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「医者が教える」の冠は信じていいのか?

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
最近、「医者が教える」とつけられた本や記事をよく見ますが…(写真:アフロ)

「最新=正解」というわけではない

健康や医療の情報を集めるときに、大切なことを申し上げておきます。それは、「最新の情報=正しい、とは限らない」という点です。がんの研究の成果は、何十年もかけて何回も同じテーマで行われた研究の結果をまとめています。それが、一番新しい研究の結果一つで大きく変わったり、根本からくつがえされるということはまれなことです。ある日突然タバコが体によいとわかることはありません。

さらには、「権威」というものも、科学的な真実を裏付けするにはまったく不十分なものであるということです。日本で言えば東大や京大、あるいはアメリカの有名な大学の研究者が言ったから信頼性が高い、ということはまったくの誤りです。東大や京大の研究者が研究不正をしたニュースは、記憶にあたらしいところです。

そしてこのことは、医師という職業にも当てはまります。「医師だから正しいことを言っているのだろう」と盲信することは、残念ながら危険です。医師である私もまた、いかに自分が偏っていないか、怪しいことを言っていないかを常に監視しています。

「エビデンスレベル」という、エビデンス(=科学的根拠)の信頼度の高さを5段階で比較したものがあります。その中で「偉い人の意見」は最低ランクと決まっています。それほど、どれほど偉くても個人の意見というものは信頼性が低いということは医学の世界では常識になってきているのです。

情報を見極めるための5つのコツ

では、どんなことに気をつければよいのでしょうか。

日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科部長の勝俣範之医師は、こんな「インチキの五カ条」を提唱されています。

1.「○○免疫クリニック」「最新○○免疫療法」などの謳い文句

2.調査方法などの詳細が掲載されていない「○○%の患者に効果」

3.保険外の高額医療・厚生労働省の指定のない自称「先進医療」

4.患者さんの体験談

5.「奇跡の」「死の淵から生還」などの仰々しい表現

(BuzzFeedNews「がん患者を惑わす『甘い言葉』とは? インチキ医療で命を落とす前にできること」より引用)

これは本当に有用だと思います。もしご自身や近くの人ががん治療で標準治療以外のものを受ける場合、この五カ条を参考にしてみてください。どれか一つでも当てはまると、かなり根拠のない治療である可能性が高いと思います。

二点だけ少し付け足させていただくと、

1.「○○免疫クリニック」「最新○○免疫療法」などの謳い文句

こちらは、最近肺がんなどに対するオプジーボという薬が「免疫療法」として脚光を浴びたことを受け、便乗商法として根拠のない免疫療法をやっているクリニックがとても増えています。これは、効果が認められているオプジーボの量よりずっと少ない量で治療をしたり、別の確立していない方法で治療をするもの。量や使い方がきちんとしていれば効果のある治療法ですが、勝手に方法を変えて治療しても効果は望めないでしょう。

4.患者さんの体験談

これはもっとも惑わされやすいもの。たしかに、「1万人に一人でも効果があったのなら、自分がそうかもしれない」とがんにかかった方は考えます。特に、標準治療が終わってしまい、もう治療の術がないという方には顕著です。しかし、体験談のみで効果を証明することはできません。その体験談は「チャンピオンケース」といってたまたま非常にうまくいっただけか、はじめから誤診であったなどの可能性が考えられます(詳細は前著『医者の本音』の「『余命3ヶ月から奇跡の生還』を医者はどう見るか?」に述べています)。

こういった、根拠のない、あるいは弱い治療は自由診療ですから、ときに高額です。それでも、万に一つの可能性にかける末期がんの患者さんのお気持ちを考えたら、お金を払ってしまうのは痛いほどよくわかります。

しかし、その一方で、その気持ちにつけこむ医者・クリニックがあるという事実もまた知っておいていただきたいのです。このあたりは、国による何らかの規制が必要だと強く感じています。

厚生労働省が出している10か条

また、がん治療のなかでも特に補完代替医療について、厚生労働省が出している「情報の見極め方」を紹介します。各項目ごとの解説は、厚生労働省の解説を意訳しつつ、私の考えも入れてまとめたものです。

「情報を見極めるための10か条」

1.「その根拠は?」とたずねよう

人から「この治療法がいい」と薦められたら、その根拠はどんなものかを聞きましょう。たとえばノーベル賞受賞者を何人も出している〇〇大学が研究しているから、有名な〇〇という医師が薦めているから、だけでは信頼に足りません。

2.情報のかたよりをチェックしよう

自由診療をする病院や医者、そして健康関連企業も、基本的には自分に都合のいい情報しか出しません。メディアもスポンサーに影響されます。ですから、公的機関や学会など公益を主目的としているところの情報を信頼しましょう。

3.数字のトリックに注意しよう

痛みの治療を受ける時に、「この治療法は7割の人で痛みがとれます」と言われるのと、「この治療法は3割の人では痛みがとれません」と言われるのとでは、印象はどのように変化しますか? 

どちらも同じことを言っているのですが、「7割の人に効く」と言われる方が、この治療法を前向きに受けようという気持ちになるのではないでしょうか。

(3.の解説文は厚生労働省「情報の見極め方3.数字のトリックに注意しよう」より引用)

4.出来事の「分母」を意識しよう

言い換えると、100人中何人に効果があったのか? といつも考えるようにしましょう、ということです。100人中60人に効果があったら、まあよいかもなと思いますが、100人中一人だったらそれはたまたまでは、と思いますよね。

5.いくつかの原因を考えよう

このサプリを飲んだらがんが消えた。あれをやったらステージ4の人が治った。これらは、本当にサプリのおかげでしょうか? 一緒にやっていた抗がん剤治療の効果や、それ以外のすべての理由を検討したでしょうか。人間の体は非常に複雑です。これをやったらこうなった、という単純なものではありません。他の理由があるのでは、と常に医者は多数の可能性を考えています。

6.因果関係を見定めよう

高い水を購入したら、病気が治った。そう言われて信じる人はあまりいないでしょう。しかし、この健康食品を食べたら痩せた、を信じる人はたくさんいます。5と同じで、そんなに簡単に原因→結果を証明することはできません。

7.比較されていることを確かめよう

がんの治療法の場合、何かの治療法と比べているかどうかをチェックするようにしましょう。人間は、何の効果もない薬を「これが血圧を下げるんですよ」と言われて飲むと本当に血圧が下がる、という生き物です。これをプラセボ効果といいます。比較がされていないと、このプラセボ効果を見ているだけなのかもしれません。

8.ネット情報の「うのみ」はやめよう

誰が情報を発信しているかをチェックしましょう。そしていつの情報かも確認します。医学の進歩は速いので、古いものは、誤りとなっている可能性があります。

9.情報の出どころを確認しよう

怪しい健康食品や治療のサイトなどを見ると、〇〇学会で発表! と書いてあります。が、学会で発表した=信頼できる、は誤りです。学会はたくさんあり、その気になればほぼ誰でも発表できます。論文も同様です。

10.物事の両面を見比べよう

両面とは、治療などにおける「利益」と「害」のことを指します。どんな治療も、どんな方法も、利益と害の両方があります。どんな薬も、適量であれば効きますが、大量に飲んだら毒になります。このバランスが大切で、利益が明らかに害より上回っているという方法や薬が、がんの標準治療として採用されるのです。

 健康や医療の情報を集めるときには、このようなことに気をつけていただければと思います。

※本記事は「がん外科医の本音」(中山祐次郎著 SBクリエイティブ 2019年6月6日出版)より抜粋、一部改変したものです。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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