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がん患者さんの手術前〜手術中、外科医が考えること 医者の本音

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
手術前にはこうして外科医がポーズを取ってパチリ、とか絶対しませんからね(写真:アフロ)

 がんの手術といえば、患者さんにとっては人生に一度あるかどうかの大勝負。では、外科医はがんの手術の前にどんなことを考えているでしょうか。

病気に立ち向かう戦友である医者がどんな気持ちで手術に臨んでいるのか。それを知ることは、患者さんにとっても有益だと私は思います。外科医としての私の本音を、ここに記しましょう。なお私は、大腸がんの手術を専門とする外科の医師です。

特別な緊張はない

 私自身について考えてみると、手術に際して特別な緊張はほとんどありません。がん手術を専門とする医者にとって、手術は日常です。週に何件も似た手術を執刀していますし、これまで何百件も執刀している手術なので、大きな心境の変化はないのです。

何度も絵を描いてシュミレーション

「もうちょっと真剣にやってくれないか。特別な緊張はないなんて、私の体を切るのに酷くないか」という声が聞こえてきそうです。

 ですので、緊張しない理由を述べましょう。

 緊張しない理由は、何週間も前から準備をしているからということもあります。

検査結果が一つ一つ出るたびに、外科医は手術のシミュレーションをします。そして、カルテ上に「術前サマリ」という形でまとめます。その上で、私の病院であれば、二回の会議にかけるのです。一回目は、大腸がんを専門とする外科医だけの小さいグループで、CTや内視鏡検査の画像を一緒に見て、情報を共有し、どんな手術をするか議論します。二回目は、大腸がん以外の専門の外科医、そして内科医、放射線科医などの多職種の会議で発表をします。議論が交わされ、手術内容や治療方針全体が練られます。ですから、手術室に入ったときには、その患者さんについて二回の発表をし、画像を十回ほど見ていることになるのです。

 では、いつもとは違う手術のときはどうでしょうか。

 いつもと異なる手術の前には、さらに念入りにシミュレーションします。外科医のなかには、実際に血管や腸の絵を描き、「ここでこうやって血管を切って……」とシュミレーションする人もいます。

私は医者になって5年目までは、ほぼすべての手術で絵を描いていました。今でも、血管の走行が普通と違う場合などは、かならず描くようにし、それを手術室に持ち込んで、貼っておきます。

手術中にクラシック音楽を流す効果

 続いて、手術中についてもお話ししましょう。外科医は術中、いったいどんな精神状態で、何を考えているのでしょうか?

「手術中に最高のパフォーマンスを出す」

私の頭の中は、これだけです。これは外科医ならみな同意してくれることでしょう。いかに自分の持つ技術すべてを出しきれるか。ちょっと格好つけるなら、アスリートやミュージシャンの本番に臨む感覚と似ているかもしれません。

手術中に最高のパフォーマンスを出すためには、ガチガチに体が硬くなるほどの緊張がいいとは思いません。それでは大出血などの緊急時の対処が難しくなるでしょう。

 難しい手術のときに私が心がけているのは、リラックスしたなかでの軽い興奮状態です。この状態のときが、最も高いパフォーマンスを出すことができるからです。「リラックス」が精神的な余裕を生む一方で、「軽い興奮」は集中力を高めてくれます。

 そこでリラックスするために、手術室では音楽をかけます。好みの音楽をかけることもありますし、手術室の看護師さんに一任することもあります。これだけで、助手の若い医師や、外科医に道具を渡す看護師さん、機械をセッティングする臨床工学技士さんのリラックスを生みます。手術室の雰囲気は一気に和らぎ、緊張が生むミスが減るのです(ただ時折、麻酔を担当する麻酔科医からは「うるさい」とお叱りを頂くこともあるので、そこは配慮します)。

 余談ですが、以前視察に行った韓国ソウルのトップレベルの病院の外科教授は、クラシックのピアノ曲を必ずかけるといっていました。ある大学病院の知己の先生は、「2ヶ月ごとに回ってくる研修医のスマホをスピーカーに繋げて流す。そうすれば研修医がどんな音楽を好むかわかるし、研修医の緊張もほぐせる。しかも、我々おじさん外科医は音楽のトレンドがわかる」といっていました。

 

局所麻酔でまさかの曲が

 音楽だけでなく、私は手術中いろいろと話をします。若手医師に対して手術の解説をしたり、今朝のニュースの話題や次の学会でどんな論文を出そうかなんて話もします。私の知る外科医の多くは手術中に話をします。全く話さない外科医はまれでしょう。雑談も、リラックスを生み、集中力を持続させるコツなのです。もちろん手術の「難所」では無言になることが多いのですが。

 海外から若い研修医が来ていたときには、私は英語で日本の手術の解説をしながら、手術を執刀していました。英語は大変でしたが、一度いうことを覚えてしまえば定型文なので楽でした。

 これらはすべて、全身麻酔で患者さんが眠っているときのお話です。手術には、局所麻酔といって手術する部分だけを麻酔し、患者さんは眠っていない状態のこともあります。

 そんなときは、雑談やスタッフ同士の会話はほぼしません。代わりに患者さんとお話をします。そして患者さんがリラックスできる音楽をかけることにしています。手術の前に患者さんのお好みの音楽を調べておいて、それを流すこともあります。ご高齢だったら心落ち着くクラシック、若い方だったら静かなポップミュージックなどという風に。

 そんな手術中の音楽ですが、今でも覚えているエピソードがあります。

ある局所麻酔の手術のとき、看護師さんが持ってきたクラシックのCDをかけました。オムニバスで、いろいろな曲が流れます。『田園』『月光』『新世界より』……

「ああ、名曲続きだな」

そう思っていたら、次に流れたのが、ジャジャジャジャーン――

ベートーヴェンの『運命』でした。

いや、これはまずいだろ……。名曲には違いないが、なんとなく…

あせった私は看護師さんにすぐに目配せしました。「曲を変えてください!」。看護師さんは慌てて曲を変えました。CDは、そのまま御蔵入り、になったかとかなんとか。私には知る由はありません。

 このように、外科医は手術を日常としていますので、どうぞご心配なく。

(「医者の本音」中山祐次郎 2018年8月 SBクリエイティブより加筆して転載)

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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