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白昼の駅ホームで……コロナ報道の裏で凶悪性犯罪事件の裁判が「あっさりと」終結

小川たまかライター
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 数年前に、「地下鉄御堂筋線事件」について記事を書いた。この事件は1988年に発生、電車内での痴漢行為を注意した女性が2人組の男につきまとわれ、強姦された事件だ。1980年代当時、電車内で起こる性暴力について、今よりもずっと世の中が「寛容」だった。

 今でも、電車内の痴漢はなくなっていない。とはいえ、この記事を書いたときに、同じような事件が同じ御堂筋線で再度起こることまでは予想しなかった。

初公判後に「異例の」記者発表

 今年1月27日、42歳の男が強制性交の疑いで逮捕されていたことが報じられた。

 

駅のホームで女性に性的暴行を加えたなどとして、大阪府警は、住居不定の無職長谷川仁容疑者(42)を強制性交などの疑いで逮捕・送検し、27日発表した。長谷川容疑者は黙秘しているという。

 大淀署によると、長谷川容疑者は2019年6月23日、大阪メトロ御堂筋線中津駅ホーム上で、10代後半の女性に対し無理やり性行為をした疑いなどがある。女性は被害直後、署に被害を申し出たという。

出典:朝日新聞2020年1月27日付大阪地方版夕刊

 この報道からではわからないが、長谷川容疑者が逮捕されたのは2019年10月。逮捕時に警察からの記者発表はなく、初公判後に記者発表が行われ、初めて報道された。

 性犯罪は、被害者保護の観点から逮捕時の記者発表がないことは珍しくないが、初公判後に記者発表が行われるのは異例という。取材していた記者によれば「事件の重大性を考慮したのでは」。

 性暴力の被害当事者や支援者らに与えたショックは大きく、性犯罪の無罪判決をきっかけに始まったフラワーデモでは、この事件に言及する人もいた。

性暴力の根絶を訴えるフラワーデモが11日、大阪市北区の中央公会堂前で開かれた。大阪メトロ御堂筋線中津駅のホーム上で女性に無理やり性行為をしたとして、強制性交などの疑いで男が逮捕されていたことが先月明らかになっており、参加者からも怒りの声が上がった。

出典:こんなに怯える乗り物 御堂筋線の強制性交事件に怒り(朝日新聞デジタル/2月11日)

犯人には4件の余罪、前科も

 その後、2月と3月に公判が行われ、4月16日に判決が出た。懲役8年だった。

 大阪メトロ御堂筋線中津駅のホームで少女に性的暴行を加えるなどしたとして、強制性交等などの罪に問われた無職、長谷川仁被告(42)に対し、大阪地裁は16日、懲役8年(求刑・懲役9年)の実刑判決を言い渡した。佐藤卓生裁判長は「強度のわいせつ行為を執拗(しつよう)に繰り返し、刑事責任は重大だ」と述べた。

 判決は、長谷川被告が2019年5月から約3カ月間で、当時18歳の少女を含む5人に性的暴行などを繰り返したと認定。被害者は精神的苦痛で日常生活に支障が出ていると指摘した。

(後略)

出典:性的暴行:少女に暴行、懲役8年 白昼、地下鉄駅で 大阪地裁判決(毎日新聞・大阪朝刊2020年4月17日付)

 記事からもわかる通り被告には余罪があった。報じられていた強制性交1件以外にも、強制わいせつ3件、迷惑防止条例違反行為1件。裁判では、性犯罪の前科があり、出所後半年で起こした事件だったことも明らかになった。

 常習犯であり、議論の余地がないほど悪質な事件。しかし、大きく報じられたとは言えない。1月時点で報道したのは大手紙では朝日新聞のみ。判決については毎日新聞と共同通信が短文記事で伝えた。

 3回目以降の公判を傍聴した、「性暴力を許さない女の会」の栗原洋子さんは、「(警察の)記者発表があったのに、新聞がほとんど報道しなかったのは疑問に思っています」と話す。

 32年前、1988年の「御堂筋線事件」の際、栗原さんたちは鉄道会社へ注意喚起の放送やポスター掲示を求めて署名活動などを行った。報道もあり、集会を開くと400人のホールがいっぱいになった。

「あのときは女性運動をやっている人やフェミニストだけではなくて、普通のOLさんやカップルの参加も多かったんです。裁判も傍聴して、被害者女性を支援した。

今回は最初の公判が終わったあとでの記者発表で報道。私たちが裁判の日程を知ることができたのは3月以降です。フラワーデモで語られることがあったけれど、大きな動きにはつなげられなかった」(栗原さん)

 そして、日に日にコロナ関連のニュースが増えていった。緊急事態の中でニュースとして優先順位が低いと位置付けられたのかもしれない。また、2月の大阪フラワーデモの記事を書き、公判を傍聴していた朝日新聞の机美鈴記者はこうコメントする。

「日曜日の午後3時に起きた事件。報道されたとき、街中でも女性同士が話題にしている様子を目にしましたし、何人もの同僚とも『怖いね』と話題になりました。しかし大阪メトロに取材すると、メディアからの問い合わせはほとんどないと。

事件を報じるメディアが少なかったことに表れているように、安心して公共交通機関を利用できない女性たちの不安や憤り、悲しみに寄り添い切れていないのでは。男性主体のメディアの一側面を見る思いです」

 加害者が有名人である場合などに、性犯罪は大きく報じられることがある。しかしその一方で、重大事件であっても、目立たずにひっそりと裁判が終わっていくこともある。報じないのは被害者への配慮やタイミングの問題と言われることもあるが、被害軽視や優先順位の低さも感じる。

 昨年、あるシンポジウムで男性編集者から「ジェンダー平等への意識の低さを特に感じる業界は政界とメディア業界」という発言があった。私も同じように感じている。メディアが変わらなければ変わらないことがある。

 平常時にも「レアケースだから」と軽視されがちな性被害は、緊急時にも後回しにされる。机記者は現在、事件を統括する記事を執筆中という。

「深刻さに比べてあっさりした裁判」

 裁判では被告人から「性依存症」についての言及があったという。

「被告人は服役中に刑務所で『性依存症』と言われたと。それを治すためにはと弁護士に聞かれて、認知行動療法が必要だとすらすら答えていました。情状酌量の証人がいなかったから、弁護側は治療しますという部分に絞るしかなかったんじゃないでしょうか」(栗原さん)

「取り調べでは黙秘を貫いていた被告が、公判で『自分は性依存症だと思う』と言い出したのは、少し唐突に感じました。検察側からの質問で『なぜ行為に及んでしまうのか』『なぜやめられないのか』といった質問には『わからない』と。傍聴している限りにおいては自分の性質について突き詰めて考えている様子はうかがえなかった」(机記者)

 もちろん、弁護士は戦略を立てて被告人を弁護するのが仕事だ。ただ、法廷でのこういった発言が、単なるパフォーマンスとならないことを願う。服役する8年の間に、刑務所内で行われる再犯防止プログラムも、より良いものになってほしい。

 机記者は、「検察官も裁判官も被害者の苦痛に触れてはいたが、事件が社会に与えた影響については言及せず。深刻さに比べてあっさりした裁判と感じた。残念でならない」とも感想を漏らした。これを聞き、私もショックを受けた。

 コロナの影響で、傍聴抽選券が出るような公判などが続々と延期になっている。この事件は抽選となるほど傍聴人もいなかった。これだけの重大事件が、淡々と終わっていく。

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

トナカイさんへ伝える話

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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