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酒井宏樹が所属する名門マルセイユの不安は今季から指揮を執るビラス・ボアス監督の手腕にあり

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

勝敗を分けた両チームの中盤

 まさに問答無用の45分――。今季最初のパリ・サンジェルマン対マルセイユの「ル・クラスィク」は、フランス屈指のライバル関係にあるはずの両者の現在地を象徴するかのような、一方的な展開となった前半のうちに勝負は決した。

 もちろん、圧倒的な実力差を見せつけたのは、現在リーグ・アンで独走を続けるパリのほうである。

 この試合のパリは、ブラジル代表戦で負傷したネイマールがメンバー外となったうえ、故障明けのエディンソン・カバーニもベンチスタートとなった。だがそれでも、絶好調のアンヘル・ディ・マリアと負傷から復帰してリーグ戦8試合ぶりのスタメン入りを果たしたキリアン・エムバペの存在感は、無慈悲なまでに傑出していた。

 彼らふたりに加え、新戦力のマウロ・イカルディが完全にフィット。財政難により夏の移籍市場で戦力アップを果たせなかったマルセイユに、もはや彼らの勢いを止める術はなかったと言える。

 パリがこの試合で輝きを放った要因のひとつが、中盤の実力差にあったことに疑いの余地はないだろう。お互いが4−3−3で臨んだこの試合は、それによって前半だけで4つのゴールが生まれたからだ。

 パリの中盤3人は、マルキーニョス、マルコ・ヴェッラッティ、アンデル・エレーラ。一方のマルセイユはケヴィン・ストロートマン、バレンティン・ロンジェ、マキシム・ロペスの3人で対抗したが、その実力差は一目瞭然。残念ながら、彼らは最終ライン前のフィルターにはなり得なかった。

 開始10分に生まれたイカルディの先制ゴールにしても、それをピンポイントクロスでお膳立てしたディ・マリアにボールを預けたのは、CBチアゴ・シウバからの縦パスをフリーで受けたエレーラだった。

 26分のイカルディによる2点目も、ディ・マリアからフリーの状態でパスを受けたヴェッラッティのアシストから生まれた。さらにその6分後のエムバペのゴールは、相手の中盤3人と最終ラインの間でパスを受けたヴェッラッティが、裏に抜け出すディ・マリアに絶妙なスルーパスを入れた時点で勝負あり。エムバペは無人のゴールに流し込むだけだった。

 極めつけは、パリの4点目のシーンだ。

 自陣でボールを受けたヴェッラッティに対し、アンカーのストロートマンが深い位置まで食いついたことで、その背後に空いた広大なスペースにいたディ・マリアにパスが通った。そのディ・マリアのスルーパスにエムバペが合わせて抜け出し、駄目押しゴールを決めている。

 横綱のパリに対して、マルセイユのアンドレ・ビラス・ボアス監督はがっぷり四つに組んで真正面から挑み、無残に撃沈する羽目となったわけである。さすがに後半からシステムを4−4−2に変更して修復を図ったが、4点差をつけられたマルセイユにもう反撃のエネルギーは残されていなかった。

 勝ったパリは、マルセイユとの大一番を制してリーグ首位独走態勢をより強固なものにした。リヨン、モナコ、リールといったライバルたちが軒並みスタートダッシュに失敗したため、11試合を消化した時点で早くも今季の優勝の行方が見え始めている。続く第12節で下位ディジョンに2-1で敗れて今季3敗目を喫したものの、大勢に影響はない。

 ちなみに、マルセイユとの「ル・クラスィク」の通算成績においても、今回の勝利で31勝19分31敗とイーブンに持ち込むことに成功。フランス国内最大のカードで近年は16戦負けなしという無双状態が続く。

 今季はチーム最大の売りでもある「MCN(エムバペ、カバーニ、ネイマール)トリオ」の結成がまだ一度もお目見えしていないにもかかわらず、国内では圧倒的な強さを誇るパリ。全員が万全の状態で揃いそうなシーズンの後半戦が見ものである。

ビラス・ボアスの采配に疑問

 一方、完膚なきまでに叩きのめされた名門マルセイユは今後に不安が残された。

 この試合を迎えた段階の順位は、首位PSGと8ポイント差の4位に位置していたが、敗戦後は7位に下降。逆に17位のトゥールーズとの差がわずか4ポイントに縮まり、2週間後には降格圏に肉薄。続く第12節のリール戦は2-1で勝利したものの、まだ予断は許さない状況といえるだろう

 とりわけ気になるのが、パリとの大一番で露呈してしまった指揮官ビラス・ボアスの稚拙な采配である。

 たいていのクラブは、横綱パリに対して普段と異なる戦術で臨み、なんとか相手を苦しめようとする。もちろん、それによって勝ち点を得られるとは限らないが、前任者ルディ・ガルシア監督(現リヨン監督)もそうやって戦力差を埋めようとした。

 ところが、この試合のビラス・ボアスはいつもどおりのシステムと戦術で真っ向勝負を挑み、為す術なく完敗を喫した。約10年前、戦略家として頭角を現した指導者にしては、あまりにも工夫がなさすぎたと言わざるを得ない。

 かつてはジョゼ・モウリーニョの右腕として修業を積み、独立後にポルト、チェルシー、トッテナム・ホットスパーといった名門クラブを率いた時代は、もう遠い過去の話だ。ロシアのゼニトで監督を務めた後、2016年から2017年まで中国の上海上港で指揮を執り、その後はフリーの状態が続いていたことを考えると、もはやヨーロッパの最前線で指揮を執るだけの能力があるのかどうかは疑わしい。

 現在、師匠のモウリーニョでさえ解説業に専念して過去の人となりつつあるだけに、なおさらその手腕に疑いの目が向けられるのも当然と言えるだろう。

 少なくとも、マルセイエーズ(マルセイユのサポーター)が「ル・クラスィク」で完膚なきまでに叩きのめされたチームを温かく受け入れるとは思えない。

 果たして、10月30日のリーグカップのモナコ戦に敗れ、国内タイトルの可能性をひとつ失ったマルセイユの行方はいかに。

 11月10日に予定されている第13節のリヨン戦は、そういう意味でも注目に値する。その試合結果と内容によっては、今季からマルセイユを率いるビラス・ボアスの進退問題に発展する可能性は十分にある。

(集英社 Web Sportiva 10月29日掲載・加筆訂正)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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