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日本海側の津波に備える

関谷直也東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授
村上市山北総合体育館の造成された盛土が崩れた様子(2019年6月22日筆者撮影)

 2019年6月18日22時22分に山形県沖を震源とする地震が発生し、新潟県村上市で震度6強、山形県鶴岡市で震度6弱を観測しました。家屋の損傷、けがなどの被害はありましたが、幸いに、大きな津波も発生せず、犠牲者はでませんでした。ここで、改めて、日本海側の津波について考えてみたいと思います。

日本海側の津波の特徴:地震の規模の割には津波高が高く、到達までの時間が短い

 日本海側の地震・津波(日本海側で想定されている地震・津波)は、太平洋側の地震・津波(太平洋側で想定されている地震・津波)とはその特徴が異なります。

 太平洋側で起こった(想定されている)地震は、海溝型の地震です。日本海溝沿いで起こった東日本大震災、南海トラフ沿いで想定される南海トラフ巨大津波、千島海溝で想定されている十勝沖地震、根室沖地震。これらは、多くの地域においては、明確な時間はわからないまでも、ある程度の時間が経過してから津波が襲来します(もちろん、陸地までプレート境界が存在する駿河湾は例外です)。ある程度、避難の猶予時間があると想定されています。

 しかし、日本海側では、過去においても断層型の地震による津波が発生してきており、津波を引き起こす断層の中には、比較的陸地に近いものが多くあります(渡島大島という海底火山の噴火による津波などもありますが)。そのため、日本海側の津波は「津波到達までの時間が短い」ことが特徴です。日本海中部地震は、1983年5月26日11時59分に発生し、深浦に12時7分、男鹿で12時8分、能代で12時24分、酒田で12時42分に第一波が到達しています。北海道南西沖地震は、1993年7月12日22時17分に発生し、22時20分奥尻町南側に第一波、4~5分後に島の対岸にある北海道南西岸の瀬棚町や大成町に到達しています。大津波警報の発表は22時22分でした。

 日本海では、2013年以降、国土交通省、内閣府、文部科学省によって、日本海側の津波に関しても検討がなされてきました(日本海における大規模地震に関する調査検討会 報告書)。検討会では被害を与える津波を引き起こす60断層を設定し、その想定が行われました。

国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),20頁
国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),20頁

 現在、多くの日本海側の自治体はこれを基本に被害想定、ハザードマップを作成していますが、この検討によれば、平地における津波到達時間が短く、平地における30cmの津波の到達時間(足をとられ、生命の危険がある津波の到達時間)が5分以内というところも少なくありません。

国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),21頁
国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),21頁

 なお、太平洋岸と比べ「地震の規模の割には津波高が高いこと」も特徴です。断層が浅く、かつ高角であるため、海底の上下変動が大きくなりやすい、すなわち津波が高くなりやすいということも考えておかねばならないことの一つです。

日本海側の避難行動のポイント

 「津波到達までの時間が短い」ということは「避難の猶予時間が極めて短い」ということです。ここから日本海側の避難行動のポイントが見えてきます。

 第一に「情報を待たないこと」です。今回、最大震度である6強を記録した村上市府屋のハザードマップでは19分で最大想定の津波が襲来するとされています。しかしながら、最大想定の津波と考えられている断層よりも近くて大きい規模の地震が発生した場合は、より短い時間で津波が到達するわけです。ですから、津波警報・津波注意報、避難勧告・避難指示を待つのではなく、揺れを契機にまず避難することが重要です。1分1秒が極めて重要です。

 第二に「ある程度、離れた場所でも避難する必要があること」です。まずは、地震が発生した際に、住民にとっては、どの断層が動いたか(想定断層か、想定されてない断層かに変わらず、どの位置の断層が動いたか)はわからず、近くの断層が動いた場合のことを考えて、できるだけ早めに逃げる必要があります。

 また、ある程度、離れたところにおいて断層が動いた場合で、かつ津波が大きい場合は、時間が経過してから津波が襲ってくる場合もあります。断層の方向や海底の地形によって、近隣ではなく、ある程度時間が経過してから特定の場所において津波の影響がでる場合もあります。たとえば、波源域の位置によらず、地形の影響で、奥尻島、佐渡島北東部、能登半島先端部、隠岐諸島北岸など津波が高くなりやすい場所などもあります。震源近傍に被害がなくても、時間が経過した後でも、沿岸部ではリスクがあると考えて避難をする必要があります。

 ゆえに、(1)津波警報や津波注意報、避難勧告・避難指示を待つのではなく、揺れを感じたら、できるだけはやめに避難すること、(2)避難が仮に遅れたとしても津波が来ないといって安心するのではなく避難すること、(3)解除されるまでは、避難を継続することが必要です。

 すぐに襲う津波であるということは、避難手段、避難場所、呼びかけ・救助の仕方も異なります。

 避難手段としては、必ずしも徒歩で避難する必要はないということです。人口密集地も多くなく、渋滞する場所も少なく、かつ渋滞が始まるまでにはある程度の時間があるので、車でも、自転車でも、徒歩でも何でも構わないので、とにかくできるだけ早く高台に逃げるということが必要になります。

 「海溝型」ではなく「断層型」の津波のため、浸水域も広いわけではないというのも特徴の一つです。やむを得ない場合は高台にいかなくても、海岸線からの距離を稼ぎ、内陸の方に逃げるだけでも意味があります。

 避難の猶予時間が短いので、「呼びかけや救助」をまっていては行けない、「呼びかけや救助」は難しいということも念頭にいれておく必要があります。もちろん沿岸部から避難を呼びかけながら避難するのは当然としても、行政や消防・警察、自治会どのような立場であれ、沿岸部の方に避難のために呼びかけに向かうべきではありません。

日本海側でも津波のリスクがあるということを認識すること

 最後に、もっとも重要なことが、「日本海側でも地震・津波が起こりうるということをきちんと認識すること」です。日本海側でも地震は多数発生しており、また日本海沿岸では1964年新潟地震、1983年日本海中部地震、1993年北海道南西沖地震と、約10年から20年間隔で被害を伴う津波が発生しています。

国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),8頁
国土交通省・内閣府・文部科学省,2014,日本海における大規模地震に関する調査検討会報告(概要),8頁

 しかしながら、我々の研究では、下記の図の通り、日本海側に住んでいる人でもこれを認識している人は少ないこと(忘れている人が多いこと)が分かっています。

関谷直也他,2017「3.1.1 防災教育に対する知識構造的アプローチ」『平成28年度 日本海地震・津波調査プロジェクト 成果報告書』
関谷直也他,2017「3.1.1 防災教育に対する知識構造的アプローチ」『平成28年度 日本海地震・津波調査プロジェクト 成果報告書』

 また、下記の図の通り、「日本海側で津波が起こる可能性があること」は多くの人が知っているものの(とはいえ、日本海側全体としては半数程度ですが)、「日本海側の津波は到達するまでの時間が短いこと」「日本海側の津波の発生確率の計算は難しいこと」「日本海側の津波については大規模に広域で津波が発生する可能性は低いこと」「日本海側では、太平洋側と違いプレート境界が明白でないこと」「『最も早く到達する津波』の想定が『最も大きな津波』の想定という訳ではないこと」「日本海側の想定は、断層毎で最大クラスの津波を想定し、その津波があった場合に想定される浸水区域、水深、津波到達時間を示したものであること」など細かいことまで知っている人は、日本海側に住んでいる人でも、あまりいません。日本海側の沿岸部に住む皆さんは、地域において、今一度、日本海側の津波のリスクを考え、その特徴について考えてみる必要があると思います。

関谷直也他,2017「3.1.1 防災教育に対する知識構造的アプローチ」『平成28年度 日本海地震・津波調査プロジェクト 成果報告書』
関谷直也他,2017「3.1.1 防災教育に対する知識構造的アプローチ」『平成28年度 日本海地震・津波調査プロジェクト 成果報告書』

 日本海側に限らず、日本列島のあらゆる場所で災害が起こる可能性があります。地震の場合は、どこで起こるかはそもそもわかりませんが、地震に伴う大規模火災や土砂災害、火山、水害などのリスクは住んでいる場所によって、ある程度、どのようなリスクがあるかは特定されます。災害の形態も異なれば避難の仕方も異なります。あらためて自分の居住地、勤務地、平時に移動するエリアのリスクをハザードマップなどで再確認してみましょう。

参考文献:

(1) 国土交通省・内閣府・文部科学省,2014『日本海における大規模地震に関する調査検討会 報告書』

(2) 国土交通省・内閣府・文部科学省,2014『日本海における大規模地震に関する調査検討会 報告(概要)』

(3) 関谷直也他,2017「3.1.1 防災教育に対する知識構造的アプローチ」『平成28年度 日本海地震・津波調査プロジェクト 成果報告書』

東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授

慶應義塾大学総合政策学部卒。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程、東京大学助手、東洋大学准教授(広告・PR論)、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター特任准教授を経て現職。専門は災害情報論、社会心理学、環境メディア論。避難行動や風評被害など自然災害や原子力事故における心理や社会的影響について研究。東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)政策・技術調査参事、内閣官房東日本大震災対応総括室「東京電力福島第一原子力発電所事故における避難実態調査委員会」委員、などを歴任。著作に『風評被害―そのメカニズムを考える』、『災害の社会心理』。

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