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【岡部由起子・技術委員が語るルール改正(2)】新しいスピンを模索〜難しい出方とは?

野口美恵スポーツライター
今季ロンバルディア杯、全スピンでレベル4を獲得した渡辺倫果(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

国際スケート連盟(ISU)は6月の総会で、大幅なルール改正を採択した。演技構成点、スピン、ステップなどの変更点も多く、選手達は何が高得点なのか模索しながらシーズンに突入する。ISUの技術委員に再任された岡部由起子さんが語るルール改正。第2回目は、多くの選手が「難しくなった」と口をそろえるスピンや、コレオシークエンス、演技構成点の変更について。

レベル4獲得が難しくなったスピン

「選手ごとのバリエーション増やすため」

今回の改正を受けて、選手達がすぐに着手したのはスピンの練習だった。最高のレベル4を獲得するためには「レベル4獲得のための6つの特徴のうち1つを含む」ことが追加され、しかも「同じ特徴は数えられるのは1回のみ」である。その6つとは「(1)同じ足での難しいポジション変更」「(2)難しい出方」「(3)明確なエッジ変更」「(4)シットまたはキャメルからのすみやかな回転方向転換」「(5)明確な加速」「(6)フライングエントリーの難しいバリエーション」だ。

また、この6項目以外の特徴も、難度が上がった。ウィンドミル(風車)は、「頭を下、フリーレッグを上」になるよう体を回転させるときに「少なくとも135度開脚ポジション」のみカウントされることに。足が斜め上になる程度のキャメルスピンに近いような動きでは、レベルを獲ることができない。さらにほとんどの選手が取り入れていた「足変え後に、シット、キャメル、アップライトの3ポジションを入れる」は特徴から外された。岡部さんはこう話す。

「スピンのレベル獲得のための特徴は年々変化しています。選手の方々は懸命に練習して、全員がレベル4を獲得できるようキャッチアップしていくので、結果的に似たようなスピンが増えてしまいます。今回は選手ごとのスピンバリエーションを増やすために、条件が難しくなりました」

スピンを得意とする鍵山優真は逆回転も練習している
スピンを得意とする鍵山優真は逆回転も練習している写真:ロイター/アフロ

鍵山、宇野は「スピンの難しい出方」

松生は「難しい姿勢変更」に着手

この変更の中でも、独立した特徴として新たに加えられた「(2)難しい出方」は、取り組む選手が一気に増えた。しかしこれまでの事例がほとんどないため、選手達はレベルを獲れる確証がないまま試行錯誤している。岡部さんはこう説明する。

「難しい出方は、2年前からあるのですが入れている選手はほとんどいませんでした。例えば、出た足でそのままジャンプするような、バランスやエッジコントロールを必要とする動きのことを指します。今季は取り組んでくる選手が増えるでしょう」

実際に、北京五輪メダリストの宇野昌磨や鍵山優真は「(2)難しい出方」の練習に着手。宇野は「スピンは、レベル4を獲得するためには、与えられた特徴の項目から、しかも重複せずにやらなければならないので、難しいです。『難しい入り方』はやっていたのですが、『難しい出方』というのを取り入れたいと思います」という。また鍵山は、スピンの最後に1回転ジャンプのような動きを追加した。「スピンは大きく変わったので新しい挑戦になる」という。鍵山の場合は、反対回りのキャメルスピンも昔から練習しているため「(4)シットまたはキャメルからのすみやかな回転方向転換」も入れることが可能だろう。まだ他の選手が挑んだことのない新たなスピンで楽しませてくれそうだ。

一方、22年四大陸選手権5位の松生理乃は、ショートのスピンで「(1)同じ足での難しいポジション変更」として、シットの姿勢から立ち上がると同時に後ろ足をつかみキャッチフットスピンに繋げる、というものを導入した。「私のこれまでのスピンだとレベル4を取れないということがわかり、新しいものを練習しています。フリーでは、キャメルスピンでのチェンジエッジも入れる予定です」という。

また、さっそく9月のロンバルディア杯では、渡辺倫果も「シットからキャッチフット」の難しいポジション変更などを入れて、すべてのスピンでレベル4を獲得した。若手選手達は、ルール改正に早くも対応してきている様子がうかがえた。自分だけの新しいポジションをアレンジする選手も増えてくるだろう。

クリムキンイーグルもコレオシークエンスの動きの1つだ
クリムキンイーグルもコレオシークエンスの動きの1つだ写真:ロイター/アフロ

ジュニアにもコレオシークエンスを導入

途中で2回転ジャンプもOK

プログラムの見せ場であるコレオシークエンスも、より個性的な演技を求めて変更があった。まず、「ステップ」と「ターン」はコレオシークエンスを構成する要素から外され(しかしムーブメントを繋ぐ要素として含むことができる)スケーティングムーブメントと呼ばれる動きを2つ以上入れることが条件になった。例えば、スパイラル、イーグル、イナバウアー、ハイドロブレーディング、2回転までのジャンプ、スピンなどだ。岡部さんはこう説明する。

「ステップとターンだけではなく、明らかにステップシークエンスとは異なり、よりプログラムの特徴やコンセプトを反映させたシークエンスになるような条件になりました。イナバウアーやスパイラルなどのムーブメントを長く美しく見せる、という選手が増えるかもしれません。『自分はこれ』という得意な技があって、魅せられるのはとても良いことですし、ファンにとっても楽しみになると思います」

また、ジュニアのフリーの要素では、「ステップシークエンス」が「コレオシークエンス」に変更になった。これまでレベル獲得のために難しいターンやステップを詰め込んでいた部分が、演技や滑りの質を重視するコレオシークエンスになることで、ジュニア選手が目指す目標も変わってくる。

「ジュニアでもコレオシークエンスをやっていいのでは、という話は以前からも出ていました。ジュニアのうちは、ターンやステップの技術を身につける成長過程として、レベルを獲得するステップシークエンスを練習することは必要ですが、こちらはショートの要素に入っています。むしろジュニアの選手は、レベルを獲ろうとしてショートもフリーも似たようなステップになってしまうこともありました。フリーはコレオシークエンスになったことで、曲想を反映した独自性のあるシークエンスを含むことで、魅力的なプログラムづくりに繋がります。ジュニア時からスケーティングムーブメントを練習することで『自分の見せ場はここ』という表現力への意識を磨いていくことも期待されます」

これ以外にも、ステップシークエンスのクラスター(難しいターンの連続)は、条件がより難しくなり、選手によっては新たな練習が必要になる。宇野は「今までやってきた練習をすごく変えなければならない変化ではないので、しっかりレベルを獲れるよう合わせていきたい」と話しており、どの選手もシーズンインまでにはキャッチアップしてきそうだ。

芸術的な演技で、演技構成点で高い評価を得てきたジェイソン・ブラウン
芸術的な演技で、演技構成点で高い評価を得てきたジェイソン・ブラウン写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

演技構成点(PCS)が5項目から3項目に

「選手がやるべき演技は変わらない」

演技構成点(PCS)はこれまでの5項目から3項目に集約された。3項目に減ったことで、PCSの比率が減ったように感じるかもしれないが、3項目の合計点をこれまでの1.66倍にすることで、技術点とPCSのバランスは以前と変わらない。この経緯について、岡部さんはこう説明する。

「この変更は、あくまでもジャッジの負担を減らし、演技をより正確に評価するためのものです。5項目あったほうが、選手に対して『ここをもっと頑張りましょう』というフィードバックが細かく伝わるので、日本はこの提案に反対して5項目を維持しようとしました。ただし5項目の中には、オーバーラップする文言もあったので、そこを再整理したということです」

具体的にどのように変化したかというと、以前は「スケート技術」「トランジション(つなぎ)」「パフォーマンス(演技)」「コンポジション(構成)」「音楽解釈」の5つだったものが「(1)コンポジション」「(2)プレゼンテーション」「(3)スケーティング・スキル」の3つになった。

「もともとジャッジの間では、スケート技術とつなぎは明確な定義があるとしても、演技・構成・音楽解釈の3つは棲み分けが難しいという意見もありました。この改正ではごくシンプルにいうと、大まかに『プログラム構成とデザイン、その日に実行した演技、スケートを滑る技術』の3つになりました」と岡部さん。

評価する内容については、変更はないという。

「『トランジション』という言葉はなくなりましたが『演技と演技の間のコネクション』がコンポジションの項目に入りました。『音楽解釈』はプレゼンテーションの項目で評価します。これまでの5項目の中から削除されるものはなく、いずれにしても3項目のどれかに組み込まれていますので、選手自身が実行する演技に変更はありません。この改正は、誰かに有利であるとか、選手が何かを変更しなければならない改正ではないので、選手や振付師の方々は今まで通りの演技を目指していただければ良いと思います」

実際のところ、今回のルール改正についてトップ選手らに尋ねても、返ってくる答えは、ジャンプとスピン・ステップについての内容ばかり。演技構成点に変化を感じている様子はなかった。

ただしこの改正とは別に、PCSの係数(計算上の比率)は、継続審議となった。

「フィギュアスケートとしては、技術の合計点と、演技構成点の比率は、50%ずつになるのが理想とされています。ところがトップクラスは4回転を多く入れるようになったことで、技術点のほうが高くなり、バランスが取れていない現状があります。そのため今回の総会では、PCSの係数を変えたほうが良いという提案がありました。しかし中位の選手の技術点と演技構成点のバランスは取れており、さらに下位選手では技術点と演技構成点のバランスは演技構成点のほうが高いという高位選手とは逆転した点数配分率になっていますので、改正が必要かどうかは継続審議となりました。こちらはワーキンググループを作って、今季以降の試合でシミュレーションしていきます」

選手としては、これまで通り1つの作品として魅力のあるプログラムを目指すことに変わりはない。改正を受けて、さらにオリジナリティ溢れる演技が見られることを期待したい。

(第3回につづく)

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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