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羽生結弦さん、「RE_PRAY」で伝えた「人生の選択」と「祈り」の隠されたテーマ

野口美恵スポーツライター
正面入口に掲げられた巨大看板、意味深いタイトルが表示されている(筆者撮影)

 羽生結弦さんの単独ツアー公演「Yuzuru Hanyu ICE STORY 2nd “RE_PRAY” TOUR」が11月4日、さいたまスーパーアリーナで幕を開けた。昨年11月の「プロローグ」、東京ドーム公演「GIFT」に続く、単独公演第3弾は「人生の選択肢の連続」がテーマ。命の尊さや、生き方を問いかける物語を通して、羽生さんの思いを伝えた。

「夢をつかみに行く人間か、恐ろしい人間か」葛藤を打ち明けて

 今回は、ゲームの世界観をベースにした演出。氷上全体を使ったプロジェクションマッピングや、大画面に映し出される映像を駆使して、羽生さんが自ら執筆した物語が展開していく。ゲームを題材にした経緯をこう説明した。

「ゲームの中では命という概念が、ある意味軽いというか、繰り返せる。だからこそ、好奇心のままに進んでいける。それは現実の世界に当てはめてみたら、夢をつかみに行く原動力のある人間なのかもしれない。でも違う観点から見たら、とても恐ろしい人間なのかもしれない……」

 羽生さんは、自身が抱えてきた葛藤をそう口にした。それは、単にゲームを操作する側からの視点ではなく、ゲーム内のプレーヤーのように戦う自分という視点があるからこそ抱えてきた苦悩、そんな思いが感じられた。

 ショーの冒頭は、ファイナルファンタジー10の「いつか終わる夢」からスタート。白いマントを被った羽生さんが登場すると、会場からは大歓声が沸き起こった。なめらかなスケーティングとプロジェクションマッピングを一体化させ、幻想的な世界へと観客をいざなっていく。

 2曲目は椎名林檎の「鶏と蛇と豚」。曲の冒頭は般若心経からスタートし、観るものを異空間へといざなう。黒い衣装に身を包んだ羽生さんが、煩悩に苦しむかのように、激しく体を震わせながら演技を続けていった。最後は、正面席前に設置された舞台の上でのパフォーマンス。思わず歓声が上がった。

 3曲目は「Hope&Legacy」で、美しく、そしてしなやかな滑りを披露。続いて、無音の中で、氷に足を叩きつける音や、深いエッジワークで氷をゴリゴリと削る音を奏でていく。そこから4曲目の「Megalovania」へと繋がっていった。

「これは原曲と原作へのリスペクトがあります。Megalovaniaは、アンダーテールという(ゲームの)物語の戦いのシーンなのですが、最初、無音の中で、敵が必殺技を繰り出す攻撃の音だけがわーっと聞こえるシーンがあるんです」

 と羽生さん。ゲームのシーンと同様の場面を設定することで、スケーターとしての羽生さんと、ゲーム内のプレーヤーとが繋がっていく演出になっていることが伝わってきた。

2017年の世界選手権。共に戦ったティッシュケースが今回、復帰した
2017年の世界選手権。共に戦ったティッシュケースが今回、復帰した写真:なかしまだいすけ/アフロ

盟友のティッシュケースと共にラスボス戦へ

 そして第一幕の最後に、恒例の“6分間練習”が始まった。これまでの単独ショーでは、試合と同様に通常照明に切り替え、「まさに試合」という演出をしてきたが、今回は違った。戦闘の激しい音楽が流れるなかで、ボス戦を目前に控える戦士のように、気合を高めていった。

「ショーを作っていくにあたって、6分間練習や試合形式みたいなことをやろうと思っていましたが、今回は『作品の中の一部であってほしい』という思いが強くありました。それで6分間練習なんだけれど、ちゃんと曲に合っていて、ダンジョンやボス戦のような(ゲーム内の)ステージの1つという演出を作りました」

 音楽が鳴り止み、6分間練習が終わる。ボス戦が始まる直前の緊張感のなか、屈伸しながらティッシュケースに片手で触る仕草は、スケートの試合と同様。その手の先にあるぬいぐるみは、2020年のパンデミックでトロントから緊急帰国して以来、離れ離れになっていたものだった。今年4月、里帰りした際に、3年越しで連れ帰ってきたもの。長年の戦いを共にした強い味方を、取り戻していた。

 「ファイナルファンタジー9」の「破滅への使者」の曲に乗せてボス戦はスタート。4回転サルコウ、4回転トウループ、トリプルアクセルを次々と成功させていく。最後は「トリプルアクセル+オイラー+3サルコウ+オイラー+3サルコウ」という5連続ジャンプを降り、ボスを撃破した。この5連続ジャンプの意図をこう説明する。

「このプログラムは、ラスボスとの戦いというイメージです。最後はやっと倒せたとなるのですが、セーブ出来るか、(と思ったがデータが壊れて)終わらない、また続く、というもの。そうやって“また繰り返される”というのが“RE_PLAY”のテーマでもあります。「オイラー+サルコウ」というジャンプは、繰り返されていくジャンプという意味でテーマに沿っていて良いなというのと、音的にもハマるなと考えて、入れました」

 ジャンプ1つとっても、ただ難しいジャンプで倒すシーンにするのではなく、比喩的な意味を持たせる。その演出に、音楽への思い、そしてジャンプ1つ1つへの思いの深さが表れていた。

北京五輪のエキシビションで演じた「春よ、来い」
北京五輪のエキシビションで演じた「春よ、来い」写真:長田洋平/アフロスポーツ

第二幕で明かされる、違う選択肢の人生

 第二幕は、「第一幕の最後でデータが壊れてセーブできなかった」ことで、再びスタートに戻るという設定。再び「いつか終わる夢」を白装束で演じ始める。まさにゲームのように全てがリセットされる、不思議な感覚が観客を襲う。しかし今度は柔らかな音色のピアノバージョンで、違う道を選んでいることを示唆する。フィニッシュポーズも、第一幕では氷に手をついて闇に沈み込んでいくイメージだったのに対し、天へと手を伸ばし何かをつかもうとして終わる。

「もしかしたら、違った選択をしていく人生があったのかもしれない。破滅ではない道もあったのかもしれない」と考えさせてくれる場面である。

 その後は、「天と地のレクイエム」「あの夏へ」「春よ、来い」と、ファン待望の選曲が続く。戦いが続いた第一幕に対して、羽生さんの語りとプログラムが繋がりあうことで、少しずつ希望の光をつかんでいくような空気感が紡がれていく。

「1つの作品の中に色々なプログラムがある(演出です)。今までやってきたプログラム達も、物語の中に入った時にこんな見え方もあったんだな、ということを見せるのが趣旨。自分としては今までのアイスショーとは全然違った心意気で、このICE STORYに挑んでいます」

 ストーリーの最後には、夢を追い続け、祈り続ける、というテーマが示される。

 そしてここで、第一幕から提示されてきたテーマが「選択の繰り返し」=「RE_PLAY」だったのに対し、画面に表示された文字が「RE_PRAY」へと変わる。実は本当のテーマは、選択を繰り返した先にある、祈り……。そんな奥深いニュアンスを感じさせ、物語は完結する。

「自分が選んできた人生の先に、破滅っていうルートがあったとして……。人生がもう一回繰り返されるのだったら、皆さんは何を選ぶのか、何を感じるのかということを、考えてもらいたいというのが全体のテーマです。答えを出してほしいというものではなくて、考えるきっかけの物語だと僕は思っています」

 ショーの最後は、アンコール曲で会場を盛り上げ、マイクを持ってあいさつ。

「人生というものをやめない限りは、明日は続いていく。そんなことを考えながら毎日を生きてほしいなと思って、このICE STORYを紡ぎました」

 と会場のファンに語りかけた。

 実は、埼玉公演2日目は、第一幕のゲームの場面で違う選択をし、違うプログラムを滑るシーンもある。選択肢が違えば、違う人生があるかもしれない。公演に通うたびに、人生の奥深さを改めて考えさせられる、そんな二重構造の仕掛けも施されていた。

 1月には佐賀公演、2月には横浜公演と続く。さらなる人生の選択肢はそこで示されるのかーー。そんな余韻を残して、埼玉公演は幕を閉じた。「RE_PRAY」、それは羽生さんの祈りを皆の心へと届けていく、贅沢で柔らかな時間だった。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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