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「風邪にねつさましを飲むと治りが悪くなる」は本当? 医者の本音

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
くすりは一歩間違えると毒にもなります(写真:アフロ)

有名になった薬、ロキソニン

 風邪を引いたとき病院を受診すると、かなり高い確率で処方される薬にロキソニンというものがあります。これはねつさましの薬で、熱を下げるだけでなく痛み止めでもあります。

 今ではいろんな名前で売られていて、例えばロキソプロフェンなど後発薬も多くありますが、もともとはロキソニンという名前の薬です。今は薬局でも買えるので、聞いたことがあるのではないでしょうか。二十年ほど前は医者やナースしか知りませんでしたが、市販され始めたこともあり、一気に有名になりました。

 1986年に販売が開始されてから約30年もの間、ロキソニンは良く効く鎮痛剤(痛み止め)として医師に処方されてきました。基本的に多くの痛みに効果があるため、ほとんどの科の医師が使っています。年間の推定使用患者数(延べ数)は4500~4900万人と厚生労働省の報告書にはあるほどです。

 一方で、ロキソニンを飲むと、風邪の治りが悪くなるのではないか、という風説があります。ここで、薬のメカニズムをわかりやすく解説しましょう。

「炎症を抑える」の意味とは?

 風邪はのどにウイルスという悪い微生物がつくことで、「大騒ぎ」(医学的には「炎症」といいます)が起きて、のどが痛んだり、鼻水が出たりする病気です。

 この大騒ぎは、ウイルスそのものだけが騒ぐのではありません。実は自分の体内の炎症細胞と呼ばれるものが、ウイルスを殺すために起きる騒ぎなのです。外敵であるウイルスが脳などの体の中枢部に入ってしまわないように、その場で早くやっつけるという戦略なのですね。この大騒ぎの結果、のどが腫れ上がって痛み、声がかすれ、鼻水が止まらなくなるということが起きます。

 わかりにくいので、人間の体をビルに例えましょう。風邪のウイルスはビルを攻撃する敵です。ビルの1階、受付のところで敵が二、三人大騒ぎをしています。受付の人が警備に連絡をすると、なんと警備員が二十人もやってきました。警備員は敵をやっつけるため、銃を撃ったり催涙ガス弾を打ったり、ついには手りゅう弾まで敵に投げつけます。警備員は大暴れ。ビルは爆発のせいで窓が吹き飛び、綺麗なロビーはめちゃくちゃになってしまいました。もうもうと立つ煙がおさまると、敵が三人倒れているところを発見しました。「ミッション完了」。そういうと、警備員は去っていきました。おいおい、やり過ぎじゃないか・・・。

 風邪って、こんな感じです。「警備員」とは、ウイルスを殺す炎症細胞のことです。大騒ぎしたので、1階の受付はめちゃくちゃになりました。「1階の受付」とは、人間ののどであり、鼻です。たしかに敵が侵入して社長が殺される事態は避けられたけど、こりゃあやり過ぎじゃないか。そう思いますよね。

 この場合の、警備員の過剰な攻撃を抑えるのが、ロキソニンなのです。

 ロキソニンは「消炎鎮痛剤」というカテゴリのお薬です。消炎とは、「炎症を消す」という意味です。炎症は警備員の大暴れとイコールですから、これを抑える役割をしています。警備員の大暴れを抑えたら、ビルの受付フロアがめちゃくちゃになることはないでしょう。うまくいけば、何も破壊せずに、敵を確保することができるかもしれません。

飲まない方がいいのか?

 ここで、一つの疑問が浮かびます。

「ロキソニンで、本当に炎症を抑えてしまっていいの?」という疑問です。ロキソニンで、炎症を起こす警備員を抑え込んだら、ウイルスが死滅せずに、風邪の症状が悪化してしまうのではないか。理論的にはもっともな疑問です。

 実は、これに対する明確な答えは出ていません。

 ロキソニンは対症療法(病気の原因を除去するための根本的な治療ではなく、出てきたつらい症状を抑え込むだけの治療)のお薬です。風邪だけではなく、怪我や手術後の痛み止めとしてもよく使われるお薬なのです。

 ある研究*脚注によると、ロキソニンは風邪の症状を和らげるが、治癒を遅らせる可能性があるという結果が出ています。似たような九つの研究*脚注を合わせた検討でも、風邪による不快感を軽減するのにいくらか有効である、という程度の結果でした。これらをもって明確な結論とするわけにはいきませんが、少なくとも次のようには言えそうです。

・ロキソニンで風邪が早く治るわけではない

・しかし、辛い症状は軽減してくれる

 それでは、実際の医療の現場ではどうでしょうか。

 医者は風邪の患者さんをみるとすぐに「ゆっくり休んでください」といいますね。休養が一番なのでそういわざるを得ないのですが、一方で絶対に仕事を休めない人も多いですよね。そういう人には、症状を少しでも抑えるためにロキソニンを出すようにしています。

痛み止めの副作用

 最後に、ロキソニンの危険性についてお伝えしておきます。生理痛や頭痛がひどくて1日5錠も6錠も飲む人がいます。ですが、患者さんご自身の判断で薬を飲みすぎるのはやめてください。副作用で胃潰瘍ができたり、胃が荒れる人は少なくありません。

 薬局でもネット販売でもロキソニンを買うことはできますが、基本的には医者で処方してもらう方が安全でしょう。

 時々重大な副作用が起きていることを、医者なら大体誰でも知っています。

 くすりは使い方を間違えると、本当に毒になります。用法、用量を守ってお使いくださいね。

(参考文献)

Goto M, Kawamura T, et al. Influence of loxoprofen use on recovery from naturally acquired upper respiratory tract infections: a randomized controlled trial. Intern Med 2007; 46: 1179-86

厚生労働省 平成26年度第5回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会 資料

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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