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26歳で乳がんになり、発信する理由〜矢方美紀さんに聞く

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
「地毛がだいぶ生えてきました」という矢方さん

元SKE48で、現在はタレント・声優として活躍している矢方美紀さん。25歳のとき胸にしこりを見つけ、その後乳がんと診断されました。治療や生活についてテレビなどで積極的に発信する矢方さんと、がんを専門とする医師で作家の中山祐次郎が対談をしました。

中山:今日はかつて「SKE48」というアイドルグループに所属していて、現在はタレント、声優として活躍している矢方美紀さんに登場していただきました。矢方さんはいわゆるAYA(Adolescent and Young Adult)世代のがん患者となった経験があり、治療の様子をNHKが取材したり、ブログで発信されたりしています。今年4月に『きっと大丈夫。~私の乳がんダイアリー~』(双葉社)という本を出されたこともあり、今回は医師、患者の立場から、医療の問題についてお話ししたいと思います。僕とはイベントでご一緒したことでご縁ができましたが、最初に簡単に自己紹介をしていただけますでしょうか。

矢方:矢方美紀と言います。出身は大分県で、2009年、17歳の時にSKE48というアイドルグループに合格して、そこからずっと名古屋で活動しています。2017年2月にSKE48を卒業して、そのまま名古屋でタレント活動を続けています。卒業後は夢だった声優に挑戦を始めたところでしたが、その年に乳がんが分かりました。

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 きっかけはフリーアナウンサーの小林麻央さんが乳がんで亡くなった(2017年6月逝去)というニュースを見て、自分でセルフチェックをしたことです。自分が病気になるとは全く想定していなくて、なんとなくやってみようという気持ちでしたが、左胸のしこりに気づきました。

中山:セルフチェックのやり方はどうやって知ったのですか。

矢方:YouTubeです。インターネットで「乳がん」「セルフチェック」と調べたら、いろんな情報が出てきたのですが、よく分からなくて。調べているうちにYouTubeで実際のやり方を解説している動画があって、それをまねしました。最初は恥ずかしかったんですけど、別に誰にも見せるものでもないので、いいやと思ってやったのがきっかけです。

中山:手術後には病気を公表されましたよね。

矢方:お仕事のこともあって、言わないでいると、変に勘ぐられる可能性もあったので公表しました。手術をした1週間ちょっとで病気を公表したところ、「抗がん剤、やめた方がいいよ」「この治療法、やった方がいいよ」とたくさん連絡が来ました。

中山:知り合いからですか。

矢方:知り合いからは電話がかかってきました。「抗がん剤を使っているのは、日本だけだよ。抗がん剤治療イコール死ぬみたいなもんだよ」と言われたりもしました。知らない人からは5-6枚の長い手紙で「がんは存在しません」といった内容が送られてきたりもしました。

中山:かかった病気ががんだと、特に人からいろいろな治療法を勧められることが多いですね。インターネットにもいろいろな情報がありますし。どうやって判断したのでしょうか。

矢方:まず、標準治療以外はすごく高いイメージがあって、選択肢になかったです。家庭も裕福というわけでもないですし。もし標準治療をしなかったから助からないということになっても、それはそれで仕方ないよなと思っていました。ツイッターで一度、「抗がん剤は効かない」みたいな情報を送ってきた人がいて、それに対して「私は自分で決めてやってることだから、効く、効かないとかもういい。抗がん剤が効かなかったら効かなかったで、もうそのときはそのときだ」みたいなこと書いたら、ネットニュースになりました(笑)。

中山:うける(笑)。知らない人だとそれでいいかもしれませんが、知人だと気まずくなることはありませんでしたか。

矢方:そうなんですよ。知人から「いろいろあるよ」と言われたときも、どうしようってなりました。サプリメントもいろいろ送られてきましたし。続けられないと思って飲みませんでしたけど。

中山:がんの治療周辺ではそういう商売っ気の強い健康食品や、あんまり意味はないけど良さそうな雰囲気を醸しているものがすごく多くて、正直すごく困っています。どういうわけか、抗がん剤を否定する人もたくさんいますし。患者さんに「本当のところ、抗がん剤はどうなんですか」みたいに聞かれるので、「本当は効きますよ」みたいな、よく分かんないぶっちゃけをしているんですけど。

今回出された『きっと大丈夫。~私の乳がんダイアリー~』はどういう本なのでしょうか。

矢方:NHK名古屋放送局さんが「26歳の乳がんダイアリー 矢方美紀」というドキュメンタリーを撮ってくれました。番組サイトには自撮りの動画もたくさんあがっているのですが、動画の内容に加えて書き下ろしの内容を盛り込みました。

中山:自撮りを文字に起こしていたんですね。この日記がめちゃくちゃリアルでした。僕は最近、小説を書き始めたこともあって、人間とはこんなにも立体的で、生々しくてリアルに生きているんだなと実感しました。失礼だったらごめんなさい。

 こんな正直に書いちゃっていいのかなと。きっと、同じ病気の人以外にも勉強になるし、励まされて、読み物としてすごく面白いなと思いました。

矢方:本当ですか。ありがとうございます。ただ自分の感じたこと以外にも、病気に関する専門的な言葉も入れていただいたりしました。私自身、小林麻央さんのニュースがきっかけでセルフチェックをするようになって、この本で最低限の知識は知っていただけたらなと。

中山:この本や番組、矢方さんのニュースで乳がんについて知った人も多いと思います。医療界も啓発活動に力を入れていますけど、有名な人が発信してくれるのはやっぱり強力です。

矢方:「病気になってかわいそうでしょ」という内容を書いてると思われがちですが、そうじゃなくて、普通の日常の生活の中で、日々の生活でどう治療と向き合ったり、いろんな人と出会ったり、感じたりしたことをつづっています。闘病記と言われると自分ではすごい引っ掛かってしまいます。闘病記っぽくないんだよなと思いながら。

中山:確かに闘病記というよりは、矢方さんの人生の話ですよね、病気がどうというよりも、病気に向き合っている、あるいは病気と一緒に過ごしている矢方さんという人間の話。だから面白いし、心動かされるんじゃないかなと思いました。

矢方:私がブログの体験記を読んで励まされたので、次の人に、という思いもあります。自分が治療する身になって思ったのは、病気については調べれば分かるんですけど、では、病気になってからどうやって過ごせるかがあんまり分からないなと。例えば芸能人の方が「がんでした」「復帰しました」と話しても、その間に何をしていたんだろうなということを知りたかったです。

中山:確かにそうですよね。

矢方:この5月に東京で本の発売イベントやった時に、自分も今治療中っていう方も来てくれました。私は、まだ髪の毛が短い時期に、ウィッグじゃない自分もちゃんと楽しみたいと思って、髪の毛染めていたことがありました。来てくれた女性の方も、めちゃくちゃ短髪だったんですけど、「矢方さんがいろいろ発信しているのを見て、今日からウィッグ取りました」と言ってくれました。中学生ぐらいの男の子もいて、母の日が近かったんで「母の日にこれをプレゼントしようと思います」とも。自分の体験が誰かに手に取ってもらえるとは想像してなかったので、うれしかったです。

中山:うれしいですね、そういうの。

矢方:祐次郎先生が出された『がん外科医の本音』(SB新書)もとても面白かったです。実は、がんに関する情報はインターネットで調べることが多くて、初めてがんの本を読みました。お医者さんの本ってすごく難しい言葉が並んでいるのかなと思ってましたけど、そうじゃなくて、ちゃんと分かりやすかったですし、なによりがん治療に対する自分の思いをつづってくれていたのでそこが読んでいてじーんときました。

中山:第一弾の『医者の本音』は広く医療界全般について書いたもので、これまでに13万部という、自分としても想定していなかったほど、たくさんの人に読んでいただけました。第二弾の『がん外科医の本音』は、消化器外科医としての自分の専門にかけて、全力でがんについて解説した本です。自分だけの意見では偏りや間違いがあるかもと、専門の先生にも監修してもらいました。がんの患者さんと日々向き合っている自分の考えや思いも書き込んだので、医療現場の人にとっても参考になるかもと思っています。

矢方:細かい役に立つ情報も多かったのも良かったです。患者の負担にならないお見舞いの在り方についての話とかはぜひ知ってほしいです。私も、10日ぐらいしか入院していないと結構毎日が急がしてく、その中でも友達が「行くよ、行くよ」と来てくれたんですけど、正直、手術した1日、2日後に来てもらうのはちょっとしんどいところもありました。いろいろ差し入れとか持ってきてくれても、扱いに困ったものもありましたけど、本では「使い捨てのスプーン」など消耗品の方がいいとあって、まさに!と思いました(笑)。

中山:よかったです。実用に重きを置いて書いたんで。

※本記事は、医療情報サイトm3.comに掲載されたこちらの記事より部分転載しています(医師、医療従事者の会員サイト)。記事内の写真はすべてm3.comの許可を得て転載しています。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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