戦争が続くウクライナから武器が拡散してしまうのではないかという懸念が一部から出ています。戦場で武器の行方を管理するのは不可能だという声ですが、中には荒唐無稽な想定もあります。

数千万円もするジャベリンで武装した銀行強盗?

あるフランス軍幹部は、ウクライナで華々しい戦果が伝えられた対戦車ミサイル「ジャベリン(Javelin)」を引き合いに、起こり得るシナリオを開陳した。「ジャベリンを持った銀行強盗が出現すれば、泣きを見ることになるだろう」

出典:ウクライナに供与の武器、国内外に拡散懸念 専門家 | AFP

 ジャベリン。ジャベリン対戦車ミサイルですか。発射システム一式が7千万円でミサイル1発が2千万円もするような高価な機材を、気軽にぶっ放す銀行強盗は居ないと思うのですが・・・たとえ銀行強盗に成功しても危うく赤字になりかねません。それよりもジャベリンそのものを転売したほうが楽に稼げる気がします。

接近していると撃てないジャベリンで銀行強盗?

 ジャベリンは赤外線画像で目標をロックオンして自動追尾誘導し、最大射程2500m以上の優秀な対戦車ミサイルですが、目の前の接近した目標にはロックオンできず撃てないという弱点があります。

  1. ダイレクトアタックモード(最低射程65m)
  2. トップアタックモード(最低射程150m)

 この弱点があるので、銀行強盗でジャベリンを使うのは全く向いていないのではないでしょうか。銀行強盗で数千m先の相手と交戦する状況が想像できません。どう考えても接近した状況で使うか脅すか、銀行強盗とはそういうものなのでは・・・?

 記事に登場する「あるフランス軍幹部」は実在するのでしょうか。あるいは冗談を口走っただけなのではないでしょうか。「ジャベリンを持った銀行強盗」が「起こり得るシナリオ」だとは到底思えないのです。

ジャベリンよりもスティンガーの話をすべきでは?

 武器が流出して問題となる場合、テロの危険で多くの死人が出る可能性があるのは携行地対空ミサイルです。ジャベリンは対戦車ミサイルなので一発撃っても人間を殺せるのは数人という単位ですが、携行地対空ミサイルは離着陸時の大型旅客機を撃墜すれば数百人を一度に殺してしまう可能性があります。

 真剣に武器流出問題に警鐘を鳴らすのであれば、まず真っ先に旅客機へのスティンガーなどの携行地対空ミサイルの脅威に触れるべきです。それなのに対戦車ミサイルのジャベリンの名前を出して銀行強盗などという荒唐無稽な想定をしてしまったのは、単にジャベリンが今最も有名な武器だから、その程度の軽率な考え方のように思えてなりません。

 なおウクライナにNATOから供与された携行地対空ミサイルは以下の種類があります。

  • FIM-92スティンガー 
  • スターストリーク 
  • LMMマートレット
  • ミストラル 
  • ピオルン 
  • ストレラ2 

将来の武器流出の可能性を警戒して、現在の苦境に立たされた人々を見殺しにしてよいのか? という問題

 携行地対空ミサイルの供与の是非では、ロシア-ウクライナ戦争よりも以前にシリア内戦で既に議論となり、アメリカのオバマ政権(当時)はシリア反体制派へのスティンガー携行地対空ミサイルの供与を見送りました。

 シリア反体制派にスティンガーを供与しても、シリア政府軍の空爆を全て防ぐことは無理だったでしょう。それでも低空を飛ぶヘリコプターから投下する「樽爆弾」を封じることは可能だった筈です。

樽爆弾は原始的な構造で、命中精度が全く期待できません。戦闘機に搭載する事も出来ず、輸送ヘリコプターに積載してドアを開けて蹴落とすという使用方法になります。

出典:シリアの樽爆弾の非人道性の本質(2015年3月10日)

 携行地対空ミサイルの最大射高の上を飛ぶ戦闘機の爆撃は防げないから意味は無いという意見もありました。それでもヘリコプターからの樽爆弾による無差別爆撃を防げるだけでも十分に意味があるという意見も大きかったのです。

 シリア内戦は2011年3月から2021年3月までの10年間で民間人30万6887人が死亡、戦闘員13万8975人が死亡、総死者は44万5862人に上ることが国連人権理事会で報告されています。

民間人死者30万人超と国連 シリア内戦10年間で推計:共同通信(2022年6月28日)

 将来の武器流出の可能性を警戒して、現在の苦境に立たされた人々を見殺しにしてよかったのでしょうか? アメリカのオバマ大統領(当時)の判断は正しかったのでしょうか? シリアならば携行地対空ミサイルの供与だけでなく、飛行禁止空域の設定も可能だったのです。しかしその機会はロシアのシリア内戦介入(2015年9月30日開始)で潰えました。

 今から思えば、シリアでロシアが行動をする前にアメリカが制していたならば、ロシアが後の2022年2月24日からのウクライナでの侵略行為を躊躇っていたかもしれません。あるいは関係無く戦争は起こっていたかもわかりませんが、どうしてもそう考えてしまいます。

 あの時、ああしていれば。