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MLRS/HIMARS多連装ロケット発射機をウクライナに供与する重大な意味と転換点

JSF軍事/生き物ライター
米陸軍公式サイトよりロケット弾を発射するMLRSと弾道弾を発射するHIMARS

 ロシアの侵略に抗戦を続けるウクライナが現在、アメリカからの供与を熱望している兵器が多連装ロケット発射システム「MLRS」と「HIMARS」です。

ウクライナのゼレンスキー大統領が要求した重装備の大型兵器について解説(2022年4月14日)

 2月24日の開戦から約一カ月間を耐え凌ぎ首都キーウ防衛に成功し、次の主戦場が東部ウクライナのドンバス地方になると見据えたウクライナ軍は、平坦な地形に強固な塹壕陣地が構築された場所での野戦で必要となる兵器が遠距離砲撃を行う砲兵火力になると判断。4月13日の演説でゼレンスキー大統領は必要な兵器リストの真っ先に榴弾砲と多連装ロケット発射機を載せました。

 そしてこの予想は実際に現実のものになりました。現在の東部ウクライナの主戦場は壮絶な砲撃戦となって遠距離火力の叩きつけ合いとなり、榴弾砲と多連装ロケット発射機の投入数で勝るロシア軍がじわじわと押して優勢となっている状況です。ウクライナ軍は砲兵火力で劣っているせいで押されています。

 既にウクライナには各国から砲兵火力装備が急いで供与されています。実戦投入が始まっている供与兵器は牽引式榴弾砲「M777」「FH70」、自走榴弾砲「ダナ」「カエサル」、多連装ロケット「RM-70」「BM-21グラド」などです。

 世界最高クラスの高性能な自走榴弾砲「PzH2000」のウクライナへの供与も予定されていますが、優秀な分だけ複雑なシステムの兵器なので兵士の訓練習熟に時間が掛かっていて、まだ未投入です。

 現在ウクライナには152mmないし155mm級の榴弾砲については牽引砲と自走砲の供与が行われていますが、多連装ロケット発射機は122mm級のみが供与されており、ロシア軍の多連装ロケット発射機「ウラガン(220mm)」や「スメルチ(300mm)」に対抗できる射程のものが供与されていません。

 NATOの東欧の中でもウラガンとスメルチは貴重な砲兵火力でウクライナ向けに出せる余裕が無く、このままではロシア軍の大型多連装ロケット発射機に砲兵戦で大きくアウトレンジ(相手の攻撃射程外から撃ち込むこと)されてしまいます。ウクライナ軍にもウラガンとスメルチはありますが、ロシア軍の保有数の方が遥かに多いのです。

 そこでウクライナが熱望しているのがアメリカ製の227mm多連装ロケット発射機「MLRS」「HIMARS」です。ロシア軍の大型多連装ロケット発射機「ウラガン」「スメルチ」に対抗できる射程を有しています。ただしMLRSとHIMARSは単なる多連装ロケット発射機ではないため、これまで供与が躊躇われてきました。その理由について解説します。

多連装ロケット発射システム/高機動ロケット砲システム

  • M270「MLRS」・・・Multiple Launch Rocket System (多連装ロケット発射システム)。装軌車両(クローラー式)の発射機に6連装227mmロケット発射ポッド×2個で12連装。
  • M142「HIMARS」・・・High Mobility Artillery Rocket System (高機動ロケット砲システム)。装輪車両(タイヤ式)の発射機に6連装227mmロケット発射ポッド×1個で6連装。
  • 発射ポッド(Launch Pod)・・・発射ポッド1個あたり227mmロケット弾なら6発、ATACMS短距離弾道ミサイルなら1発、開発中のPrSM短距離弾道ミサイルなら2発を収納可能。

 MLRSの搭載能力を半分にして装輪車両にしたものがHIMARSです。様々な種類の大きさが異なる弾薬を発射可能で、以前はクラスター弾頭のM26ロケット弾を主弾薬としていましたが、アメリカ政府は「クラスター弾規制条約(オスロ条約、2010年発効)に直接参加はしないが事実上これに従う」という政策に方針を転換してクラスター弾の配備を止めることを決断しました。

 既にアメリカはクラスター弾の戦争での使用を止めており、生産もしておらず、輸出も行っていません。MLRS/HIMARS用のクラスター弾頭ロケットは退役し、GPS誘導型の単弾頭ロケットに置き換わりました。

 面制圧を目的とするクラスター弾を廃止した結果、射程を延伸しGPS誘導を用いた精密誘導弾に切り替わり、今やMLRS/HIMARSは多連装ロケットというよりは事実上の地対地ミサイルであると認識した方がよいでしょう。主弾薬である227mmロケット弾が誘導ミサイル化しています。

 これに加えてこの発射機は短距離弾道ミサイルであるATACMS(射程300km)も撃てます。単純な多連装ロケット発射機ではなく、射程の長い弾道ミサイル発射機でもあるため、やろうと思えばロシア領土の奥深くを攻撃可能になります。これが理由でウクライナへ供与がなかなか決断できないでいました。ロシアの反発が激烈なものとなりかねなかったからです。

 MLRS/HIMARSの供与に弾薬としてATACMSが入っているならば、政治的・戦略的に大きな転換点を迎える可能性があります。戦術的なゲームチェンジャーとは全く違う意味での大きな影響をもたらしかねません。その為、ATACMSは供与されず227mmロケット弾のみを供与する選択も有り得ます。

射程300kmのATACMSはオデーサからセヴァストポリを直撃可能

Google地図よりセヴァストポリから半径300km(地名と半径は筆者追加)
Google地図よりセヴァストポリから半径300km(地名と半径は筆者追加)
  • ロシア海軍の要衝セヴァストポリ港から半径300km。この範囲がATACMSで攻撃可能な圏内になるので、ウクライナ支配領域からセヴァストポリへの攻撃が可能になる。
  • ウクライナ北部からベラルーシ首都ミンスクも射程300km圏内に収まる。
  • ウクライナ東部を侵攻するロシア軍の後方のロシア領内にある兵站拠点を攻撃できる。

MLRS/HIMARS用の現有弾薬(全てGPS誘導弾)

  • M30A2ロケット弾・・・射程70km。直径227mm、代替弾頭
  • M31A2ロケット弾・・・射程70km。直径227mm、単弾頭
  • ATACMS弾道ミサイル・・・射程300km。直径610mm、単弾頭

※M30/M31ロケット弾は試験時に射程92kmを記録

※GMLRS:Guided Multiple Launch Rocket System(誘導型多連装ロケット発射システム)。GPS誘導型MLRS。M30/M31ロケット弾および運用可能なように改修された発射機を指す。

※オルタナティブ弾頭(AW:Alternative Warhead、代替弾頭):アメリカ軍が全廃するクラスター弾頭を代替する目的で開発した空中炸裂式調整破片強化弾頭。単弾頭の一種であり、18万個のタングステン調整破片が爆発時に飛散する。空中炸裂し広範囲を制圧できるが、成形炸薬式クラスター子弾と異なり装甲貫通力は無い。無印M30はクラスター弾頭だったが、M30A1以降はこのオルタナティブ弾頭を搭載している。

※オルタネイト弾頭(Alternate Warhead)とする資料もある。言葉の意味は代替弾頭で同じ。

※無印M30クラスター弾頭は既にM30A1オルタナティブ弾頭に交換改修済み。無印M31はまだ在庫にある。最初期型のM26系クラスター弾頭ロケットは解体処分が進み、アクティブな在庫にはもう残っていない。

※M30A2/M31A2は2022年から生産が始まったばかりなので、在庫の弾薬からウクライナに供与していく場合はM30A1/M31A1が主体になる。

※M30A2/M31A2が前モデルと違う点はIMPS: Insensitive Munition Propulsion System(低感度弾薬推進システム)の採用。被弾や事故で損傷し火災が起きても誘爆し難い固体燃料ロケットモーター。

MLRS/HIMARS用の将来弾薬(全てGPS誘導弾)

  • ER-GMLRSロケット弾・・・射程150km。直径254mm、単弾頭/代替弾頭
  • PrSM弾道ミサイル・・・射程500km。直径400mm、単弾頭/代替弾頭

※ER-GMLRSとPrSMは現時点で開発中でまだ実戦配備段階ではない。

※ER-GMLRSとは射程延伸(ER:Extended-Range)して誘導化(G:Guided)されたMLRSという意味だが、現行型M30/M31も最初期型M26に比べると射程が延伸され誘導化されているのでER-GMLRSと呼ぶ場合がある。新開発のER-GMLRSとの区別に注意。

※M30/M31はロケット弾の先端に操舵翼を追加する簡易な誘導化だったが、ER-GMLRSは新設計で操舵翼を最後部に装着して完全にミサイル化する。

※PrSMはINF条約破棄後に射程800kmに延伸させる可能性を示唆されたが、現時点では具体的な射程延伸計画は無い。(ラムジェット推進化を検討する話が出ている。)

※弾頭についてはオルタナティブ弾頭の開発で得られた技術が用いられる可能性が高い。

※ER-GMLRSについては2種類の型番がXM403(オルタナティブ弾頭)とXM404(単弾頭)まで判明している。実戦配備されると「X」は外れる。

スメルチ多連装ロケットの代表的な弾薬(全て直径300mm)

  • 9M55Kロケット弾・・・射程70km。クラスター弾頭、無誘導
  • 9M528ロケット弾・・・射程90km。単弾頭、無誘導
  • 9M544ロケット弾・・・射程120km。クラスター弾頭、グロナス誘導
  • 9M549ロケット弾・・・射程120km。クラスター弾頭、グロナス誘導

※9M544/9M549はスメルチ最新改修型「トルナードS」用。ただしウクライナ戦争での残骸発見は数例しかなく、クラスター弾頭型は子弾放出後の親弾の部品はそのまま落下して形状を保ったまま残存することを考えると、投入数は著しく少ないと推定される。新型なので量産が進んでいなかった可能性がある。9M544は対装甲貫通力がある汎用型、9M549は非装甲目標攻撃用。

※スメルチの弾薬は種類が多く、これ以外にも多数の組み合わせがある。

 MLRS/HIMARSの主弾薬は227mmロケット弾なので、スメルチの300mmロケット弾よりは射程はやや劣ります。トルナードSの9M544/9M549は投入数が極小なので影響はあまり無いかもしれませんが、MLRS/HIMARSが射程70kmのM30/M31でスメルチをアウトレンジで圧倒できるわけではないのです。(※M30/M31は試験でならば射程92kmを達成しています。)

 ただしM30/M31は全て誘導弾なので、大量供給されて幾らでも使えるというならば、命中精度の決定的な差でMLRS/HIMARSがスメルチを圧倒できる可能性が出て来ます。本来ならば高価な誘導弾を湯水のように使える筈がないのですが、アメリカが全面的に支援するというならば実行可能です。

 また弾薬としてATACMS短距離弾道ミサイル(射程300km)が使えるならば射程は一挙に上回りますが、今度は対抗する相手がイスカンデル短距離弾道ミサイル(射程500km)となります。

 短距離弾道ミサイル同士の射程で比べるとATACMSの方が負けているのですが、ロシアはイスカンデルを既に大量消耗して使用数が急減しており、アメリカがウクライナにATACMSを大量供給できれば数で圧倒することが可能になります。お互いに在庫が尽きて生産合戦になった場合でも、半導体不足のロシアは著しく不利な状況です。またATACMSよりもイスカンデルの方が2倍以上重いミサイルなので、生産の負担は比較して大きくなるでしょう。

 ただし、そもそも短距離弾道ミサイル同士で砲兵戦を行うことは基本的に無いので(たまたま見付けた目標を狙いに行く場合はある)、お互いが撃ち合う状況はあまり考えなくてもよいかもしれません。

MLRS/HIMARSウクライナ供与の影響まとめ

 MLRS/HIMARSがウクライナの戦場で戦術的な意味でのゲームチェンジャーになれるかどうかは、結局のところは供与される発射機と弾薬の数によります。大量供給された場合は劣勢な遠距離砲戦火力を逆転できるかもしれません。

 そして政治的・戦略的な意味でのゲームチェンジャーとなり得るATACM短距離弾道ミサイルが供与された場合、セヴァストポリに停泊しているロシア海軍艦艇への攻撃やロシア本土の奥深くへの越境攻撃といった選択肢がウクライナ軍に与えられます。

 ロシア側は重要拠点を弾道ミサイル迎撃能力があるS-400防空システムやS-300V防空システムで守っているので、そのような場所をATACMSで攻撃しても劇的な成果は得られない可能性が高いでしょう。しかしそのような攻撃は小規模な成果であっても、ロシア側の過剰な反応を引き起こす恐れがあります。

 果たしてMLRS/HIMARS用の弾薬としてATACMS短距離弾道ミサイルは入っているのでしょうか。それともM30A2/M31A2ロケット弾のみが認められるのでしょうか。アメリカの決断次第で大きな転換点を迎える可能性があります。

閑話休題:ゼレンスキー演説動画の細かい間違いの解説

 ウクライナのゼレンスキー大統領が2022年4月13日に演説した「欲しい大型兵器のリスト」動画は急いで作成したせいか、幾つか細かいミスがあります。

  • 「Grad、Uragan、Smerch」とすべきところを「Grad、Smerch、Tornado」と間違えている。
  • HIMARSの発射ポッドの構造をイメージ映像で間違えている。※実際の発射ポッドは外装ケースごと持ち上がる。
  • 戦闘機のイメージ映像に何故かトーネードを採用。※実際に欲しい戦闘機の要求機種で名前が幾つか挙がっているのはMiG-29、Su-25、F-16。ただし動画内では機種の言及は無し。
ゼレンスキー2022年4月13日演説動画よりHIMARSのCG。発射ポッドの構造が間違い
ゼレンスキー2022年4月13日演説動画よりHIMARSのCG。発射ポッドの構造が間違い

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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