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「トイレットペーパーパニック」の一因は報道にある―情報発信の失敗が引き起こした現状

関谷直也東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授
(写真:アフロ)

感染症と流言について

 感染症が発生すると、災害、環境汚染などが発生したときと同様に関連した「うわさ」が発生することがあります。それは「不安」だからです。有名なものにHIV (Welcome to the world of AIDS) 、O157(O157はオウム真理教が撒いたものである)、古くはコレラ(電話がコレラを運ぶ)など、過去にも多くの事例があります。また「不安」だけでなく、「善意」や「怒り」も流言の諸因になります。「新型コロナウイルスは熱に弱く、26~27度のお湯を飲むと殺菌効果がある」「花崗岩がきく」という(根拠のない)予防法を伝えようというのも「善意」に基づく流言の一種です。新型コロナウイルスは「意図的につくられた生物兵器である」などは「怒り」に基づく流言かと思います。

 これらの流言や、Stigma(海外などでみられるアジア人に対する差別的な言明、発生した地域や組織への差別的な言明)などは社会的混乱を生む以上、できるだけ抑制していった方がよいものです。

 そして、この新型コロナウイルスに感染するかもしれない、社会経済活動の制限や仕事やレジャーなどへの支障がいつまで続くかわからないという「社会不安」。これが流言、トイレットペーパーパニックに通底する要因であることは間違いがありません。

 ただ、流言はトイレットペーパーパニックの主因ではありません。

トイレットペーパーパニックと「予言の自己成就」

 この現象は「予言の自己成就」と言われる現象です。

 現在、新型コロナウイルスに関する過熱気味の報道と普段より情報に人々が敏感になっている中で、

  • メディアで、トイレットペーパーの売り切れ、行列の様子が報道される
  • ネットで、トイレットペーパーの売り切れ、行列の様子についてのコメントや写真が出回る
  • 直接、トイレットペーパーが売り切れているという状況や行列の様子を見る

などといった情報に接して、気になった人やその家族がトイレットペーパーを購入する。その状況がまたメディアに報じられる。その繰り返しで全国に拡大していく。これが現在の状況です。

 (1)当初は正しくない状況認識を行って(「トイレットペーパー不足」「買いだめが起こっている」との状況認識、「状況の定義づけ」といいます)、(2)それに基づいた行動を多くの人がとることによって(トイレットペーパーを購入すること)、(3)事実化していく(トイレットペーパーパニックが報道されて事実化する)。これを「予言の自己成就」といいます。  

 最初の契機(うわさ?)はあまり重要ではなく、このプロセスの繰り返し、それ自体がこの現象を引き起こしているといえます。

 テレビ局や新聞社などの取材をされる方々もインターネット上の流言・デマが原因だと思っていますし、そのトイレットペーパーを購買する一人ひとりは誰も自分がおかしな行動をとっているとの自覚がないので、このプロセスは簡単には止まりません。

 また「電池」などもよく在庫切れになりますが、「電池」などが店頭にない様子や「電池」を持っている人というのは、報道写真やテレビ的な「画」にはなりにくい。一方、「トイレットペーパー」「ティッシュ」は大きいので、それらが棚からなくなっていたり、「トイレットペーパー」「ティッシュ」を持っている人がいたりするのは「画」になる、ということも要因です。

 これらの現象は「買いだめ」「買いしめ」と言われますが、もし仮に、この現象が強い不安にかられた「獲得パニック」だとすると、銀行などの「取り付け騒ぎ」で一気に人が銀行に殺到するように、買いだめの状況が繰り返し報じられなかったとしても、全国で一斉にトイレットペーパーはなくなるはずです。ですがそこまでの混乱ではありません(なお、1973年の豊川信用金庫事件は、報道で広まっていったのではなく、流言が原因となって取り付け騒ぎまで発展していった訳ですから、このトイレットペーパーパニックとはやや異なる現象になります)。

 そもそも1973年の「トイレットペーパーパニック」もオイルショックという社会不安の中で、大阪の千里ニュータウンのスーパーでのトイレットペーパーの売り切れが報道されることによって全国に広がっていきました。インターネットのない時代でも報道によって(流言ではなく)、この問題は発生しました。すなわちSNSは主因ではなく、この状況を増幅させている一つの要素にすぎないと考えられます。SNS上の「新型コロナウイルスにかかわりトイレットペーパーが品薄になる」というメッセージをみて買いにいったという人もいなくはないでしょうが、多くはないはずです。

 つまり、上記のプロセス「予言の自己成就」が主たる要因だと考えられます。ゆえに、このトイレットペーパーに関する報道やインターネット上の広がりがなくなるまで、この問題は収束しないはずです。

ラスト・ワン・マイルと都市物流

 もう一つの要因は都市の「物流」の問題です。

 災害時に物資倉庫に多く支援物資が集まっても、それが避難所に届かないということはよくあります。いわゆる「ラスト・ワン・マイル」の問題です。

 都市部においては、通常時でも、費用削減のために流通在庫を減らす、デッドストックを減らす方向にあります。そもそもコンビニエンスストアやドラッグストアなど、配送センターに在庫を集中させて店舗に在庫をできるだけ置かないのが普通です。ですので、モノが不足してもすぐに補充はできないということはよく起こります。店頭に在庫はあまりなく、工場、配送センターから順次配送されていくものですので、すぐに補充はききません。

 なお、東日本大震災の際は複数の理由で物資不足が起こっています。第一に、福島県の風評を原因とした物資不足です。特にいわき市や相馬市、南相馬市など警戒区域以外の沿岸部でこれは顕著でした。第二に、燃料不足です。東北地方の物流はガソリンの供給不足に伴って大きく混乱し、仙台や盛岡など内陸部でも物資不足が発生していました。第三に、関東の物流の混乱です。これが典型的な災害時の都市の「物流」の問題です。

 東日本大震災の関東地域だけでなく、大阪北部地震の直後の関西地域、昨年の台風19号の前日などはコンビニやスーパーから食料がなくなりました。都市部では災害時、一定程度の人が平時よりも少し多めに買うだけで物資供給は混乱します。また食料品の場合はある程度で補充が可能ですが(そもそも毎日補充するものも多いため)、トイレットペーパーや電池、インスタント食品などは、店頭に在庫は多くないのですぐには補充できません。契機が「災害」か「報道」かという点で異なりますが、この都市の「物流」の問題という意味では、今回の問題と同様の現象です。

 しかも、ごく一部の人の行動でこの社会現象は発生します。下図の通り、東日本大震災、大阪北部地震などにおいて、調査した結果では「通常よりも多めに買った」という人は1割~2割程度です。首都圏なら3000万人の1割の人、300万人が「通常よりも多めに買った」ら、当然、物資はなくなります。つまり、「買いだめ」「買いしめ」とは、一部の人が、平時より少し多めに購入することだけでも引き起こされる現象であり、都市の物流が抱える脆弱性のあらわれともいえるのです。ゆえに、簡単に防ぐことはできません。

東日本大震災の時の非被災地での購買状況 参考文献(2)より
東日本大震災の時の非被災地での購買状況 参考文献(2)より
大阪北部地震の購買状況 参考文献(3)より
大阪北部地震の購買状況 参考文献(3)より

情報発信の失敗、そして感染症防止とInfodemic

 かつ、これら「買いだめ」「買いしめ」において問題だと考えられるのは、メッセージの出し方、広報の仕方です。

 「トイレットペーパーは中国ではなく日本でつくっているので問題ありません」「在庫・物資は十分に足りてます」と言われても、目の前に「トイレットペーパーがない」という状況の説明にはなっていません。メッセージと目の前の現実とのギャップを感じるだけで、人々の情報ニーズは満たされません。

 また「落ち着いてください」といっても、ほとんどの人は落ち着いています。落ち着いた上で、トイレットペーパーがないからトイレットペーパーを欲しくて購入しようとしているわけです。普通の精神状態の人に「落ち着いてください」といっても、誰も自分のことだと思わないので、メッセージは届きません。むしろ、世の中にそのような不埒な人間がいると勝手に妄想し、フラストレーションを溜めていくだけでしょう。

 広報として重要なことは、工場や配送センターに在庫はあっても「輸送などサプライチェーンの問題で簡単には店頭にならべることは難しいこと」「供給されるまで、少し時間がかかること」「そのうち解消される問題であるということ」、つまり、この物流の問題であることを淡々と情報提供し、理解してもらうことが重要になります。事故時や災害時にライフライン事業者は危機時の広報として、通信の不通の状況、事故の要因、障害の原因を開示し(NTTドコモ『復旧エリアマップ』、鉄道の運行停止に関するアナウンスなど)、またそれらの復旧の見通しを伝える、というのが定番となってきています。現状、事実について淡々と情報提供し理解してもらうことが重要です。

 この社会現象の解決策は、安易にデマのせいだ、踊らされる人々が悪いなど社会不安を煽ることではなく、都市物流に課題がある事実を丁寧に説明し、現在の状況と見通しを伝えていく、落ち着いた報道です。

 CBRNE災害(*1)における被害軽減の対象として、そもそも、いま最も重要なことは人的被害の防止、「感染症防止」です。「流言を防ぐこと」「パニックを防ぐこと」「(マスク以外の)物資不足」はその次に重要なことです。少なくとも、トイレットペーパーを求めて外出し、動き回ることは感染症に罹患する可能性を高めること、感染症を広めることにつながりますので、感染症予防のためにも避けた方が良いと思います。

*1:

CBRNE災害とは、化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性物質(Radiological)、核(Nuclear)、爆発物(Explosive) を指し、これらによって発生したテロや災害のこと。

参考文献:

(1) 関谷直也,2018,「災害時の買いだめ・モノ不足の集合行動的視点と被災地への情報提供のあり方」2018年10月19日,経済産業省第1回災害時の燃料供給の強靭化に向けた有識者会議

(2) 関谷直也,2012,「震災後のモノ不足とコミュニケーションのあり方」災後社会のソーシャル・マーケティング・コミュニケーション(第4回),日経広告研究所報266,2012年12月号,pp.62-69.

(3) サーベイリサーチセンター,2018,「大阪府北部地震(買いだめ)に関する調査」(東京大学・サーベイリサーチセンターの共同調査研究の結果)

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授

慶應義塾大学総合政策学部卒。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程、東京大学助手、東洋大学准教授(広告・PR論)、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター特任准教授を経て現職。専門は災害情報論、社会心理学、環境メディア論。避難行動や風評被害など自然災害や原子力事故における心理や社会的影響について研究。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)政策・技術調査参事、内閣官房東日本大震災対応総括室「東京電力福島第一原子力発電所事故における避難実態調査委員会」委員、などを歴任。著作に『風評被害―そのメカニズムを考える』、『災害の社会心理』。

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