶を目指す決議」(塚田ひさこ)

決議案の否決について(細川正博)

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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