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鹿屋に配備されたMQ-9リーパー無人機は作戦行動半径1852kmで台湾の近海まで監視可能

JSF軍事/生き物ライター
参考画像:アメリカ空軍よりMQ-9リーパー、ネリス試験訓練場2019年7月15日

 鹿児島県の鹿屋航空基地にアメリカ空軍のMQ-9リーパー無人機が一時展開しており、11月21日から南西諸島方面の海洋の警戒と監視を行う作戦運用を開始する予定です。そしてこの無人機が何処まで飛べるかというと、アメリカ空軍の資料では航続距離1000海里(1852km)とあるのですが、実はこれは片道航続距離の意味ではなく作戦行動半径の意味なのです。

Google地図より筆者作成。鹿屋基地から半径1000海里(1852km)
Google地図より筆者作成。鹿屋基地から半径1000海里(1852km)

 MQ-9リーパーの最大滞空時間は製造元のジェネラル・アトミクス社の資料によると実に27時間にも及びます。巡航速度は300km/h前後なので(なお最大速度は444km/h)、作戦行動半径1852kmとは・・・

  • 1852km進出(約6時間飛行)
  • 作戦空域で10~12時間滞空
  • 1852km帰還(約6時間飛行)

 このような運用になります。ただし燃料ぎりぎりだと万が一の場合に足りなくなるので余裕を見ておきます。作戦行動半径1852kmだと台湾の周辺もカバーできるのが分かります。

 なお作戦空域が尖閣諸島周辺だと進出距離が半分の900kmで済むので、往復6時間分の燃料が浮いて、これを作戦空域での滞空時間に注ぎ込めます。逆に作戦空域での滞空時間を削れば進出距離を1852kmより伸ばすことも可能です。

Range: 1,000 nautical miles (1,852 km)

 英語の「Range(範囲、航続距離)」には色々な意味があります。「Combat Range(戦闘範囲)」だと「Combat Radius(戦闘行動半径)」と同じ意味になります。つまり行って戦闘して帰ってくる往復を含む意味です。「Ferry Range(フェリー航続距離)」だと戦闘装備を積まずに燃料をたくさん積んで自機を長距離移動させる目的の片道航続距離で、最大航続距離と同じ意味になります。

 つまり単に「Range(範囲、航続距離)」とだけ書かれてあっても片道とは限りません。また戦闘行動半径は行って帰るだけではなく作戦任務での戦闘も行うので、最大航続距離の半分にはならずもっと短くなります。

【関連資料】

ファクトチェック:片道航続距離と作戦行動半径を混同した誤解

 というわけですので、MQ-9リーパー無人機の航続距離1852kmとは作戦行動半径のことであり、鹿屋から尖閣諸島どころか台湾とフィリピンのバシー海峡の付近まで行って監視飛行して帰って来られます。能力面で心配は要りません。

 ところが大変な誤解が生じているらしく・・・

 防衛省は6月、住民説明会を5回開催。配布資料には航続距離を8519キロと記し、尖閣周辺での中国海警局の船の活動状況も示して「情報収集態勢の強化は防衛上喫緊の課題」と配備に理解を求めた。市に対しても、航続距離を8519キロと伝達した。

 米軍は、5日に同基地で行ったデモ飛行の際、航続距離を千カイリ(1852キロ)と紹介した資料を地元関係者に配った。西日本新聞の取材にも千カイリと回答。運用後の飛行範囲は「安全保障上の問題から具体的に答えられない」とした。

 防衛省九州防衛局によると、航続距離は「米軍の装備をまとめた年鑑から引用した」とし、米軍の説明と異なる理由は「調査中」としている。同基地と尖閣は往復約1900キロあり、「米軍の示す航続距離が事実なら、想定通りの情報収集は難しい」とした。

出典:偵察用無人機、尖閣まで飛べない? 鹿児島・鹿屋配備、航続距離巡り日米で食い違い:西日本新聞(2022年11月18日)

  • 防衛省:滞空時間から計算した片道航続距離8519kmは間違ってはいないが、地元への説明としては実用的な作戦行動半径の方が望ましい。
  • アメリカ軍:1852kmは作戦行動半径のことだと直ぐに説明できるのに「安全保障上の問題から具体的に答えられない」とわざと拒否。
  • 西日本新聞:1852kmを片道航続距離だと勘違いしている。
  • 防衛省九州防衛局:1852kmが作戦行動半径のことだと気付いていない。
  • 教授:問題点に気付いていない。
  • 地元民:航続距離くらい教えろと要求。
  • 鹿屋市長:防衛省と米軍で説明が違うのはよくないと指摘。

 ・・・記事に登場する人たちが全員、問題点に気付いていません。いや、アメリカ軍は気付いています。しかし正確な数字はなるべく秘匿しておきたいので説明を拒否しています。

 実はアメリカ軍は兵器のスペックについて全般的にこのような感じで、F-35戦闘機の航続距離についても正確な数字を発表しておらず、誤解しそうな記述をわざと行っています。嘘は吐いていないけれど、不親切な説明で本当の数字を隠しています。

アメリカ空軍が公式サイトに掲載したF-35戦闘機の航続距離の表記には「more than(より上)」という記述があります。「greater than」、あるいは「+」や「>」といった記号でも似たような意味になりますが、「より上」とか「以上」などと書いておけば実際の数値が2倍でも3倍でも幾ら上回ろうと嘘は吐いていないということになります。実はF-35戦闘機の本当の最大航続距離は2200kmどころではなく、4000~5000kmあるいはそれより長い距離を機内燃料だけで飛べると推定されているのです。

出典:兵器のカタログスペックをそのまま信用してはならない理由

 MQ-9リーパー無人機の航続距離について片道航続距離なのか作戦行動半径なのかはっきり示さず、説明を要求されても拒否する態度は、F-35戦闘機のこれと同じ意図なのでしょう。正確には教えたくないのです。

 日本の防衛省がMQ-9リーパーの航続距離を8519km(片道)としたのは、アメリカ軍が教えてくれず(あるいは教えてはいるが公表させてもらえない)、最大滞空時間と巡航速度を掛け算して自分で計算し推測した数値なのだろうと思います。

 こうして軍事機密(というほどのものではないが)としてMQ-9リーパーの正確な航続距離が秘匿されたまま、わざと不十分な説明のまま、配布資料を配ったことになります。

 このようなややこしい話を一般メディアに気付けと要求するのは酷な話ですし、アメリカ軍にいくら要求しても「安全保障上の問題から具体的に答えられない」という説明を繰り返すだけでしょう。もはや日本防衛省側で正しい説明を行うしかなさそうですが、航空自衛隊がF-35戦闘機の航続距離の正確な数字を公式サイトに記載できていないのを見ると、MQ-9リーパーについても正確な説明は期待できそうにありません。

 せめてMQ-9リーパーの1852kmは作戦行動半径である旨くらいは、説明してもいいとは思うのですが。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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