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新型コロナ拡大防止の鍵となるか 「遠隔診療」の可能性と課題を現役医師らに聞く

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
オンラインでの診療ができれば、病院でウイルスをもらわずにすむかもしれない(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

新型コロナウイルス感染症の拡大が報道され、医療機関の疲弊やマンパワー不足が聞かれるようになってきた。

また、「自分が感染しているか、不安で確認したいのに受診できない」という声も増えてきている。

そんな中、安倍総理は3月31日に経済財政諮問会議で「遠隔教育やオンライン診療の積極的な活用に向けて緊急の規制緩和策を検討するよう関係閣僚に指示」した(NHKニュースより)。

この打開策として、電話などを用いた「遠隔診療(=オンライン診療)」がある。これには、いくつかのメリットがある。

たとえば実際に患者さんが病院に行かなくていいため病院で感染するリスクが減る。さらに、特別な診察室や特殊な防護服を節約できる、軽症患者さんにリソースを割かず専門の医師は重症患者の治療に当たれるという点もメリットだ。

この「遠隔診療」の実現可能性を、以下3つの視点から検討した。

さらに、新型コロナウイルス感染症の診療に当たっている感染症専門医と、遠隔診療に詳しい医師に話を伺った。本記事の執筆者は公衆衛生学修士で外科専門の医師である。また、この記事は一般の方だけでなく、医療従事者や政策決定者も対象としている。

1, 遠隔で診断できるのか?

2, 法的な問題は?

3, 特殊な機器などは必要か?

1, 遠隔で診断できるのか?

 新型コロナウイルス感染症は、医師と患者さんの対面ではなく、遠隔での診察は可能なのか。そして診断はできるのだろうか。

 この疑問に答えるには、新型コロナウイルス感染症の診断を考える必要がある。

 新型コロナウイルス感染症は、一般的に風邪やインフルエンザのような症状で発症する。そのため、まず「患者さんの話をくわしく聞く」という問診が必要になる。これは遠隔でも十分に可能だ。そして診断を確定させるためには、医師が必要と認めた患者に対して鼻咽頭ぬぐい液(鼻に細い棒を突っ込んで取るもの)などを用いたPCR検査が必要となる。

 このPCR検査は遠隔診療で行うことはできない。検査キットを患者さんの自宅に送って、自分で採取してもらう方法もあるが、検査の精度が下がる可能性があり現時点ではすすめられない。

 つまり、問診によって「この人は感染が疑わしいかどうかを判定する」ところまでは遠隔診療でできそうだ。不十分なようだが、今後増えていく受診患者さんは「症状はないか、軽度だが感染が心配な患者さん」だろうから、意義はある。役割を分担できれば、限られた専門家をきちんと重症患者の治療に当たらせることが可能になり、治療の質は上がるだろう。その結果死亡率が下がるかもしれない。重症肺炎患者は、やはり感染症科医や呼吸器内科医が診る方が質が高い。

 このような推測のもと、実際に新型コロナウイルス感染症患者の診療に当たる二人の医師にお話を伺った。質問は、「遠隔診療はこの感染症に有効か。問題点はなにか」である。

 一人目は、国立国際医療研究センターの感染症専門医、忽那(くつな)賢志医師である。

忽那医師「新型コロナウイルス感染症など感染性の高い感染症患者の診療には遠隔診療は有望な選択肢の一つと考えます。

 最大のメリットは医療従事者の感染リスクをゼロにできる点です。この感染症を診療している医療従事者は『自分が感染するのではないか』とストレスを感じつつ診療をしています。中国の報告では、この感染症の最前線で診療を行う医療従事者の50.4%が抑うつ気分、44.6%が不安、34.0%が不眠、71.5%が精神的ストレスを訴えています。日本国内でも、新型コロナ患者を診療する医療従事者は通常の診療よりも大きな精神的ストレスを感じています。遠隔診療は、医療従事者自身が感染するリスクがなく診療できる点で大きなメリットがあります。

 問題点としては、現時点では『新型コロナウイルス感染症にかかっている』と診断を確定するためにはPCR検査を行う必要がありますが、PCR検査を行う時の鼻咽頭スワブの検体採取は対面でなければできません。つまり、遠隔診療では確定診断ができません。また、当然ながら重症患者の管理には遠隔ではなく実際の診療が必要になります。

 しかし、今後この感染症の国内での拡大が続けば、『PCR検査による確定診断は必須ではなく症状のみで診断(臨床診断)し、軽症であれば自宅療養を指示する』というフェーズに移行します。その段階になった時点で、遠隔診療は大いに役立つと考えます。」

 また、近畿中央呼吸器センターの呼吸器専門医である倉原優医師にも同様の質問をした。

倉原医師「新型コロナウイルス感染症では、軽症例について遠隔診療は有効だと思います。そもそも大量の空床を確保しておくことが医療行政上できないため、爆発的な患者増加(オーバーシュート)が発生したとき病床が足りなくなる可能性があります。ですから、重症患者のために医療資源の余力を残しておくことは重要で、遠隔診療でうまくトリアージ(ふるい分け)できるでしょう。

 しかし遠隔診療には問題もあります。この感染症は、感染してから肺炎へ移行するまでの時間が比較的短く、特に持病があったり高齢であると、病院受診の遅れが致命的になる可能性があります。呼吸器内科医としてこの感染症を怖いと思うのは、初期は軽い風邪症状でも、実は胸部CTを撮影するとそれなりの肺炎像があって、日単位で悪くなっていく集団がいることです。健康な若年層でもこういう経過をとることがあります。遠隔診療では、PCR検査だけでなく、酸素飽和度の測定もCT・レントゲンなどの検査もできません。そのため、問診のみで『軽症である』と医師が判断しても、隠れている肺炎や軽度の呼吸不全を見抜けない以上、重症化する患者を取りこぼす可能性があります。となると、遠隔診療の場合、面談の回数を増やすなどの工夫が必要かもしれません。

 遠隔診療の本質は、『診療』というより『相談』の側面が強いと思っています。触診や聴診、検査もできない言葉のやりとりのみだからです。それゆえ、『あの先生が自宅でも大丈夫と言ったから』

とトラブルになる事例が出ないか、少し危惧しています。」

 お二人の話をまとめると、

メリット

・医療従事者の感染リスクがない

・医療従事者のストレスが減る

・重症か軽症かのふるいわけができる

・重症患者のために医療資源の余力を残せる

デメリット

・PCR検査ができないため、「現時点では」確定診断ができない

・隠れた重症患者を見逃す可能性がある

・受診遅れに繋がり、重症化スピードの速い患者では治療開始が遅れる

・病院ー患者間のトラブルになる可能性がある

と言えそうだ。

2, 法的な問題は?

 次に、法的な側面を検討したい。そもそも遠隔診療は、無診察治療を禁じる医師法20条(「医師は、患者と対面して自ら診察をしないで治療をしてはならない」)という法律がある。私の医学生時代(15年前)にも、医学部で「患者を直接みることなく診断をしたり薬を出してはならない」と厳しく教えられた。

 しかし近年のIT機器の発達などにより、平成9年の厚生省健康政策局長通知をはじめとする数回の通知で、事実上の規制緩和がなされてきた。とはいえ、まだまだ「初回は必ず対面で」「急病急変患者は対面で」など、厳しい条件はある。新型コロナウイルスの感染拡大が続く2月末、厚生労働省はある事務連絡を出した。内容は、新型コロナウイルスの感染を防ぐ観点から処方せんをファクシミリで薬局に送ってもいいですよ、という再確認の意味合いのもので、規制緩和ではなかった。この中で、新型コロナウイルス感染症については「感染を疑う患者の診察は、(中略)重症化のおそれもあることから、(中略)直接の対面による診療を行うこと」としている。また、そこまで疑わしくない患者の診察には、「対面を要しない健康医療相談や受診勧奨を行うことは差し支えない」とした(*1 事務連絡の一部は下に掲載)。

 なんともはっきりしない内容だが、遠隔診療に詳しい加藤浩晃医師にコメントを頂いた。

「現在の遠隔診療(オンライン診療)に関する規則は『オンライン診療の適切な実施に関する指針』で決められています。健康医療相談や受診勧奨はこの指針で登場する言葉で、いずれも『医療機関に受診したほうがいいか』の判断をすることですが、マニュアルに沿った判断をするのが健康医療相談(非医療行為)、マニュアルではなく個人の今までの病歴などを踏まえて判断するのが受診勧奨(医療行為)です。現在、新型コロナウイルス感染の相談をチャットで行えるサービスをLINEなどの企業が提供しています。」

 いくつかの都道府県では、LINEで体調などを伝えると受診すべきかどうか助言するサービスを開始している。たとえば東京都では、LINEで「東京都 新型コロナ対策パーソナルサポート」という名前で検索すると継続的に健康状態をチェックしてくれ、受診相談窓口へ連絡が必要になった際には、迅速にお知らせしてくれる。筆者も登録してみた。年齢や性別など、いくつかの情報を入力するだけで、「現在あなたは、新型コロナウイルス関連の症状はなく、また厚生労働省が指定した重症化リスクが高い条件にも該当していません」と瞬時に返事がきた。東京都在住ではないが、利用できた。

LINEで「東京都 新型コロナ対策パーソナルサポート」をやってみた
LINEで「東京都 新型コロナ対策パーソナルサポート」をやってみた

(筆者自身が自らのスマホを撮影)

「また、新型コロナウイルス感染に対する遠隔診療(オンライン診療)は『コロナウイルスに感染しているかどうか』だけではなく、高血圧や糖尿病など慢性疾患で通院している人も遠隔診療を活用してもらいたいと思います。」(加藤医師)

感染が拡大すれば、病院にいくという行為は大きな感染リスクになる。高血圧などで定期的に通院している人は、このように遠隔診療で病院に行かずとも診療を受け薬をもらえることになる。これは大きなメリットだ。

3, 特殊な機器などは必要か?

 とはいえ、医師である筆者の感覚からして、対面ではない診察というものへの違和感はある。テレビ電話では視覚と聴覚に限定されるが、医師は「なんとなくまずい」という、言語化・数値化しづらい感覚を持っており、その感覚で重症あるいは要注意と判断することがあるからだ。だからこそ厚生労働省は遠隔診療に上記のような規制をしているのである。

 そして疑問に思うのは、遠隔診療には特殊なテレビ電話のような機器が必要だろうか?という点だ。前述の加藤医師にお話を伺った。

「オンライン診療は通常、セキュリティが確保されたテレビ電話を使用して、決められた病気の方に対してリアルタイムで行うものとされています。患者さんはオンライン診療のシステムを作っている企業のアプリをスマートフォンにダウンロードして、アプリ内のテレビ電話で診察を受けていることが多いです。

 ただし、今回の新型コロナウイルス感染の拡大を防ぐため、2月末からの緊急対応として、決められた病気の方だけでなく、またセキュリティが確保されたテレビ電話に限らずに通常の電話だけであっても、診察をして薬を出すことができるようになっています。感染を必ず防ぐことのできる方法ですので、可能な方は積極的に活用してもらいたいと思います。自分の通院しているクリニックがオンライン診療をやっているかどうかは、クリニックのHPや日本医療ベンチャー協会の『全国オンライン診療実施医療機関リスト』などで確認することができます。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためにも、オンライン診療の活用が進むことを願っています。」

 なるほど、現在は通常の電話でも診療が可能になっているようだ。

まとめ

 まとめると、遠隔診療は病院での感染拡大のリスクを減らし、医療資源の確保につながるため、有用である。現実的には、定期的に通院している人で症状が安定していれば、通常の電話での診療が可能である。

提言として、上記のような理由からどの医療機関においても、遠隔診療を導入することを強く勧める。

※現在、遠隔診療はオンライン診療という単語で統一されていますが、本記事ではわかりやすさのために「遠隔診療」という用語を用いています。

(参考)

  • 1事務連絡の一部(「新型コロナウイルス感染症患者の増加に際しての電話や情報通信機器を用いた診療や処方箋の取扱いについて」)

・ただし、新型コロナウイルスへの感染を疑う患者の診療は、「視診」や「問診」だけでは診断や重症度の評価が困難であり、初診から電話や情報通信機器を用いて診療を行った場合、重症化のおそれもあることから、初診で電話や情報通信機器を用いた診療を行うことが許容される場合には該当せず、直接の対面による診療を行うこと。

・ なお、新型コロナウイルスへの感染者との濃厚接触が疑われる患者や疑似症を有し新型コロナウイルスへの感染を疑う患者について、電話や情報通信機器を用いて、対面を要しない健康医療相談や受診勧奨を行うことは差し支えない。その場合、新型コロナウイルスを疑った場合の症例の定義などを参考に、必要に応じて、帰国者・接触者相談センターに相談することを勧奨することとする。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き・第1版(2020 年3月17日 第1版発行)

オンライン診療の適切な実施に関する指針

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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