Yahoo!ニュース

浅田真央32歳「トリプルアクセルってこんなに楽しいんだ。出会えてありがとう」悩んだ選手時代からの変化

野口美恵スポーツライター
単独インタビューに答える浅田真央さん(c)bassy

 6月下旬、朝からリンクに現れた浅田真央(32)は、真剣な表情でショーナンバーを演じていた。自らに語りかけるように「よしっ」とうなずく。全国22会場103公演を滑りぬくアイスショー『BEYOND』も、残すところ宮城と東京の2会場。座長として手ごたえを感じる中で、さらなる進化へと、真央は新たな挑戦も自身に課した。それは32歳で跳ぶトリプルアクセルだ。

「これ以上ないくらい、今まで史上最高の気合いを入れなければなりません。でも陰のプレッシャーではないですね。陽の緊張感です」

 自らの思いを託すアイスショーと、トリプルアクセルへ、あふれる愛を語った。

客席5cmまで攻める演技、お客さんがのけぞるのを見て『やった!』

――昨年9月の滋賀公演から始まった『BEYOND』ツアーもいよいよ集大成ですね。10ヶ月の間に、かなり内容がブラッシュアップされてきた印象です。

「何度も練習し、公演を重ねてきたことで、完成度は間違いなく高くなっています。客席との一体感を大切にしているのですが、技術が上がったことにより、客席のかなりギリギリまで攻められるようになっています。お客さんの目の前5cmくらいまで行くので、氷しぶきも飛びますし、風も伝わる。『シェヘラザード』では、ワーっと勢い良くツイズル(多回転の片足ターン)をやって客席前でストップすると、お客さんがのけぞっているのが見えて、心の中で『やった!』って。攻め攻めでやってます」

――1公演で10曲近いプログラムを滑り、しかも1日2公演。32歳という年齢も踏まえると、ものすごいチャレンジを続けていると思います。

「選手の頃は、とにかく『練習やりたい、やりたい』ばかりでしたが、今は体力配分と休息を考えるようになってきました。土日で4公演あるときは、4日前の火曜までは追い込んで、水木は調整程度、金曜にリハーサル、そして本番という感じで。疲れがゼロの状態からショーに臨むことを心がけています。休みの日はマッサージやサウナに行くほか、なるべく歩かないようにしています」

――なるべく歩かない、というのは徹底していますね。

「実は、スケートで使う筋肉と、歩くときの筋肉は、違うんですよ。滑るための筋肉の方がより多くついているので、陸上を歩いて別の筋肉を使うと、足が疲れちゃうんです。陸を歩くのは苦手で、氷上のほうが圧倒的に楽ですね。4公演が続く時は、1公演目に太ももの前側が張って、2公演目は太ももの後ろが痛くなり、3公演目ではふくらはぎが張るという感じで、自然と色々な筋肉をかばって使っていくので、出来るだけ足をお休みさせるようにしています。現役時代に(佐藤)信夫先生が『休養も大切』とおっしゃっていた意味が、ようやく30代になって分かりましたね(笑)」

「シェヘラザード」より(c)BEYOND
「シェヘラザード」より(c)BEYOND

「アドリブは“生”の良さ、でも、完璧がマストの演技や足技も見て」

――4公演続くときでも、どのショーでも真央さんは常に全力ですよね。

「どんなコンディションでも、始まったら全力でやり切る、ということを常に心がけています。試合の時と同じように自分へのプレッシャーはありますが、選手の時と違うのは、常にメンバーに囲まれていること。お互いハイタッチしたり、次のスケーターをエールで送り出したりして、心強いですね。また、私が大きな転倒をしちゃった時に、お客さんが大爆笑してくれて、私も笑い飛ばしてアドリブで繋いだことも。お客さんもメンバーも、みんなで助け合って乗り越えてきたと思います」

――試合とは違って、ハプニングも楽しめるような心境なのでしょうか?

「やっぱり完璧は求めます。そこはもう譲れないです。でも、イケイケのノリで行けるプログラムは、アドリブもエンターテインメントとして楽しんでもらおうと思っています。そこが“生モノ”の良いところかな。もちろんそれが許されない『シェヘラザード』『バラード第1番』『白鳥の湖』などのプログラムは、完璧がマスト。細心の注意を払って滑っています」

――『白鳥の湖』でのグランフェッテは40回以上の連続技で、現役時代でも出来ないほどの難しい技をピタリと決めています。

「確かに、現役時代には出来なかったかもしれません。とにかく自分の限界まで攻め攻めで、足を止めない場面。小技がたくさん入っているので、足技に注目してもらいたいですね。やっぱりフィギュアスケートなので、そこは私のこだわりです」

――初演からの10ヶ月で、公演の対応やお客さんの反応などに変化はありましたか。

「(コロナ対策ガイドラインの制限緩和を受けて)今年1月から声援をOKにして、最初は皆さん控えめだったのが、今は『ここ』というタイミングで盛り上げてくださるようになりました。『BEYOND』を“おかわり”してくださる方々がいらっしゃって、『白鳥の湖』ではあえて静かにとか、『カプリース』はここぞとばかりに『ヒュー』って言うとか、お客さまとの掛け合いが面白くて、パワーになります」

「カプリース」より(c)BEYOND
「カプリース」より(c)BEYOND

「スケートを初めて見る方も多いので」心配り、感想が「嬉しい」

――『BEYOND』は90分ノンストップで、1つの世界観を作り出すのも特徴の1つです。

「私のアイスショーの原点は、中学2年生の時に観た浜崎あゆみさんのライブなんです。“あゆさん”という1人の人間が、色々な表情を見せ、役を変え、衣装も変え、場面が展開していく。それはすごい衝撃で、なぜか心のなかで『自分もこういう人になりたい、こういうアイスショーをやりたい』と決意しちゃったんです」

――浜崎さんから受けた影響はたくさんありそうですね。

「初めてライブを見た14歳の時って、2005年の世界ジュニアの1週間前だったんです。あゆさんからパワーをもらってトリプルアクセルを降りて優勝した。それ以来、毎年ライブを見に行っています。デビューから25年にわたって第一線で走り続けてきたことは、本当に大変で、強いこと。私はその背中を追って、『サンクスツアー』や『BEYOND』で、自分が10曲以上滑るショーを実現できて、それは本当に良かったと思っています」

――引退から6年、プロとして『浅田真央サンクスツアー』『BEYOND』と2つの全国ツアーを行ってきて、気持ちの変化はいかがですか?

「現役の子たちに頑張って欲しいな、という気持ちが強くなってきました。選手の頃は自分も大変だったので、現役の子の気持ちはよくわかります。だから現役のスケーター達が見に来てくれた時は、楽屋まで来てもらってお話しするのですが…。みんな緊張するのか、感想を聞いてもあまり話してくれなくて(笑)。私からは『頑張ってね』と伝えています。私が子供の頃は、伊藤みどりさんにずっと憧れていて、話せるだけで嬉しくてパワーをもらってきました。だから見に来てくれた子の力になれたらな、と思っています」

――一般のファンの方へもSNSや動画でメッセージを送っていますね。なかでも『暖かい服装でお越しください』という言葉は、見る方への気遣いが感じられます。

「実は、全国ツアーをしていると、スケートを初めて見るという方が結構多いんです。普通のアイスショーに比べて価格を抑えたこと、地方都市まで行くことで、家族連れの方や年配の方もいらっしゃる。それでSNSの反応を見ると『凍えそうだったけど、そんなの忘れて没頭出来た』とか『奥さんに誘われて行って、全然期待してなかったけど最高だった』とか。初めて見る人にも楽しんでもらえたのが何より嬉しいと同時に、『寒いですよ』っていうのはお声がけしておかないと、と思っています」

――残すところ、6月の宮城公演と7月の千秋楽公演ですね。ここで見せたい部分は?

「やはり、滑りそのものの魅力を見せたいですね。スケーターが作り出す風とか、次々と展開していくフォーメーションとか。自分たちの身体だけで、新しい世界を見せられるというのが、みどころです。また千秋楽の立川公演はスペシャルプログラムも追加します。みなさんの心に『BEYOND』が深く刻まれるように…想いを込めて、最後に相応しいプログラムを作っていますので、ぜひ見に来て頂きたいです」

千秋楽に向けて練習を重ねる(c)Yoshie
千秋楽に向けて練習を重ねる(c)Yoshie

トリプルアクセルに今声をかけるなら「ありがとう」

――『BEYOND』の千秋楽に向けて新たな挑戦、トリプルアクセルの練習をしていると聞き、ワクワクしています。どんなきっかけで再開したのでしょうか?

「今年の4月に、体の調子が良かったので『ちょっとやってみようかな』という感じで始めて。やってみたら、初回にしては良い感じだったので『1回目でここまで出来るなら、行けるんじゃない?』とモチベーションが上がりました。今は『あと4分の1回転』というところまで来ていて、回転軸も良いので、本当にあとちょっとです。自分のプライベートなチャレンジですが、この挑戦が皆さんの励みになればという思いもあります。私、最後の(2016年)全日本選手権では降りられなくて、いつが最後の成功だったか思い出せなくなっているんです。それで、スケート人生でもう1回くらい跳んで、決めておいてもいいかなって。記録で残しておきたいなって思っています」

――跳び方やコツは現役時代と変わらないのでしょうか?

「跳び方は試行錯誤しています。現役時代とは、スピードを変えたり、助走の軌道、力の入れぐあい、タイミング、いろいろ変えて実験してみると発見もあります。現役時代の最後は、背が大きくなって力が分散していたのかな、と気づいたり。今は『けっこう軽く、あまりスピードを出さずにコンパクトにやれば跳べるんじゃないかな』という感触なので、続けてやってみます。高さをもうちょっと出して、回転の締まりが良くなってキレが出たら、絶対跳べると思います。7月の千秋楽15公演は疲れがたまると難しいかもしれないので、6月の宮城公演の間にできれば……。成功したらInstagramにアップします」

2014年ソチ五輪でトリプルアクセルを決めた
2014年ソチ五輪でトリプルアクセルを決めた写真:YUTAKA/アフロスポーツ

1992年アルベールビル五輪で演技する伊藤みどりさん
1992年アルベールビル五輪で演技する伊藤みどりさん写真:アフロ

伊藤みどりさんは32歳まで成功「運命です、勇気をもらいました」

――伊藤みどりさんはプロ転向後、32歳までトリプルアクセルを跳べていたそうです。

「32歳まで!それはすごい!それは知りませんでした。勇気になります。嬉しいですね。私、みどりさんからトリプルアクセルを受け継いでいる、そう思ってやってきたので。『32歳まで行けるんだ』って気持ちになりました」

――真央さんは、しっかりとバトンを受け継いでいますよ。

「みどりさんは真の挑戦者なんです。練習で跳べていなくても、本番で挑戦しちゃう。その気持ちは確実に受け継いでますね。私も、信夫先生に止められても跳んでましたから(笑)。それは自分の意思です。自分が後悔したくなかったから。そこが自分らしさだったんです。でも、みどりさんのジャンプの高さとか凄さを超える人はいないと思っています」

――伊藤さんは、アルベールビル五輪の6分間練習で跳べておらず、フリーの1本目も成功せず、それでも演技中に『後半にもう1本』と決意して成功させた。伝説のアクセルでした。

「みどりさんはきっと、点数とか順位ではなく、自分のすべてを懸けて跳んでいたんだと思います。でも、どんなに跳びたくても、後半で跳べないですよ。五輪の緊張感で、体力が100%ある冒頭でも跳べないのに、後半で体力があと10%のときにトリプルアクセルを跳べちゃうのって、神様みたい。実は、私もみどりさんの真似をして、試合で1本目で跳べなくても後半でまた跳んだことがあるんですけれど……跳べなかったんですよ! だから、みどりさんは改めてすごいな、って思ってます」

――32歳で挑戦するトリプルアクセル、現役時代と同じ思いですか?

「今の挑戦は、選手の時とは気持ちが全然違いますね。選手の時は、自分の強みでもあり、悩まされたもの。今は『何これ! トリプルアクセルって楽しいじゃん』って思ってます。プレッシャーもなく、ただただ楽しいです。ゼロプレッシャーでトリプルアクセルを跳べることが、ものすごい幸せなんです」

――引退会見のときにトリプルアクセルに対して『どうして簡単に跳ばせてくれないの』と声をかけたときと、変わったのですね。

「全然変わりました。今声をかけるとしたら『ありがとう』ですね。『出会えてありがとう』です。それに、みどりさんが32歳まで跳んでいたというのは運命ですね。みどりさんから受け継いだトリプルアクセルなので、頑張ります!」

浅田真央Instagram

BEYOND 公式Instagram

BEYOND公式サイト

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

野口美恵の最近の記事