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猟銃所持許可の診断書:精神科医が考える問題点

西多昌規早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医
shutterstockより

猟銃所持には医師(精神科医)の診断書が必要

 5月25日に長野県中野市で発生した立てこもり事件では、容疑者が散弾銃を発砲して警察官2名が犠牲となった。報道からは「悪口を言われていた」「会話が成り立たない」など、被害妄想やコミュニケーションの問題を疑わせる症状があったようだ。ただ、メディア情報だけからの安易な診断行為は、厳に慎むべきである。

 今回は、散弾銃が凶器として用いられた。散弾銃は、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)では「猟銃」に区分される。猟銃は誰もが所持できるわけではもちろんなく、銃刀法に従った手続きが必要である。

 猟銃所持許可申請には、医師による診断書が必要だ。警視庁のホームページで「猟銃・空気銃の所持許可申請」の項目を見ると、注記1に診断書についての注意書きがあり、基本的には医師、主に精神科医が診断書を書くことになっている。

注記1

「診断書」は、

・精神保健指定医

・精神科、心療内科、神経内科等を標榜し、2年以上精神障害の診断又は治療に従事した経験を有する医師

・過去に申請者の心身の状況について診断したことがある医師(かかりつけの医師)(歯科医師を除く。)

のいずれかが作成した診断書で、申請日において受診日から3か月以内のものになります。

 過去に申請者の心身の状況について診断したことがある医師の診断書を提出した場合には、過去の受診記録が証明できる書類等(初診日が記載された診察券、過去の領収書等)を提示していただきます。

 2015年3月に改正銃刀法施行規則が施行され、精神科医ではなく、かかりつけ医による診断書でも認められるようになった。しかし、根本的な問題は変わっていない。

 猟銃所持など関係ないと思われる人も多いかもしれないが、最近のジビエブームで、生活のためには猟銃が必要という人もいる。わたしの身近なところでは、大学の射撃部部員も、全員この診断書が必要である。

猟銃使用許可の判断基準は?

 さて、何をもとに判断しているか。基準は、ないわけではない。指定された診断書は都道府県ごとに形式はやや異なるが、内容としては、

「統合失調症、躁うつ病、てんかんの症状がないこと」

「麻薬、大麻、あへん、覚醒剤の中毒者でないこと」

を診断する必要がある。

 被害妄想を症状とする疾患、ないし自殺の可能性が健康な人より高い疾患は、一時的に落ち着いている寛解状態でも、診断書を書くことはためらわれる。

 被害妄想は、統合失調症やうつ病、双極性障害、発達障害、認知症、薬物・物質依存など、幅広い精神疾患にみられる症状である。自殺も、ほぼすべての精神疾患でリスクが上がる。基本的には、精神科・心療内科でフォローしている精神障害の患者には、猟銃使用許可を出すことは難しい。

はじめて診察した人に猟銃使用許可を出せるのか

 たとえばかかりつけ医として定期的にある程度受診していて、精神疾患や違法薬物の摂取歴があるとはとても思えないような人であれば、医師の判断で記載してもいいだろう。

 しかし、まったくの初診の人に猟銃使用の評価をするのは、至難の業というか、無理ゲーである。現実に、猟銃許可申請の診断書を目的とした初診患者を、断っている医療機関も少なくない。

 わたしも、地方の精神科病院勤務のときは、猟銃使用許可を求める人に、診断書を作成した経験はあるが、かなり時間を割いて問診した記憶がある。それでも今考えれば、初回の診察だけで猟銃を持って大丈夫かどうかの判断は、できるわけがないと思う。本人が嘘を言っている可能性もあり、また家族の意思確認をしている時間的余裕も、外来診療ではほとんどない。わたしも、初回だけの診察で猟銃使用許可は、個人的には出せないと考えている。

猟銃使用許可の問題点

 問題点は多くあるだろうが、二つにまとめてみた。

 一つ目は、医療に責任を押しつけている制度になっていることである。猟銃所持許可を求める人たちの多くは健康であるため、かかりつけ医を持っていない。したがって、複数の医療機関で診断書を断られていることが多い。先ほども書いたように、生計に猟銃が必要な人もいる。

 あまり考えたくはないが、医師を恫喝して診断書を求める、あるいは虚偽申請をして診断書をもらおうとする可能性もゼロではないだろう。医師側も診断書を断って、恨みを買うようなことはしたくない。

 繰り返すが、一度だけの診察機会で、精神疾患の有無の判断は難しい。診断書目的の初診で、「自己の行為の是非を判断できる」ことを保証することには無理がある。

 二つ目は、健常な人間にも、どうしても感情コントロールができないときもある。精神疾患のない人でも持ちうる激しい感情を予測・評価するのは、今の医学では難しい。

 猟銃所持では、精神科医にセーフティネットの役割を負わせようという仕組みだが、このように十分に機能はしているとは言いがたい。アメリカに範を求めようにも、銃乱射が頻発している国の制度は参考にならない。

 できれば、医者一人に判断をさせず、司法や行政など医師以外の職種も判断に関与するような制度が望ましいのだろうが、検討はされるのだろうか。また、所持許可後は事実上放任状態であり、管理体制も見直す必要がある。

早稲田大学教授 / 精神科専門医 / 睡眠医療総合専門医

早稲田大学スポーツ科学学術院・教授 早稲田大学睡眠研究所・所長。東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員講師などを経て、現職。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医など。専門は睡眠、アスリートのメンタルケア、睡眠サポート。睡眠障害、発達障害の治療も行う。著書に、「休む技術2」(大和書房)、「眠っている間に人の体で何が起こっているのか」(草思社)など。

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