おにぎりは素手でにぎるのが一番?

(写真:アフロ)

 おにぎりは素手で握るのが一番、いやいや安全を考えれば手袋やラップを使うべきだ、という論争(?)がたびたび話題になっているようです。両者の意見を見比べると、それぞれなるほどと思う説明があり、面白く読ませていただいているのですが、中には「おや」と思うような説明があったり、安全面で誤解を与えかねない内容の記事もみかけました。調理法や食べ方には絶対の正解はありませんが、おにぎりを素手で握ることについて私の考えを書いてみます。分量の大きな記事ですので、安全面について知りたい人であれば、前半は飛ばしていただいてかまいません。

■素手で握ると美味しくなる?

 おにぎりは、調理行程が少ないため、素材や握りかたの違いで味わいに大きな差が現れる料理です。だからこそ、素手か手袋やラップを使うかに敏感に反応する人が多いのではと考えます。

 では本当に、素手かそうでないかで、仕上がりに大きな影響があるのでしょうか。結論から述べると、素手で握ったおにぎりと手袋やラップで味に違いが現れるのかどうかを科学的に検証した論文は見つかりませんでしたので、違いがあるともないとも断言はできない、という残念な答えになります。しかし、ネット上の意見を見ると、素手のおにぎりのほうが味が良いと断言している人が多く、どちらも同じ味だという意見の人は少数派でした。素手が美味しいとされる理由を検索してみるといくつかヒットしましたので、その代表的な意見を検証してみます。

【愛情やまごころが美味しくする】

 食べものの美味しさは食事環境や色や形などの見た目や他者の評価など、心因要素が味覚に与える影響は本当にバカにできません。好意を抱いている相手が素手で握ってくれたおにぎりなら、手袋なしでつくってくれたもののほうが美味しく感じるかもしれません。握るときの手袋がお互いを隔てるものであるという認識の人がいたとしたら、その人にとっては手袋して握ったおにぎりは味気なく感じてしまうのはあり得ることです。ここで大切なのは、心理要因は悪い方向にも作用することがある、ということです。素手でおにぎりを握ることは衛生的に問題があると考えている人であれば、目の前でそのまま握ったおにぎりを食べなさいといわれれば、おそらく不快な気持ちになり、美味しく食べることは難しいでしょう。押しつけでない愛情がおにぎりを美味しくするのであれば、素手には愛情がこもるので美味しいという答えにはならないでしょう。

【上手に握れるので美味しい】

 これは確かにあると思います。家庭などでよく使用される使い捨ての衛生手袋は手にフィットせず、ゴワゴワしているものもあり、素手ほど上手に握れないということはあるでしょう。解決策としては、薄手で手にフィットするタイプの調理用手袋を使用することをオススメします。素手で握るのとあまりかわらない感覚でおにぎりをつくることができますし、熱さを和らげることができますので、アツアツごはんであれば素手よりも握りやすいかも知れません。上手にできないので手袋を避けている人がいるのでしたら、参考になればと思います。

【手から美味しくなるエキスなどがでる】

 手のひらにある旨み成分などがおにぎりに付着して美味しくなる、手についている酵素や菌などの微生物がおにぎりに作用し、旨み成分が作られる、という説があるようです。まず、手のひらの旨み成分ですが、確かに手のひらを舐めると若干の塩気や酸味、かすかな臭いが感じられます。素手で握ることで、これら成分がおにぎりに移行することは確実なのですが、果たして食べて味を感じられる程度なのかといえばかなり微妙でしょう。おにぎりを握るときにはよく手を洗うと思うのですが、キレイに手を洗ったあとの手のひらにはそれほどの味がありますでしょうか。手のひらの風味が調味料となる、というのはちょっと無理のある説明だと思います。美味しいおにぎりの特徴はふっくらと握ることにある、というおにぎり専門家のお話を読んだことがあるので、手のひらの味がうつるほどしっかりと握るのは、あまり良くないのではないかとも思います。

 次に酵素や菌などの微生物ですが、長い時間放置した場合には、味に変化がでても不思議ではありません。とはいえ、握ってすぐのおにぎりの味を変化させるようなものではありません。後述しますが、素手のおにぎりは作ってすぐに食べることが前提ですから、酵素や菌での美味しさ向上は期待しないほうがよさそうです。

【手からのエネルギーで美味しくなる】

 正体の分からないエネルギーは科学的な検証は馴染みません。心理的効果の一種ではないかとおもいますが、これ以上言及しないでおきます。

 結論というほどたいしたものではありませんが、素手でにぎらなければ得られないような大きな味の差はなさそうだというのが私の見解です。

■おにぎりと食中毒

 おにぎりを素手で握らない一番の理由は安全上の問題です。毎年、おにぎりが原因の食中毒事件が発生しております。

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 このグラフは食中毒統計より、ここ10年間の報告を抜き出して作成したものです。75件のおにぎりを原因とする食中毒が報告されているのですが、そのうち61件がブドウ球菌(ほぼ黄色ブドウ球菌によるものと考えて良いはずです)が原因微生物という、大きな特徴があります。その他では、セレウス菌が多く、カンピロバクター、ノロウイルス、A群溶血性連鎖球菌などの事例も報告されています。

 この数字は報告がされたものだけであり、この数字以上におにぎりによる食中毒が発生していると考えられます。

 黄色ブドウ球菌は健康な人であっても、鼻腔などの粘膜や傷口など化膿した場所から良く検出される細菌なので、手洗いが不十分であったり、傷のある手でそのままおにぎりを握ることで汚染の原因になります。この食中毒の特徴は、身体の中で細菌が増えることではなく、食品の中で増殖した黄色ブドウ球菌が作り出す毒素(エンテロトキシン)を食べて発症することにあります。エンテロトキシンは通常の食品を加熱する温度では壊れることがないため、一度食品の中にできてしまえば、殺菌をしても防ぐことができません。そのため、焼きおにぎりを食べて発症した事例もあります。

 黄色ブドウ球菌は栄養がたっぷりで暖かい環境で急速に繁殖し、一定の数(1g当たり10^6個程度)よりも増殖するとエンテロトキシンをつくるようになります。元々付着していた細菌が多ければ、数時間でそこまで繁殖することもありますので、すぐに食べない場合にはなるべく衛生的に調理をする必要があります。

 同じく素手で握るお寿司はどうなのだ、という話もあるのですが、調べてみるとにぎり寿司による黄色ブドウ球菌食中毒はあまり発生しておりませんでした。おそらく、握ってすぐに食べることと、生鮮食品を上に載せているため、室温以上での保管がされないことが理由だと思います。おにぎりほどではありませんが巻き寿司やいなり寿司の食中毒も多いことからも、酢飯の殺菌効果はあまり期待できないことがうかがわれます。

 おにぎりをすぐに食べない場合には、手袋などおにぎりに直接ふれないで調理すること、握ったおにぎりは他の食品に触れないようにすること、すぐにおにぎりの温度を冷やす(できれば5℃以下)こと、それでもなるべく早く食べることを守るようにして下さい。

 黄色ブドウ球菌の他、同じような毒素による食中毒を起こすセレウス菌にも注意が必要です。こちらは10%ほどの人の腸内に生息しているとされ、自然環境によくみられ、食材自体に付着していることが多いものですので、手だけではなく、調理器具や具材など衛生にも気をつかいましょう。

 ここまでの説明から、すぐに食べる場合には手袋は使わなくてもよい、ということになりますが、少ない数でも食中毒が起こってしまうカンピロバクターやノロウイルスなどもありますので、小さい子どもや高齢者などに与える場合は、手は十分に洗浄し、できれば手袋を着用してほしいものです。

 余談ですが、黄色ブドウ球菌やセレウス菌の毒素には免疫はつきませんので、おにぎりで食中毒になればかえって身体が強くなるなどということはありません。これらの毒素は無味無臭なので、見た目や臭いで悪くなっているか判断することもできません。

 

■今回のまとめ

・素手でおにぎりを握ると美味しく感じるのはおそらく心理的な効果です

・手の旨み成分や微生物でおにぎりを安全に美味しくするのは困難でしょう

・おにぎりの食中毒の多くは黄色ブドウ球菌の毒素によるものです

・黄色ブドウ球菌の毒素は熱に強いので、一度できたら殺菌しても食中毒は防げません

・おにぎりの食中毒は気温が高いほど起こりやすいです

・おにぎりは手袋やラップを使い、素手にふれないようにつくりましょう

・できあがったらラップや衛生的な容器で保護し、他の食品が触れないようにしましょう

・おにぎりはすぐに冷まして、低温のまま保管しましょう

・すぐに食べる場合には素手でもOK・・・でも、小児や高齢者に与えるときには注意が必要