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成果は6分、課題は15秒。驚愕のW杯検証から見えた森保新監督の不幸

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

自分のサッカーについて触れられないまま就任した森保新監督

 ロシアW杯が閉幕してからわずか11日後、かねてからメディアで報じられていた森保一日本代表新監督が誕生した。

 田嶋幸三JFA(日本サッカー協会)会長が事前にメディアを通じて世論形成を図っていたため、森保さんが新しい監督に就任したこと自体に驚きはない。すべてが用意周到に進められた“既定路線の人事”と言っていいだろう。

 しかしその一方で、その決定に至るまでの経緯については驚きを禁じ得ない。いや、驚きを越え、もはや絶望感しかないというのが、その会見に出席しての率直な感想だ。

 もちろん、今回の人事がJFAのルールに則って決められたことであることは間違いない。まず、7月20日に開催された技術委員会で最終判断を関塚隆技術委員長に一任することが決定し、26日に関塚技術委員長の提案を理事会で承認する。そこで理事会のメンバーが反対することはほぼあり得ないので、順調に事が運べばその日のうちに森保新監督の誕生を正式に発表することができる。

 理事会を前に、メディアの取材を受けた森保さんが「そういう話があれば即決したい」とコメントしていたのも、事前にその筋書きが伝わっていたからに他ならない。ハリルホジッチ解任と西野朗監督の就任を「会長の専権事項」としてほぼ単独で決めた田嶋会長も、今回ばかりは周囲から突っ込まれないように物事を進めた形跡を残した格好だ。

 表向きでは、何の問題もないように見えるその決定までの過程には、しかし大きなミスがあった。それを暴露してしまったのが、森保新監督の就任会見の前に行われた関塚技術委員長によるロシアW杯における日本代表チームの分析、総括だった。

 田嶋会長としては、「オールジャパン」、「ジャパンズ・ウェイ」、「日本人らしいサッカーの追求」といった耳障りのいいキーワードによって切り抜けようとしたのかもしれないが、関塚技術委員長のW杯総括によって、それらのキーワードが問題の本質を覆い隠す道具として使われていることもはっきりした。

 まず冒頭で、「4年を振り返るうえでも、このW杯をしっかり検証していくことが大事だと思います」という言葉で始まった関塚技術委員長の話は、とても検証と呼べるようなレベルのものではなかった。

 たとえば、「今回の戦いのポイントになったのは、みんなが勇気を持って、ボールを大事に、攻撃を仕掛けていった。ここがいちばんポイントだったと思います」と全体を振り返った時点で怪しさは満載だったが、しかし続いて、セネガル戦とベルギー戦の試合映像を使って、今大会の日本代表の良かった点についてその具体例となるシーンを挙げながらの補足説明には、愕然とした。

「縦に勇気を持ってボールを入れながら、全体が大きく攻撃陣内に入って、アタッキングサードでの勝負」

「この狭いスペースでも背後を抜け出す。1人で仕掛けて崩すということはなかなかなかったですけども、グループで、2人、3人、4人と絡んだ中での攻撃ということは、本当に素晴らしい、得点の可能性のある攻撃ができていたという風に思います。

 その中で、ハリルホジッチ監督の下で縦への推進力と、そういうところはしっかりと持ちながら、全体で攻撃を仕掛けていく。これは、本当に今回全体としてのコレクティブな攻撃が生まれた要因だという風に思います」

 さらに守備面については「サッカーにおいて1対1、デュエルで強く、戦うということは非常に求められるところだと思います。ただ日本として世界と戦ううえでは、やはりボール中心のコレクティブな守備というところができるか、ということは非常に大きなポイントだと思います」、「ボールへのファーストディフェンダーの決定、そして全体で追い込んでいく、粘り強い守備。相手に1対1の勝負をさせない。チャレンジ&カバー。そして、チャンスとなった時にボールを奪っていく。こういうケースが4試合の中でも非常に多く見られました」

 専門用語は使っているものの、すべての言葉が抽象的で、例として挙げたシーンとの整合性にも多くの疑問が残る。そもそも、これだけテクノロジーが進化した時代にデータのひとつも出さないままそのシーンを分析し、具体的な戦術やコンセプトを提示しないまま「勇気を持って」、「粘り強く」、「チャンスとなった時にボールを奪う」などという曖昧な表現で検証したかのように見せること自体に、無理がある。

 説得力ゼロどころか、本当に技術部門の最高機関の長がこの程度の分析しかしなかったとすれば、そのこと自体が実際にプレーした選手、指揮した監督に失礼な話だ。

 さらに驚いたのは、良かった点については映像を使って6分間説明したのに対して、課題については箇条書き数行が書かれたパワーポイント2ページと、「課題としては、ここに挙げたもの以上にまだあると思います。この辺はまたTSGとともに、時間を持って、しっかりと分析をしたいと思っております」というひと言で終わらせてしまったことだった。

 時間にして、たったの15秒。本来、検証とは良かった点ではなく問題点を徹底的に分析して、今後に生かすために行うものであるはずだ。にもかかわらず、この日に行った関塚技術委員長の検証と総括は、臭いモノには蓋をして、あくまでも森保新監督の就任の理由付けでもある「ジャパンズ・ウェイ」風に見えるシーンを集めた、上辺だけの総括だった。

 そもそも関塚技術委員長は、西野前技術委員長が新監督に就任した際に、いわば緊急登板的に技術委員長に就任した人物だ。日本代表監督を客観的に評価することも任される重要なポストであるにもかかわらず、適材適所の人事なのかどうかも語られないまま現在に至っている。本当にこの人で大丈夫なのか? そこをもう一度議論する必要がある。

 そんな関塚技術委員長が一任されたことで誕生したのが、森保新監督だ。当然、就任会見でも森保監督のサッカー云々の具体的な話はひとつも出てこない。森保さんの指導キャリアで言えば、サンフレッチェ広島監督時代が最大の評価ポイントになるはずだが、その時に使っていた「5-4-1(3-4-2-1)」を使った戦術とそのスタイルを評価したうえでの監督要請だったという話は、最後まで出てこなかった。

 自分のサッカーについて触れられないまま大役を引き受けることになった森保新監督の心中は、察してあまりあるものがある。田嶋会長と関塚技術委員長の間に挟まれ、ひとつひとつ言葉を選びながら丁寧にコメントする壇上の森保新監督が、だから哀れに見えてならなかった。

 森保新監督の人柄からして、上司の要請を断れるはずもない。それは、関塚技術委員長についても同様だ。いい人が、イエスマンとして上司に尽くす。現在のJFAは、そういう人柄の人で会長の周りがしっかりと固められている。

 本来ならば、代表新監督の就任会見は、これから代表がどんなサッカーをするのか、そのために誰が代表に選ばれそうなのか、といった未来志向の話をしたくなるものだが、今回に限ってはそれさえもできない。

 ただただ、森保新監督の今後を案ずるばかりである。

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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