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戦術的交代策をトライしないままアジアカップに臨む森保監督に不安あり【キルギス戦分析】

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

過去4試合と違う意味合いのキルギス戦

 アジアカップ前の最後の準備試合となった11月20日のキルギス戦は、予想どおりの一方的な展開となり、4-0で日本が圧勝した。

 森保ジャパンがこれまで対戦した4試合の相手がコスタリカ、パナマ、ウルグアイ、ベネズエラだったことを考えると、キルギスは明らかにレベルが異なるチーム。そういう意味では、森保ジャパンが初めてアジアのチームと対戦することになったキルギス戦は、過去4試合とはまったく異なる意味合いを持つ試合だった。

 実際、そのことについては森保監督も「アジアの戦いは別で考えないといけないと思っています」と前日会見で口にしているだけに、この試合は過去4試合との継続というよりも、トルクメニスタン(FIFAランキング128位)、オマーン(同84位)、ウズベキスタン(同94位)と対戦するアジアカップのグループリーグ用の準備試合として捉えられる。

 そのキルギスは、近年急速に実力をつけているものの、代表メンバーのほとんどは国内絶対王者のドルドイというクラブの選手で編成されており、この日本戦のスタメン11人中5人がドルドイの選手だった。その他、国外組はドイツ4部リーグやバングラデシュでプレーする4人で、なぜか所属なしの選手が3人もいた。

 約半分がヨーロッパのクラブでプレーしている選手で構成されている日本と比べて、キルギスが圧倒的に実力で劣っていることは明らかだった。

 そんな実力差が明確な両チームが対戦した試合は、開始2分に代表デビュー戦となった山中亮輔(横浜F・マリノス)がファーストタッチで豪快なシュートを突き刺すなど、前半はほとんどキルギス陣内で試合が展開するワンサイドゲームになった。

 最終的なスタッツも試合内容をそのまま反映し、ボールポゼッションは日本が66.2%と圧倒。シュート数も日本の15本に対して、キルギスは前半終了間際に1本を記録したのみ(そのシュートもミスキックにより大きく枠を外れたものだった)。キルギスのコーナーキックは後半43分に得た1本だけだった(日本は7本)。

1試合で2つの顔を見せた森保ジャパン

 とはいえ、この試合にはスタッツだけでは判断できない部分があったことも見逃せない。キルギスも日本も、90分間でまったく異なる”2つの顔”を見せたからである。

 試合後の会見で「前半は慎重になりすぎたのでは?」と問われたのは、キルギス代表を率いながら、ドルドイの監督も兼任するロシア人アレクサンデル・クレスティニン監督だ。すると指揮官は「アウェーではいつもこのパターン。ホームではまったく違った試合になる」と端的に答えたが、確かにこの試合のキルギスは前半と後半で別チームのようなパフォーマンスを見せた。

 まず、キルギスの布陣は5-4-1。日本をリスペクトして守備的な布陣を選択したが、キックオフ直後を見る限りでは、自陣ペナルティエリア前で”ベタ引き”して守ろうというスタンスはうかがえず、可能な限りラインを上げて守りたいという意図が見て取れた。

 ただし、3万人以上の超アウェーの雰囲気に緊張したのか、地に足がついていない状態の立ち上がりに失点。結局は”ベタ引き”の状態で日本の攻撃を受ける格好になってしまう。

 試合後にクレスティニン監督が「我々が持っていた日本の情報(分析)は正しかったが、(日本に)情報(分析)どおりのプレーをそのまま許してしまった。試合前には違ったプランがあった」と語った真意はそこにあった。

 そこでキルギスは、ハーフタイムに2人を入れ替えることで、布陣を変えずに修正。すでに前半35分に左サイドバックの5番を下げて右サイドバックに14番を投入し、右サイドバックの2番が左サイドバックにポジションを変えて対応していたが、さらに後半開始から2列目の両サイドにフレッシュな22番と8番を入れ、中盤左サイドの15番を右ボランチに移動させることで守備の安定化を図った。

 もちろんそれらの交代策がすべてではないが、少なくとも前半で日本の速いテンポのサッカーに慣れたキルギスは、前半よりも前でディフェンスすることができるようになり、ようやくFIFAランキング90位の実力の片鱗を見せ始める。

 一方の日本の森保監督は、予告どおりベネズエラ戦と異なる11人をスタメンにセレクト。布陣は4-2-3-1のままにして、GKも含めたすべてのポジションの選手を入れ替え、アジアカップのグループリーグ用の準備試合に臨んだ。

 さらに、予定どおりなのか戦況に応じてなのかはわからないが、約30分を残した後半59分に一気に3枚代えを慣行。つまりこの試合で日本が見せた”2つの顔”は、結果的にここが大きな境目となった。

 これらスタメン編成と選手交代策について、あるいはチームをAとBの2つに分けて戦うことについては賛否両論あるだろう。ただ、森保監督の狙いとしては、30分程度はAチームの選手とBチームの選手を同時にピッチに立たせることで、コンビネーションの確認作業を行なったと考えることもできる。

 いずれにしても、結論から言えばBチームで戦ったキルギス戦の約60分間は、2点をリードしたもののあまりポジティブな結果は得られなかった。

Aチームとは異なる現象が見えた攻撃面

 では、5-4-1で低く構えて守っていたキルギスに対して、日本はどのようにして崩そうとしていたのか? それを見ていくうえでポイントになるのが、森保ジャパンの調子のバロメーターとも言えるボランチからの縦パスだ。

 まずこの試合のボランチに配置されたのは、青山敏弘(サンフレッチェ広島)に代わって追加招集された守田英正(川崎フロンターレ)と、三竿健斗(鹿島アントラーズ)。どちらも序盤から積極的に縦パスを前線に供給し、守田(右ボランチ)は後半59分までに11本(うち成功9本)、三竿(左ボランチ)は12本(うち成功9本)を入れ、攻撃の起点となっていた。

 もちろん対戦相手のレベル差が大きく影響していることは間違いないが、ベネズエラ戦の遠藤航(シント・トロイデン/右ボランチ)と柴崎岳(ヘタフェ/左ボランチ)が1試合でそれぞれ6本だったことを考えると、この試合は森保ジャパンの狙いどおりのサッカーができていたと受け止めてよさそうだ。

 ちなみに、その縦パスの受け手については、原口元気(ハノーファー/左ウイング)は以外に少なく、1トップの杉本健勇(セレッソ大阪)と右ウイングの伊東純也(柏レイソル)に偏っている。Aチームの場合でもどちらかと言えば右サイドに攻撃が偏る傾向が強いので、これは森保ジャパンの特徴のひとつと言えるだろう。

 問題は、その縦パスを受ける側のクオリティにある。たとえば杉本は、前半22分に右サイドバックの室屋成(FC東京)からの縦パスをダイレクトで伊東に落とそうとするも、これをキックミス。同じく23分にも室屋から縦パスを受けながら、トラップをミスしてしまいボールロストしてしまっている。

 プレーを重ねるごとに杉本のポストプレーは安定し始めたが、長所が異なるとはいえ、やはり大迫勇也(ブレーメン)と比較すると物足りなさを感じる。とりわけ中央を密集させるキルギスの守備網を破るには、最初に入れた縦パスが収まるかどうかがカギをにぎるため、ここは大きな課題として残った。

 そして、縦パスを入れた後にどのように展開するのかという点については、Aチームとは違った現象が見て取れた。Aチームの場合は、大迫がボールを収めた後に2列目の3人の堂安律(フローニンゲン)、南野拓実(ザルツブルク)、中島翔哉(ポルティモネンセ)がスムースに絡み合い、ダイレクトパスを使いながら中央突破を図るシーンが多い。

 これに対して、この試合ではキルギスが前からプレスをかけずに自陣に引いて守る時間が長かったため、両サイドバックの室屋と山中が高いポジショニングを維持。縦パスを入れた後にサイドに展開するシーンが多かった。

 その結果、Aチームでは少なかったサイドからのクロスが増え、59分間で右サイドから9本、左サイドからは5本が供給されている。とくに右サイドは室屋が4本、左サイドは山中が4本と多く、山中については59分以降も3本のクロスを入れている。

 ただ、こちらもクオリティの部分で課題が残った。山中は後半56分に杉本の頭に合わせ決定機を作ったが、それ以外は不成功。室屋に至っては、1本もクロスを味方に合わせることはできなかった。

 とはいえ、山中の先制点や原口のフリーキックによる追加点以外に、いい形で攻撃できたシーンもあった。

 たとえば前半25分。相手のクリアを室屋が頭で伊東にパスし、伊東からのパスを受けた北川航也(清水エスパルス)が収めて反転すると、左に流れた杉本に浮き球のパスを供給。すると杉本はゴール前に飛び込んできた伊東にヘディングで落とし、伊東がワンタッチで回転しながらシュート。これは惜しくもゴール左に外れたが、それは縦に速い攻撃で前線の選手たちがうまく絡んだ決定機だった。

 それ以外にも、前半29分に三竿のボール回収から杉本のポストプレーを挟み、原口のクロスに伊東がダイレクトで狙ったシュートシーンや、前半31分の伊東のクロスに杉本がヘディングシュートを狙ったシーンにつながる展開など、追加点を期待できそうなポジティブなシーンはあった。

 しかしながら、シュート精度が低かったために、いずれの決定機でも追加点を挙げることはできずに終わっている。ポストプレーやクロス同様、この試合でスタメンを飾った選手たちには、すべてのプレーの「質を向上させる」という明確な課題が残されたと言える。

 その点において、後半59分以降の日本は別の顔をしていた。大迫、堂安、柴崎が投入されてから10分ほどはそれほど試合の流れを変えることはできずにいたが、後半72分に大迫がきっちりシュートを右隅に流し込んだことにより、再びキルギス守備陣が混乱を見せるようになった。

 その直後、中島、南野が同時投入されると、73分に大迫、南野、堂安とつないで、最後に中島がフィニッシュ。流れるような展開でキルギスにトドメを刺した4点目は、Bチームとの力の差をより鮮明にさせることとなった。

森保監督の戦術的交代は見えぬまま

 そして、10月の2試合で見せていた可変式の4-2-3-1が、この試合ではお目見えすることなく終了したことも、付け加えておく必要があるだろう。

 アジアカップ本番で格下相手と戦う時、前半のキルギスのように”ベタ引き”された場合に最初から3-4-2-1で戦う策はとらないのか? 4-2-3-1をベースに、守備時は4-4-2、攻撃時に3-4-2-1とシフトすることはこれまでの試合でわかったが、それなら3バックから4バックにシフトする選択肢もあるはずで、それを守備を固めているチームに対して実戦でテストしてもよかったのではないか。

 キルギス戦を終えて、そんな疑問を残したままアジアカップを迎えることになる。

 そしてもうひとつ、まだテストされていない重要なポイントがある。それは、森保監督の戦術的交代策だ。

 これまでの森保采配は、チーム強化に焦点を絞った選手交代に終始した。パナマ戦では3人、ウルグアイ戦では2人、ベネズエラ戦でも4人しか交代枠を使わず、6つの交代枠がある親善試合でそれをフルに使ったのは、AとBの選手をミックスするというテストを行なったキルギス戦だけだった。

 しかし、アジアカップのような大会において勝敗を左右するのは、監督のベンチワークだ。グループリーグまでの人繰りはこれまでの5試合でそれなりの感触をつかんだとは思うが、一発勝負の決勝トーナメントでは、試合の流れを変える監督の戦術的交代が最重要ポイントになることは明白だ。

 その部分で何もトライをしないまま、国際経験の少ない指揮官がどんな采配を見せるのか。ベスト4以上が当然と見られる大会に臨む森保ジャパンの不安材料は、実はそこにあるということも記憶にとどめておきたい。

 そういう意味でも、アジアカップは4年後を目指す森保監督にとっての一次試験となることは間違いなさそうだ。

(集英社 Web Sportiva 11月23日掲載)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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