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トランプ大統領の言いなりで買わされた兵器など存在しない? 意外な事実

JSF軍事/生き物ライター
アメリカ空軍よりF-35A戦闘機

 アメリカのトランプ大統領は就任以来たびたび「日本はすごい量の武器を買うことになる」と高額兵器の商談による貿易赤字解消をアピールしてきました。しかし意外なことに、実はまだ現時点では「トランプ大統領の言いなりで買わされた」といえる兵器の大型商談は一つもありません。あくまで現時点ではの話ですが、トランプ大統領が就任する以前から日本側から購入を打診していたものしかないのです。

イージスアショア

 トランプ大統領が就任したのは2017年1月からですが、日本が新しい弾道ミサイル防衛システムとしてイージスアショアないしTHAADを導入する方針はそれ以前から既に話は出ていて、2016年にも報じられています。

複数の関係者によると、防衛省は来年度から取り組む予定の新型迎撃システム導入に向けた研究を、今年度中に開始することを検討。3次補正が編成されれば、来年度概算要求に盛り込んだ6000万円を前倒す考え。

新型システムの候補に上がっているのは、在韓米軍も配備を進める「THAAD(サード)」と、イージス艦発射型ミサイルを地上に配備する「イージス・アショア」。日本列島にどう配備すれば効果的かを模擬実験で検証する。

出典:防衛省、ミサイル防衛の整備前倒し 3次補正にらむ=関係者:Reuters(2016年10月17日)

 イージスアショア導入の最終決定自体はトランプ大統領就任後になりますが、それ以前から新型迎撃システムの購入方針は定まっていたので、時系列的にトランプ大統領は関係がありません。このイージスアショアかTHAADのどちらかを導入するという方針は2016年よりもっと以前から話は出ていたので(確認できるもので2009年のTHAAD導入検討の報道記事が存在)、古くからある既定路線と言えるものでした。

防衛省が弾道ミサイル防衛(BMD)システム強化のため、米軍が開発中の新たな迎撃ミサイル「地上配備型SM3」の導入を検討していることが分かった。北朝鮮からの弾道ミサイル迎撃を念頭に、現在保有する「海上配備型SM3」などと合わせて、即応力の強化を図る。同省は2015年度予算案に数千万円の調査研究費を計上し、導入に向けた調査を本格化する方針だ。

出典:防衛省:新迎撃ミサイル「地上配備型SM3」導入検討:毎日新聞(2014年8月9日)

 「地上配備型SM3」とはSM-3迎撃ミサイルを用いるイージスアショアのことです。欧州イージスアショアは2009年のオバマ大統領による欧州MD見直しでアメリカ政府から発表されており、おそらくその直後から日本政府はイージスアショアとTHAADのどちらを買うべきか検討に入り、2014年ごろには毎日新聞の報道のようにイージスアショアでほぼ決まっていたというのが時系列的な流れになります。

 なお日本全土を防衛できるだけの配備数を想定した場合、金額的にはむしろイージスアショアよりTHAADの方が高価であり(例えばサウジアラビア向けTHAADは7個高射隊で総額1兆7千億円で、日本配備想定でも6~7個高射隊が必要)、高い方を買わされたということでもなさそうです。

 日本政府が「戦域ミサイル防衛システム、THAADないしSM-3を取得しよう」と動き始めたのは、1993年5月29日に北朝鮮が初めて日本を射程に収めるノドン弾道ミサイルを発射したことが契機です。発射の翌月には日本政府関係者がTHAADの調査にロッキード・マーティン社を訪問しています。25年前からずっと検討を重ねて来て、9年前からTHAADないし地上型SM-3のどちらかを取得すべく絞り込んで、5年前に地上型SM-3(イージスアショア)がほぼ決まりと全国紙で報じられていました。約2年前の2017年に大統領に就任したトランプ氏は関係がありません。

 日本政府がイージスアショア導入を決定したのは、「2017年北朝鮮危機」と呼ばれるこの年に北朝鮮が史上初めてICBMを発射するなど多数の弾道ミサイル発射を行ってアメリカを挑発し、戦争寸前の状況に陥っていたことが理由でしょう。

V-22オスプレイ

 自衛隊のオスプレイ17機導入方針は2013年12月に発表された中期防衛計画に明記されています。これもやはり2017年に就任したトランプ大統領は全く関係が無い取引事案です。また実は最初にオスプレイの導入を検討したのは自民党・安倍政権の時ではなく、民主党・野田政権の時でした。

オスプレイの導入を巡っては、野田政権時に玄葉光一郎前外相の提案を受け、森本敏前防衛相が導入の可否を検討するよう指示していた。安倍政権でも日米同盟を強化するとの観点から調査費計上の方針は引き継ぐとみられる。

出典:オスプレイ、自衛隊に導入検討へ 防衛省、調査費を計上:日本経済新聞(2012年12月30日)

 民主党政権で最初に検討されたのは島嶼防衛などの戦術上の要求というよりは、オスプレイに対する国民の拒否感を和らげるために「身近な存在として慣れさせる」という政治的な動機が大きかったのではないか、と推察できます。

F-35戦闘機

 老朽化したF-4戦闘機の後継としてF-35戦闘機42機を日本が初めて導入する決定を最終的に閣議了承したのは2011年12月20日で、当時の民主党・野田政権の時でした。またこの2011年の導入決定の時点で既に、F-15戦闘機の一部の後継としてF-35を追加購入することは大方の既定路線と見られていました。暫く経った2014年にもこの方向は改めて報じられています。

近代化改修に適さない戦闘機(F-15)について、能力の高い戦闘機に代替するための検討を行い、必要な措置を講ずる。

出典:中期防衛力整備計画(平成26年度~平成30年度)について:防衛省(2013年12月17日)

防衛省は航空自衛隊の次期主力戦闘機であるF35について、購入機数を現在予定している42機より増やすことを検討する。F35は老朽化が進むF4戦闘機の後継機に決まっているが、いまの主力戦闘機であるF15の一部もF35に切り替えられるかを探る。

出典:F35戦闘機の購入拡大へ F15の一部代替:日本経済新聞(2014年1月12日)

 2013年12月にF-15戦闘機の代替検討を公式に表明して、年末年始を挟んで翌月にはもう候補機がF-35であると報道されています。つまりこの短い間に検討を重ねたのではなく、代替機の検討を表明するよりもずっと前から既に候補機をF-35にする方針は固まっていたのでしょう。このようにF-35戦闘機の追加購入は2017年に就任したトランプ大統領の意志とは無関係に、以前から計画されてきたものです。代替する「F-15戦闘機の一部」とはPre-MSIPと呼ばれる近代化改修に適さない古い生産ロットの機体約100機分になります。

 これまで紹介した通り、イージスアショアもオスプレイもF-35もトランプ大統領の言いなりで買わされたわけではありません。それどころか日本側でも安倍政権よりも前から計画されていた既定路線の話ばかりです。まことしやかに語られる「トランプ大統領の言いなりで高額兵器を購入する安倍政権」という構図は、実は全く正しくありません。

 似たような誤解された構図はトランプ大統領就任直後のアメリカでも起きています。トランプ大統領はF-35戦闘機が高すぎるとして、開発と生産を担当するロッキード・マーティン社に大幅な値引きを要求しました。そしてロッキード・マーティン社は快く応じ、トランプ大統領はこれを大きな手柄だとアピールしています。しかしこれは完全な出来レースと言えるものでした。実はもともと量産が進めば単価は下がり総額の費用も下がる予定だったのです。

同機の開発パートナーの1社であるBAEシステムズのアイアン・キング最高経営責任者(CEO)は23日の通期決算発表後にアナリストに対し、調達価格が82億ドル(約9200億円)に引き下げられたのは、長年計画してきた生産拡大を通じてコスト削減を達成したためだと説明した。

出典:「F35」値下げ、トランプ氏の手柄との主張に異論-開発企業CEO:Bloomberg(2017年2月27日)

 つまりロッキード・マーティン社はもともと安くなる予定だったF-35をトランプ大統領に言われたから安くしたということにして、ご機嫌を取っていたに過ぎなかったのです。トランプ大統領はこれを自身の成果としてアピールできました。そして同じようなことを他でも始めます。トランプ大統領が就任する以前から決まっていた兵器の大型商談を自身の手柄だとアピールし始めています。しかし現時点では日米での兵器商談ではまだ一つもそのような成果はありません。

※追記:トランプ政権は2021年1月20日で終了しましたが、結局、日本政府がアメリカのトランプ政権に買わされたと言えるような兵器商談は一つもありませんでした。

ファクトチェック:「言い値で買わされた」と値下げ交渉の事実

防衛省が2017年度に発注する6機のF35戦闘機について、米国政府が日本側の値下げ要請に応じていたことが分かった。

出典:自衛隊向けF35戦闘機値下げ、日米が異例の価格交渉 | ロイター通信(2017年2月1日)

 なお「言い値で買わされた」という事実も存在しません。一時は取得費用が高騰したF-35戦闘機ですが、この後に値段は下がり続けています。

 令和4年度(2022年度)概算要求ではF-35戦闘機(A型)の取得費用は8機で779億円。1機あたり97億円で、最近では100億円を切っています。

F-35A・日本調達価格変遷

  • 2012年度・・・1機あたり98億円 (4機:395億円)
  • 2013年度・・・1機あたり150億 (2機:299億円)
  • 2014年度・・・1機あたり173億円 (4機:693億円)
  • 2015年度・・・1機あたり172億円 (6機:1032億円)
  • 2016年度・・・1機あたり180億円 (6機:1084億円)
  • 2017年度・・・1機あたり146億円 (6機:880億円)
  • 2018年度・・・1機あたり130億円 (6機:785億円)
  • 2019年度・・・1機あたり113億円 (6機:681億円)
  • 2020年度・・・1機あたり93億円 (3機:281億円)
  • 2021年度・・・1機あたり97億円 (4機:391億円) 
  • 2022年度・・・1機あたり97億円 (8機:779億円)※概算要求

※最初の4機が安いのはFMS完成品輸入の為。その後に高騰したのは国内組み立てへの移行と円安の影響などが重なったことによるもの。2017年以降に再び下がり始めたのは国内組み立て体制の効率化と、アメリカでの機体単価が大量生産による効果で下がり始めた影響。現在での国際的な評価も以下の通り。

スイスがF-35A戦闘機の調達を表明「最も性能が高く圧倒的に安い」(2021年7月1日)

※なお日本は2020年度からF-35Aとは別に垂直離着陸型のF-35Bも調達し始めたが、こちらは変形機構がある分F-35Aより割高。

※2019年02月9日更新:中期防衛力整備計画(平成26年度~平成30年度)の資料を追記し、記事タイトルを分かりやすいように一部変更。

※2021年12月9日更新:トランプ政権終了後に期間中の兵器商談の評価を追記。2017年のF-35値下げ交渉と、2022年度概算要求での安くなった取得費用を追記。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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