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森保ジャパンはカタールW杯でドイツに勝利を収めた時と何が変わっていたのか?【ドイツ戦分析】

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

日本が抱えていた唯一の問題点

 第2次森保ジャパンにとって最初のハードルとも言えた注目のドイツ戦は、最終スコア4-1で日本が文句なしの勝利を飾ることに成功した。

 もちろん、現在のドイツは最悪なチーム状態にある。2大会連続でグループリーグ敗退を喫したカタールW杯以降、5試合を戦って1勝1分3敗と極度の不振に陥っており、とりわけ直近4試合では、ベルギー戦を落としたあと、ウクライナ戦のドローを挟んでポーランドとコロンビアにも敗戦を喫し、FIFAランキングも15位まで下降。一向に悪い流れを変えられないハンジ・フリック監督の解任も現実味を帯びていた。

 実際、この試合で日本に敗戦を喫したことが決定打となり、フリック監督は試合翌日に解任の憂き目に遭っている。

 こうした状況を考えれば、ドイツのホームゲームとはいえ、FIFAランキング20位の日本が勝利したこと自体は、客観的に見てもそれほど不思議ではなかった。

 しかもカタールW杯での勝利が、内容的には満足できるものではなかった日本にとって、今回の対戦は自分たちの実力を把握する絶好の機会でもあった。それだけに、試合内容においても一定の手応えを得られたのは収穫だったと言える。

 では、カタールW杯でのドイツ戦と、今回のドイツ戦では何が異なり、何が似通っていたのか。ピッチ上で起きていた現象を比較しながら改めて振り返ってみる。

 まず、この試合の日本の布陣は、6月の2試合(エルサルバドル戦、ペルー戦)で採用した4-3-3(4-1-4-1)ではなく、4-2-3-1でスタート。GKに大迫敬介、DFラインを菅原由勢、板倉滉、冨安健洋、伊藤洋輝の4人で構成。ダブルボランチは遠藤航と守田英正、2列目に伊東純也、鎌田大地、三笘薫を並べ、1トップに上田綺世を配置。

 試合中に4-2-3-1から4-3-3にシフトするドイツの中盤3人に対し、1トップ下の鎌田がエムレ・ジャン、ダブルボランチの遠藤と守田がイルカイ・ギュンドアンとフロリアン・ビルツとマッチアップする布陣を選択した。

 また、守備陣形は従来通りの4-4-2。ドイツのビルドアップに対しては、大きく開くセンターバック(CB)の2人(アントニオ・リュディガーとニクラス・ジューレ)とGKマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンもしくはジャンのトライアングルの間に上田と鎌田が、伊東と三笘がサイドバック(SB)とCBの間にそれぞれ立ち、遠藤と守田がギュンドアンとビルツをマークすることで、ドイツにプレッシャーをかけた。

 さっそく試合開始30秒、シュートには至らなかったが、日本はその方法でGKテア・シュテーゲンのミスパスを誘発することに成功するなど、カタールW杯時にはうまく機能させられなかった前からの守備に改善の跡が見て取れた。

 一方、現在の大不振によりチーム戦術でも試行錯誤するドイツは、カタールW杯時とは異なるシステムを採用した。最大のポイントは、ミドルゾーンに前進した時に右SBのヨシュア・キミッヒがボランチの位置に移動し、残った最終ライン3人が右にスライド。陣形を3-2-4-1(3-4-2-1)に変形させることにあった。

 思い出されるのは、カタールW杯時の前半だ。4-2-3-1を採用したドイツは、左SBのダヴィド・ラウムが高い位置をとって3バックにシフトチェンジ。その試合では右SBだったジューレが3人の最終ラインの右に立ち位置を変えたことで、対峙する左ウイングの久保が内側に引っ張られたうえ、その背後でトップ下のトーマス・ミュラーが神出鬼没の動きをしたため、その間で右往左往するという現象が起きた。

 その試合の前半におけるボール支配率は、ドイツの72%に対し、日本はわずか18%。日本がほぼ自陣で守備に奔走した最大の要因はそのミスマッチにあったが、今回の対戦でも似たような攻防が見てとれた。

 キミッヒが内側にポジションを移した時、3-2-4-1の「4-1」は日本の4バックの前で5つのレーンにそれぞれ立った。多くの時間帯での前線5人の並びは、左からセルジュ・ニャブリ、ギュンドアン、カイ・ハヴァーツ、ビルツ、そして右の大外レーンにレロイ・サネ。しかも全体が左寄りに立ち、ドリブル突破を得意とするサネを敢えて孤立させるような攻撃を仕掛けたことで、日本の左サイドの守備に綻びが生まれた。

 たとえば日本が喫したサネの同点ゴールはその典型的なシーンで、以降も30分、33分にもフリーでパスを受けた右大外のサネの仕掛けからゴールチャンスが生まれている。

 日本にとって特に難しい対応を迫られたのが、左SBの伊藤(洋)と三笘だ。

 伊藤(洋)は、自分と冨安健洋の間に立つビルツをマークしながら、外側のサネにパスが渡った場合のケアもしなければならない状況となり、三笘も本来マッチアップしていたキミッヒをケアしながら左背後に立つサネを意識するポジションをとる必要があったからだ。つまり三笘は、カタールW杯の久保と似たような状況に置かれたことになる。

 序盤から攻守にわたって狙いとするサッカーをほぼ実践できていた日本だったが、そこだけが戦術上の数少ない問題点となっていた。

自陣で守る時間が長くなった

 そのまま放置するのか、それとも修正を施すのか。当然、日本ベンチもその状況を把握していたと思われるが、実際に決断を下したのは、前半終了後にロッカールームに向かう前に冨安がベンチに立ち寄り、森保一監督に声をかけたのがきっかけだったのだろう。

 いずれにしても、日本は後半開始からミスマッチ回避の策として3バック(3-4-2-1)に戦術変更。その結果、後半はサネが大外でボールを受けてから仕掛ける回数を激減させることに成功させ、ほとんどドイツにチャンスを与えなかった。

 後半におけるドイツのシュートらしいシュートは、82分のコーナーキックでリュディガーが狙ったヘディングシュートと、95分にキミッヒのクロスにヘッドで合わせたギュンドアンのシュートのみ。逆に日本は、試合終了間際に久保のアシストから浅野拓磨と田中碧が加点し、森保監督の采配がズバリ的中した格好となった。

 後半開始から3バックに戦術変更して勝ったことはカタールW杯と共通するものの、今回の対戦では異なる点がある。

 カタールでは1点リードされた状況で守備を修正し、その後に攻撃の駒を6枚に増やして攻撃的にシフトアップしたことが奏功して逆転勝利を収めたが、この試合では守備を修正した上で最後にリードを広げることに成功。勝敗という視点に立てば、日本が主導権を握った状態で勝利をつかんだと見ることもできる。

 スタッツについても、カタールW杯時と比べて変化が見られた。カタールW杯時のシュート数はドイツの25本(枠内9本)に対して日本は10本(枠内3本)だったが、今回はドイツの12本(枠内2本)に対し、日本は14本(枠内11本)と上回った。パス本数を比較しても、カタールではドイツが820本に対し、日本は261本。しかし今回は、ドイツの770本対日本の366本と、日本のほうに改善の跡が見られた。

 逆に、あまり変化が見られなかったのはボール支配率で、W杯時はドイツの65%に対して日本は22%(中立13%)だったが、今回もドイツの67%対日本の33%。これは、日本の戦術変更が大きく影響している。

 もちろん、ボール支配率が試合結果に直結しないのは言うまでもないが、後半開始から日本が守備時に5-4-1で守る陣形にシフトチェンジしたことで前からの守備が機能しなくなり、その結果、日本が自陣で守る時間が長くなったという現象が起こったことは見逃せない。

 自陣で守る時間が長くなれば、当然、相手が強くなればなるほど失点のリスクが高まるからだ。

 今回は不調ドイツの拙攻のおかげで失点を免れたが、これがW杯ベスト8以上の相手となれば、そう簡単にはいかないだろう。無失点で逃げきれるかどうかは怪しいと見るのが妥当だ。

 そういう意味では、本気でW杯ベスト8以上を目指すなら、日本が前半に見せたような攻撃のエネルギーを失わないまま、守備におけるミスマッチを解消する術を見つけ出す必要がある。

 アウェーでドイツに勝利したという収穫とは別に、そこはまだ今後の課題として残されたままと言えるだろう。

(集英社 Web Sportiva 9月11日掲載・加筆訂正)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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