「男性も被害者。痴漢にNoと言おう」「子どものために動こう」 男性用痴漢抑止バッジ配布イベント開催
「今までは何もできなかった。こういうイベントがあるなら応援したいという気持ちで今日は来ました。イベントに参加することを話したら、妻が『私も痴漢されたことがある。友達の中でもそういう人は多い』と。そんな話を聞いたのは初めてでした」
3月12日にクラウドワークス(渋谷区)で行われた男性用痴漢抑止バッジの配布イベント。参加者の一人、千葉県から来たという30代の男性はこう話した。主催者である男性、そんきょばさんのTwitterやブログを見て、関心を持ったことがきっかけだったという。
「ブログの中で一番ぐっと来たのは、『冤罪に怯える男性も痴漢の被害者』という言葉です。自分も満員電車に乗るときは100%両手を上にあげてつり革につかまっています。こうやってビクビクしなければいけないのは女性が悪いわけではなく、痴漢の加害者が悪い。そうはっきり気付くことができました」
痴漢も冤罪も防ぐ抑止バッジ
そんきょばさんが男性用痴漢抑止バッジ(以下、男性用バッジ)を企画しようと考えたのは昨年末のこと。痴漢に遭い続けた女子高生とその母が考案した痴漢抑止バッジの存在を知り、「男性は何もしなくていいのか」と思ったことがきっかけだった。考えをブログで書いたところ賛同者が多く、数ヵ月で制作・販売までこぎ着けた。悪用を懸念する声があることやコンセプトの誤解を避けるため、まずは身近な人やイベント参加者などから販売していく。そこからさらに周囲の賛同者達へ広げていきたいという。1個300円で、5個以上購入の際には割引。
そんきょばさんが“本家”の痴漢抑止バッジ(以下、本家抑止バッジ)について感銘を受けたのは「被害者も加害者もつくらない」というコンセプト。被害に遭ってから声を上げるのではなく、「泣き寝入りしません」「痴漢は犯罪です」と書いたバッジを身につけることで被害を未然に防ぐ。犯罪が起こらないことで加害者もつくらない、従って冤罪も起こさないという考えだ。被害に遭った女子高生が、「捕まえて、もし冤罪だったらどうしよう」「痴漢は嫌だけど、間違えて人を捕まえたくない」と思った経験も踏まえている。(※1)
男性用バッジの文言は「痴漢は俺の敵。困っている人は助けます」。男性がつけることで、さらに「痴漢をしづらくする空気をつくる」ことを目指している。また、痴漢被害者が声をあげた際に誰も助けなかったというケースがあることから、被害に遭った人が助けを求めやすい空気をつくることを狙う。
痴漢加害者は「冤罪問題」を利用している
男性用バッジの配布イベントに参加したのは、約30人。うち8割ほどが男性だった。
イベントではそんきょばさんが男性用バッジの企画意図、痴漢被害を取り巻く現状の問題点についてプレゼンを行った。都内で2015年に起こった痴漢は約1900件で、このうち72.2%が電車内と駅で発生。また、強制わいせつ事件の14%にあたる112件が電車内で発生している(※2)。しかし、痴漢被害にあった人のうち通報や相談を行った件数は1割にとどまるという調査結果(※3)もあり、暗数の多さが指摘されている。
性被害は人に話しづらいという空気があり犯罪の不可視化につながっていることや、「間違えて捕まえてしまったらどうしよう」という不安が女性側にもあること、また「被害者にも隙があった」「短いスカートを履いていたからだろう」といった誤解や偏見(※4)が、「結局すべて加害者にとって都合の良い状態をつくってしまっている」とそんきょばさんは言う。
「被害者は被害に遭って困っているから何とかしたい。でも男性の多くは冤罪に怯えていて『男が全員痴漢するわけじゃないのに』と怒っている。被害者と男性、女性と男性の論争になってしまっているのは、言ってみれば被害者同士がけんかしている状態。痴漢の加害者がこの状況を利用していることが私は非常に気に食わない」(そんきょばさん)
そんきょばさん自身も電車通学をしていた中学生の頃に女性から痴漢に間違えられた経験があり、「あのとき、本当の加害者は笑っていたのだと思うと許せない」。また、同級生の男子から「痴漢された」という話を聞いたこともあり、性被害に遭うのは女性だけではないという気持ちもある。
「男性と女性が一緒に痴漢加害者に対してNoと言っていこう。痴漢は女性だけが自衛すればいい問題ではない。男性もちゃんと『痴漢は許せない』とアピールしていくことが大事。男性の意識が変われば状況は変わるはず」(同)
配布イベントを行うにあたり、事前に男性から痴漢に関する意見を募った。多かったのは、「家族が痴漢被害に遭い、許せない」「自分も痴漢されたことがある」「痴漢のせいで電車ではビクビクしている」「痴漢と一緒にされたくない」といった声。また、女性からは「男性からこういった動きがあることは心強い」「このバッジをつけている男性がいたらめちゃくちゃかっこいいと思う」といった声があったという。
未成年の被害を防ぐために大人が動くべき
イベントに参加した人は、どのような思いを持っているのだろう。
埼玉県に住む20代の男子大学生は、「本家抑止バッジのことを知って、調べているうちにそんきょばさんの活動を知った」。自身も幼い頃に痴漢被害に遭ったことがあり、また姉妹や母から被害について聞いていたこともあって、すぐに共感したという。「イベントに来てみて、男性がたくさんいたので安心した。男性用バッジについて『いいよね』と言ってくれる女性からの意見があると知れたのも良かった」。
都内在住の40代の男性会社員は、「記事を見て、痴漢の問題や冤罪について女性の責任にしてしまってはいけないと気付いた。気付いた者の使命として今日は参加した」。痴漢行為を行う加害者について、「知らない人に興味を持つこともあるのかもしれないが、そうであれば正当なアプローチをすればいい。そういったこともせずに無理やり触るなんて、なんて卑怯なのかと思う」と話す。今後については、「活動を揶揄する声もあると思う。被害者や賛同者らが別々に個々に声をあげていくのはリスクがあるので、なるべく一緒にやっていければ」。
40代の女性は、「電車での痴漢問題は長年ずっとあるのに解決策がなくて変わっていない。(本家痴漢抑止バッジの)記事を見たとき、被害に遭ってからではなく、泣き寝入りしないと宣言することで抑止するというのは斬新だと思った。(イベントに来た理由は)痴漢は男性対女性の問題ではないので、女性が男性用バッジのイベントに行くこと、男性が本家抑止バッジの企画に賛同することが大事だと思う」。
隣に座っていた40代の女性は、「もともと女子高生が発案した抑止バッジに興味があったが、そちらの配布イベントには行けないかもしれないのでこちらに参加した。未成年が多く被害に遭っている(痴漢被害者の約半数は15~19歳※5)ので、大人が動かないといけないのではないかと思います」。
現在進行形の社会問題、関心を高めて
Twitterで告知を行ったことから、ネット上で人気のあるブロガーらも参加した。著書に『もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら』のあるブロガーの星井七億さんは、「そんきょばさんの活動を見て共感した。前から男性も何かしなければいけないと思っていた」と話す。
「交際相手に防犯ブザーを渡したことがあり、その際に『実は怖い思いをしたことがある』と打ち明けられた。(性被害については)まずこちらが理解を示さなければ、人に話せないということがあると思う。大切な人のために男性も怒らなければならない。社会の中で決定権を持っているのは男性である場合がまだ多いので、男性が動かないといけない」(星井さん)
以前からそんきょばさんと交流があった編集者で7万人以上のフォロワーを持つたらればさんは「素晴らしいイベントでした」とコメント。
「痴漢の問題を反社会的な存在vs社会的な存在と説明していて、非常に素晴らしいと感じた。ただ、同時にここから話さないとまだ伝わらないんだなとも感じる。『ここで人を殺してはいけない』なんてポスターはないけれど、『痴漢は犯罪』というポスターはあるということが異常。被害を減らすための対策をしようとすると反発があるという状況も異常。上場企業の役員から、『(痴漢冤罪に遭わないために)電車通勤は禁止されている。もし乗るときは必ず両手を上に上げて乗るようにというコンプライアンス研修がある』と聞いたが、そういう状況も異常だと思う。明らかにおかしい今の状況を変えていかなければ」(たらればさん)
イベントでは参加者同士の交流もあり、和やかな雰囲気で終了した。販売されたバッジは合計153個。
そんきょばさんは、「問題意識の高い来場者や会場を提供してくれたクラウドワークスなど、様々な協力者に恵まれキックオフできた。これからは配布活動に加えて、周知活動に力を入れていきたい。痴漢問題は現在進行形の社会問題。関心や認識を高めるだけでも、空気は変わっていくと思う」と話す。
(※1)バッジをつけるようになってから女子高生は、毎日のようにあった被害がゼロになるという効果があった。性障害専門医療センターの専門家からも、「加害者は『嫌がってないからやる』という気持ちがある。事前に『泣き寝入りしない』という意思を表示することは一定の効果があると考えられる」と“お墨付き”がある。
(※2)警視庁・都内における性犯罪(強姦・強制わいせつ・痴漢)の発生状況
(※3)電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年)
(※4)電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年)によれば、加害者に対し「なぜその被害者だったのか」を聞いたところ、最も多かったものから順に「偶然近くにいたから」(50.7%)、「好みのタイプだったから」(33.8%)、「訴え出そうになかったから」(9.1%)。「好みの服装だったから」(7.8%)、「服装が派手だったから」(1.8%)と答えた加害者は少数派だった。
(※5)電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(2011年)によれば、被害者は15~19歳が49.7%で最多(このうち高校生が36.1%)。14歳以下の被害者もいた。
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