夏ドラマ総括 大勝する大河と朝ドラ。視聴率が低下する民放の連ドラ。ゲリラ戦を戦う深夜ドラマ

夏ドラマ総括 応援したい視聴者の想いをテレビドラマは、どのように受け止めるか。

 夏のテレビドラマは一言でいうと絶不調だった。

 NHKの大河ドラマ『真田丸』と連続テレビ小説(以下、朝ドラ)の『とと姉ちゃん』は高視聴率を記録し、大きな話題となっていたが、放送期間の長さや物語のスケールからして大河と朝ドラは例外的存在で、テレビドラマのスタンダードな形と言える1クール(三ヶ月)に渡って放送される連続ドラマは、視聴率面でも内容面でも厳しかった。

 特に民放のゴールデンタイムで放送されているドラマの凋落ぶりは凄まじく、トレンディドラマ以降に確立されてきたテレビドラマの放送形態は、そろそろ見直す時期に入ったのだと感じた。

2010年にすべてははじまっていた?

今年の現状を見ていて思い出すのは、2010年のドラマシーンだ。

その年の大河ドラマは『龍馬伝』、連続テレビ小説(以下、朝ドラ)は『ゲゲゲの女房』。

思えば、大河と朝ドラがテレビドラマの話題の中心に返り咲き、民放の連続ドラマに陰りが見え始めたのは2010年だったと思う。

この年は平均視聴率20%を超えたドラマが一本もなく、木村拓哉主演の月9のドラマ『月の恋人~Moon Lovers~』(フジテレビ系)も16.8%(関東地区、以下同)だった。

 一方、2016年の夏クールに放送されたドラマの中で平均視聴率10%を超えた作品は、『家売るオンナ』(11.5%)、『仰げば尊し』(10.5%)、『刑事7人』(10.2%)の三本だけだった。

もはや、8~7%台の平均視聴率ですら当たり前となっているテレビドラマの現状を考えると、20%を超える作品がないということを問題視していたこと自体、贅沢な悩みだったなぁと思う。

 ニコニコ動画やYouTube等の動画サイトが勢いを増していたとはいえ、ここまで状況が激変するとは当時は思わなかった。

 内容面でも2010年はテレビドラマの転機となる年だった。

 堤幸彦監督と植田博樹Pが手掛けた『ケイゾク』(TBS系)の続編にあたるSFテイストの刑事ドラマ『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件課~』(TBS系)。

 『木更津キャッツアイ』や『タイガー&ドラゴン』を手掛けた脚本家・宮藤官九郎と磯山晶Pによる『うぬぼれ刑事』(すべてTBS系)。

 『すいか』、『野ブタ。をプロデュース』を手掛けた脚本家・木皿泉と河野英裕Pによる『Q10』(すべて日本テレビ系)といった作品は、2000年代に活躍した脚本家や演出家たちによる総決算とも言える作品だった。

 一方で坂元裕二・脚本の『Mother』や西田征史・脚本の『怪物くん』(ともに日本テレビ系)など、現在につながるような流れも見え始めていたのだが、どこか縮小再生産になりつつあるようにみえて、強い閉塞感を抱いたのを憶えている。

深夜ドラマの盛況が意味すること。

 また、2010年は深夜ドラマの当たり年だった。AKB48が総出演する『マジすか学園』や後に映画化された大根仁監督による『モテキ』(ともにテレビ東京系)などの新しいテレビドラマの流れが生まれており、その流れは今も続いている。

 今期では、『闇金ウシジマくん Season3』(TBS系)、『ラブラブエイリアン』(フジテレビ系)、『徳山大五郎を誰が殺したのか?』(テレビ東京系)、『こえ恋』(テレビ東京系)などの深夜ドラマの良作が多かった。

 これらのドラマは民放ゴールデンで放送されているものと較べると低予算のために、作品のスケールはコンパクトで、家や学校で、延々と登場人物が喋っているだけの小規模の作品も多い。しかし小規模だからこそ、作り手のコントロールが行き届いており、高い完成度を誇っている。

 『闇金ウシジマくん』のように映画と連動した企画も多く、テレビドラマ単体で完結するというよりは、原作漫画や小説、映画化などのメディアミックスの一貫として連続ドラマが放送されているケースや、新人女優やアイドルを売り出すためのPV的な作りのものが多い。

 欅坂46が総出演する『徳山大五郎を誰が殺したのか?』や永野芽都が主演を務めた『こえ恋』を見ていると、アイドルをかわいく撮るという目的さえクリアしていれば、あとは何をやってもいいという余白を使って、クリエイターが既存のテレビドラマの文脈から外れた実験的な作品を作っているのが伝わってくる。

 それは濡れ場さえあれば、監督が好きなことをやってもいいという、にっかつロマンポルノや、玩具として売り出すロボットさえ出していれば何をやってもいいという『機動戦士ガンダム』のようなロボットアニメのような作られ方だ。

 より近い例で言えば、かわいい女の子さえ出しておけば何をやってもいいという深夜アニメの世界に近い。

 そういった主演俳優のPV的な作りで一番面白い例がテレビシリーズとLIVEと映画といった複数のメディアで同時展開されているEXILEが所属するLDH主導のドラマ『HiGH&LOW』シリーズだろう。

 メディアミックス的な展開は90年代後半の『踊る大捜査線』(フジテレビ系)以降、広がっていったものだが、深夜ドラマの場合ははじめから他ジャンルとの連動が前提となっており、連続ドラマは一つの世界観を展開するためのパーツの一つとなっている。

視聴率の限界、応援という消費。

 一方で80年代のトレンディドラマ以降に確立された、月9を筆頭とする民放ゴールデンで放送される1クールのドラマを毎週決まった時間に視聴するという、昔ながらの放送形態はどんどん無理が生じつつあり、視聴率の低下に苦しんでいる。

 そもそも視聴率を基準にしていること自体が、今の時代にそぐわないのではないかと、個人的には思うのだが、おそらくこのテレビの視聴形態を見直して、視聴率を作品の評価軸とする現在の基準を見直さないことには、1クールドラマの凋落は今後も続いていくのだろう。

 今までなら視聴率の低下やドラマが見られなくなっている現状について、コンテンツよりもコミュニケーションが優位となったために、携帯電話やパソコンにおけるSNSでのやりとりに時間が奪われているからだというのが通説だった。

 しかし、この夏の現状をみるとテレビドラマ以外のエンターテイメントは、むしろSNSを媒介とすることで逆に盛況だったように見える。

 不調のテレビドラマとは逆に、ゲームアプリの『ポケモンGO』がヒットしており、8月16日の時点で世界でのダウンロード数は1億2000を超えている。

 一方、映画では『君の名は。』が興業収入100億を超え(9月23日時点)、『シン・ゴジラ』は上映二ヶ月で70億を超えている。

 この二作の感想をSNSで見ていると、二度三度と繰り返しみているリピーターの数が異常に多いことに気づく。

 彼らが同じ映画を何度も見るのは、「映画が面白い」からというのが大前提だが、映画を繰り返し見ることで「作品を応援したい」という気持ちもあるのだろう。

 そして、自分たちが支払ったチケット料金はそのまま興業収入に反映されて数字として可視化され、作品の商業的な価値を高めることができる(その結果、作品の作り手が次回作を作りやすくなる)。

 その意味でCDの複数買いによってアイドルファンがオリコンチャートに入れようとする行為に近い。

 

 握手券のついたCDを複数買うという行為はアイドルファン以外には理解しがたい行動に思えるかもしれない。複数買いはアイドルと直接触れ合いたいというコミュニケーションに対する欲望を満たす側面もあるが、それ以上に作品や演者を盛り上げるための一つのイベントとして現在は機能している。

 CDやDVDといった作品が複製可能で無料に近づいていく中、ファンが作品にお金を払うという行為は、投資に近いものとなっている。それがよりストレートな形で出ているのがクラウドファンディングなのだが、お金を払い、パトロンとなることでファンは作品の作り手や演者を応援しているのだ。

 近年、映画館でファンが大声で声援を送る応援上映が盛り上がりつつあり、『シン・ゴジラ』や『HiGH&LOW』でもおこなわれている。

 こういった応援による消費行為(それらは時にクリエイティブですらある)が盛り上がるのは、自分たちの応援行為が具体的な数字やマスコミの記事となって可視化されているからこそ成立している。

 それはYouTubeの再生回数やTwitterのリツイート数にしても同様である。

 これらの数値に較べると、テレビドラマにおける視聴率という評価基準はあまりにも曖昧で、ファンの干渉する余地がほとんどない。

 そのため、視聴者が好きな作品を応援したいと思っても、その手段がほとんどなく、せいぜい作品や役者のファンがSNSで瞬間的に盛り上がるぐらいだ。

 そういった送り手と受け手の距離の遠さが、今のテレビドラマが失速して見える最大の原因ではないだろうか。

 大河ドラマと朝ドラが盛況なのは、朝ドラなら半年、大河なら一年という長さが、SNSと相性がいいからだ。もちろん、盛り上がるためには、視聴者が熱狂的に支持するような面白い作品であることが前提だ。実際、『真田丸』を筆頭に、そういった作品はSNSでファンが盛り上げており、息の長いヒットとなっている。

 純粋な面白さだけで言えば『はじめまして、愛しています。』(テレビ朝日系)や、『HOPE~期待ゼロの新入社員~』(フジテレビ系)など、今クールの連続ドラマにも良作はあった。しかし、視聴率しか評価基準がない状況では、どうにも埋もれてしまったように見える。

 そういったドラマをリアルタイムで支持を表明したいと思った時に、視聴者が参加できる場所をどのように用意するのか。

 作品のクオリティの向上はもちろんだが、今後の連続ドラマに求められるのは、“応援という消費”が可視化される新しい舞台ではないかと思う。