新しい小型核の目的は「お釣りが出ないように高速配達」する抑止力

米国エネルギー省国家核安全保障局よりW76-2低出力核弾頭プログラム

 アメリカ国防総省は2020年2月4日、海軍がトライデントSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)に威力を抑えた小型核弾頭「W76-2」を搭載し実戦配備したと発表しました。威力の低い小型核(低出力核)は「使いやすい核」と紹介され、限定核戦争のハードルを下げると批判されることも多いのですが、実際には小型核自体は昔からある存在で目新しいものではありません。

 実は「アメリカ軍が弾道ミサイルに小型核を搭載した」ことが今回の新しい出来事であって、小型核は冷戦時代の昔から沢山ありましたし、弾道ミサイルに小型核を搭載することもロシアが先にやっています。アメリカは何か新しいことを始めたわけではないのです。

昔からある「低出力」の小型核

 アメリカ軍が現在保有する小型核は以前からB61核爆弾とW80核弾頭の2種類があり、今回新たにW76-2核弾頭が加わりました。

  • B61(自由落下核爆弾) 0.3~340キロトン ※威力可変式
  • W80(巡航ミサイル用) 5~150キロトン ※威力可変式
  • W76-2(弾道ミサイル用) 5キロトン(推定) ※威力固定式

 B61は1966年から実戦配備され、W80は1981年から実戦配備されています。それなのに2020年にW76-2が実戦配備されたからといって小型核を急に批判するのは筋が通らない話です。「使いやすい核」は昔からありました。それでもメディアを中心に批判の声が大きいのは、昔からあることが全く知られていないからではないでしょうか?

 なおW76-2が威力固定式なのは、SLBMを潜水艦の発射筒に収納した後では弾頭の機械的な調整ができないためです。

 またB83核爆弾はメガトン級の大出力核爆弾なのですが威力可変式なので低出力核に分類する場合もありますが、下限の正確な値が不明な上に低出力で使用するならB61を使えばよく、貴重なB83を低出力で使うことは先ず無いので除外しています。

小型核を弾道ミサイルで「高速配達」

 では弾道ミサイルに小型核を搭載することは何が新しいかというと、それは単純に速度です。B61戦術核爆弾は戦闘機に搭載し、W80核弾頭は戦略爆撃機用の空中発射巡航ミサイルに搭載されているので、攻撃を決断してから準備を含めて戦場に届くまで数時間は経過してしまいます。これが弾道ミサイルならば数十分以内に「配達」が可能です。

 アメリカはロシアがICBM(大陸間弾道ミサイル)に小型核を搭載したのを受けて対抗上、同じ速度で配達できる手段としてSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)に小型核を搭載して配備しました。同種の兵器を用意しなければならない理由があったのです。

小型核で「お釣り」が出ないように核報復

 敵が低出力の小型核で攻撃してきた場合、核報復しなければなりません。しかし大出力の核兵器で報復してしまうと「お釣り」が出てしまいます。敵はお釣りを支払おうと再反撃してくるでしょう。これでは限定核戦争に止まらず全面核戦争にエスカレーションする恐れが生じてしまいます。

 限定核戦争で止めるためにはお釣りが出ないように同規模の出力の小型核で報復して、手打ちを迫る必要があります。それも同程度の価値のある目標に対して可能な限り早く報復を行い、敵の行動を抑制する必要があります。

 敵がICBMに小型核を搭載して使ってきた場合、遠くの場所にも短時間で自由に攻撃されてしまいます。これに対し従来からある小型核のB61(核爆弾)やW80(巡航ミサイル用)では射程に制約がある上に速度が遅いので、「同様の価値の目標に同規模の核報復」を迅速に行うことができません。もたもたしていたら敵が新たな核攻撃を続ける可能性があるので、一刻も早く報復を行って敵の行動に釘を刺さなければなりません。

 このための装備がアメリカの新しい小型核W76-2(弾道ミサイル用)です。つまりこれは先制攻撃用ではなく、敵の小型核の使用を抑止する目的のものであり、もし敵が小型核を使ってきた場合には限定核戦争で止める為の抑止力とするものです。

SLBM搭載小型核は対ロシア用、大西洋配備

 トライデント潜水艦発射弾道ミサイルは大陸間弾道ミサイルと同等の長大な射程があるので、前進配備する必要が無く、アメリカ本土近海に配備されます。対ロシア用でヨーロッパの目標を攻撃する想定になるので大西洋側に配備されます。

 中国は大陸間弾道ミサイルに小型核を搭載していないので、アメリカも太平洋側に配備する必要はありません。そもそもトライデントは射程が非常に長いので、グアムなどの西太平洋の最前線に前進配備する必要がありません。

 つまりアメリカの新しい小型核W76-2を何か画期的な新兵器と捉えるのは間違いですし、対ロシア用の兵器を対中国用と誤解してはなりませんし、アメリカ本土近海で運用する兵器を最前線に配備すると勘違いしてはいけません。W76-2はロシアの仕掛けてくる限定核戦争を抑止する目的の限定報復オプション用なので、大量配備する気は全くありません。

小型核と戦術核の違い

 実は厳密には小型核=戦術核ではありません。小型核とは威力の大きさで分類されますが、冷戦時代からのアメリカとソ連の核軍縮協定では射程500km未満のものが戦術核と定義されてきたので基準が異なります。つまり射程の長いSLBMに搭載された小型核は、核軍縮協定上は戦略核に分類されて保有数に厳しい制限が課せられます。新しい小型核W76-2は従来の通常出力のW76-1と入れ替える形になるので、核弾頭の総数は変わらず威力は下がるので、核戦力は総合的に弱体化することになります。

 日本の令和元年版防衛白書では、アメリカの保有する戦術核は150発、ロシアの保有する戦術核は1830発としています。もし戦術核のことを「使いやすい核兵器」とするのであれば、ロシアの方が戦力的に圧倒していることになります。