クリスマスの本場が日本ってことで

写真 wagnerarts

今年もクリスマスがやって来た。

クリスマスは、日本文化の一環を立派に担なっている。生々しい話、経済効果も2円兆弱と言われる。街中はカップルだらけである。数字にこそ現れないのかも知れないが、晩婚化、少子化が日本社会の最大問題と化している中で男女を結びつけるにあたって「クリスマス」が果たす役割が途轍もなく大きい。これは多額の血税を費やして賢い政治家や官僚が考えたアイディアでも中々現れない成果である。その事実から目を反らすことは出来ない。「クリスマスマス様々」である。

日本社会のヒーローたるそんなクリスマスですが、いろいろ困ったことも起きているようである。この国の者は当たり前に思っていることも、外からの目に晒されると評価が厳しい。「ケンタッキー食べている日本人はおかしい」、「本場ではケーキを食べない」「家族で過ごすもの。カップルで過ごすのはおかしい。」などなど「ここが変だよ日本人」クラスの指摘オンパレードである。

こっちはこっちでクリスマスが盛り上がっている身としてこれは決して気持ちのいいものではない。このまま放っといてはややもすると日本人は自信喪失しかねない。そうなればミクロ的にもマクロ的にも失うものがあまりにも大きい。これは早急に手を打つ必要がある。

元々、クリスマスが日本社会にじわじわと浸透するようになったのは長い鎖国を経て明治時代になってからである。そこに上手く商業主義が入り込むことで、勢いよく日本でのクリスマスフィーバーが瞬く間に広がって行った。日本でのクリスマスの始まりも明治時代からと言うのが一般的な解釈であるが、実際にはそんなに浅くはない。

日本でのクリスマスの歴史は16世紀にまでさかのぼる。キリスト教の普及のためにこの国にやって来たサビエルは山口を治めていた大内氏より許可をもらい山口の地で説教を行ったのは1551年である。実は初めて日本でクリスマスをここ山口で祝ったのはその明年である。しかしこの史実をその後、長い間、地元の一部の人間の間で語り継がれていただけであった。

このことが少しは広く知れ渡るきっかけとなったのは山口にそびえたつ亀山の中腹に建てられていたサビエル教会(木造)の焼失である。再建する段階の1997年に山口は日本のクリスマスのパイオニアであることが少なくとも地元では話題になった。明るみになったのは、実際に山口でクリスマスを祝ってから450年後ということになる。ですから決して昨日今日はじまったようなにわかものではない。この国にはクリスマスを大いに語る歴史的な背景がある。

写真 Meno Istorija
写真 Meno Istorija

日本人が堂々と自分らしくクリスマスを祝っても良いと考える最大の理由は実は他にある。

話しが前後するが、クリスマスってそもそも何だったのか。そうです、キリストの誕生である。実はこのキリストと最も関係が深かった国は他ならぬこの日本であると言われている。みなさん是非時間を作って訪問して頂きたい場所がある。

青森県新郷村戸来である。ここにキリストにまつわる言われが残っている。実はキリストは21歳に初来日を果たし、それから、12年間この地に住んで修行した。33歳で教えを伝えるためユダヤに帰るも、ユダヤでは受け入れられる状況ではなく、日本にとんぼ返りしている。では、十字架で釘打たれ死んだのはだれか?身代わりをしたのはキリストの弟のイスキリと言われている。

その後、キリストはというと、日本でなんと106歳まで生きていたそうである。当時にしては特に長寿であったと想像する。戸来を訪れると、地元の人が大切に守っているキリストの墓、さらにはイスキリの墓にも出会える。毎年6月には「キリスト祭」という神事も盛大に開催され、来年には51回目を数える。

ここまで話しを聞かれて皆さん、何を思いますか。なんだか日本がクリスマスは本家本元であるのだと思えてきました?信じるが仏。いや神なのでしょうか。こうなれば、外国の風習と比べられ、何を言われようとも怖くなどないはず。もちろんこの事実を知ったからには責任は伴います。来年は他のどこの国よりも盛り上げていきましょう。もちろん我が物顔で。日本流で良い!

参考になるURL

青森県新郷村戸来

山口はクリスマス市になる