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年間160日の断食期間を乗り切るために修道士が考案したドイツパスタ・マウルタッシェ

シュピッツナーゲル典子在独ジャーナリスト
神の目を盗んで修道士が食したマウルタッシェは今も愛され続ける一品です。筆者撮影

このドイツパスタ「マウルタッシェ(Maultasche)」は、ほうれん草や香料と一緒に挽肉を混ぜ、パスタ生地で包んだ一品で、イタリア料理のラビオリの特大サイズと思っていただければいいでしょう。スープの具にして食したり、温めたマウルタッシェの上にこんがりローストしたタマネギを添えて食します。

料理として供されるマウルタッシェは、たいてい2~3個です。そのためここでは、複数のマウルタッシェンと記します(画像撮影はすべて筆者)

神の目を盗んで食する肉入リパスタ「マウルタッシェン」

マウルタッシェンが生まれた場所として知られるのが、ドイツ南西部シュトゥットガルト周辺のシュワーベン地方。そして、このパスタを考案したのは中世の修道士と言われています。

肉や固形の食材を口にしてはいけないという断食期間の戒律を守る生活の中で修道士が考え出した「マウルタッシェン」は、「「Herrgottsbscheisserle(神様を欺くの意)」という別名もあるくらいです。

何故神の目を盗んでまでもマウルタッシェンを食べたかったのでしょうか?

理由や背景を知るために、マウルタッシェンが考案されたという説もあるマウルブロン修道院 を訪問しました。

ドイツには38の世界遺産がありますが、この修道院もそのひとつで、マウルブロンは世界遺産に登録されて今年で20周年を迎えました。

マウルブロン修道院はハイデルベルクとシュトゥットガルトの中間地点にあります
マウルブロン修道院はハイデルベルクとシュトゥットガルトの中間地点にあります

神様ごめんなさい! 肉を食べなければ、苦行に耐えられません!?

前書きが長くなりましたが、前回記しましたように、灰の水曜日から復活祭前日(4月20日)まで46日間の断食期間がが延々と続きました。

復活祭も終了し、断食から開放されましたが、一体 中世修道士達の断食時間は、一年に何日くらいあったのでしょうか?

マウルブロンのガイドさんに聞いてみると、なんと年間160日とのことでした。

必要は発明の母といいますが、肉を食べることができなかったこの断食期間を乗り切るために中世の修道士が考案した一品がマウルタッシェンです。一見したところ、肉が使われているなんて見えません。

修道院敷地内にあるレストランKlosterPost のマウルタッシェンは絶品です
修道院敷地内にあるレストランKlosterPost のマウルタッシェンは絶品です

修道士達が栽培した野菜の間に牛や豚の挽肉をこっそり混ぜて、生地で包み、さりげなく食べようなんて考えるとは何とも茶目っ気一杯で微笑ましい限りです。

気になっていたマウルタッシェン発祥の地ですが、ガイドさんに確認したところ、どうやらマウルブロンではないそうです。どの修道院の修道士が考案したかは不明だそう。

昔は鍛冶屋だったレストランKlosterPost
昔は鍛冶屋だったレストランKlosterPost
修道院の裏山でとれたブドウで修道士達はワイン造りもした
修道院の裏山でとれたブドウで修道士達はワイン造りもした
修道院ワインとビール、そしてマウルタッシェンがあれば修道士もご機嫌だったかもしれません?!
修道院ワインとビール、そしてマウルタッシェンがあれば修道士もご機嫌だったかもしれません?!

修道士の日常生活は厳格そのもの

マウルブロン修道院は、今から860年ほど前に建築が始まり、およそ400年もかけて完成したかってのシトー会修道院です。中世の姿をほぼ完全な形で維持する数少ない僧院のひとつです。

宗教改革後、1556年に修道院内にプロテスタント神学校が創設されました。ここで学んだ有名人といえばドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーや詩人のフリードリヒ・ベルダーリンです。作家へルマン・ヘッセもここで勉学し、この神学校を舞台として自伝的な小説「車輪の下」を書き上げました。

この修道院では、庭作業、掃除、料理、製粉、鍛冶屋などを受け持つ職人の一般修道士(Laienbruder)と修道司祭(Ordensbruder/Priester)が共存していました。そのため、食堂や寝室などすべての部屋が2つずつあり、階級により生活は二分されていました。

肉体労働は一般修道士が一手に引き受けましたが、彼らの修道生活ぶりは、大変な苦行だったようです。一日のお祈りが7回。入浴は年に2回、修道服を着たまま就寝。食事は1日に2回、陽の短い冬は1回だけという具合です。

彼らは、自給自足でとれた穀物・果物、野菜、近郊の貯水湖で獲れた魚、チーズ、卵、白パンを食し、ワインやビールを愛飲したそうです。

マウルブロン修道院ビールはツーリストインフォでも買えます。
マウルブロン修道院ビールはツーリストインフォでも買えます。

そして、160日に及ぶ断食も強いられました。これでは体力も続きません。こうした背景から辛い断食期間を乗り越えるための苦肉の策マウルタッシェンが考案され、神の目を盗んで食したのでしょう。

今も町の一部として活用されている修道院の建築物

マウルブロン修道院のユニークな点は、現在、建造物の一部が一般庶民の生活に欠かせない薬局や市庁舎、学校、警察派出所などの施設として機能していることでしょう。

市庁舎入り口にはマウルブロンの名前由来マウルとブロン(ブルン泉)のワッペンが
市庁舎入り口にはマウルブロンの名前由来マウルとブロン(ブルン泉)のワッペンが

農舎や住民の住む棟、1キロメートルに及ぶ防御壁に囲まれた独特の雰囲気の中庭に残る住居や塔を目にすれば、中世の修道院生活の息吹を肌で体感できます。

修道院中庭にはコーヒーショップもあります
修道院中庭にはコーヒーショップもあります

修道院の一部では、コンサートやイベントが定期的に行われているので、時間があれば是非どうぞ。

修道院敷地にあるギムナジウム(9年制)の生徒によるコンサートを満喫しました
修道院敷地にあるギムナジウム(9年制)の生徒によるコンサートを満喫しました

なかでもお勧めは、2年に一度開催される修道院祭り。中世の料理を提供するスタンドや、当時そのままの雰囲気をかもし出す道化師や剣士が登場するなど、一見の価値ありです。少し気が早いですが、次回の修道院祭りは、2015年6月27日、28日の両日に行われます。

近年は、スーパーで気軽に入手できるマウルタッシェン。野菜を詰めたベジタリアン用のマウルタッシェンもあります。中世の修道士を思い浮かべながら、一度是非味わってみて下さい。

在独ジャーナリスト

ビジネス、社会・医療・教育・書籍業界・文化や旅をテーマに欧州の情報を発信中。TV 番組制作や独市場調査のリサーチ・コーディネート、展覧会や都市計画視察の企画及び通訳を手がける。ドイツ文化事典(丸善出版)国際ジャーナリスト連盟会員

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