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元吉本興業専務が刑務所で痛感した笑いの力。そして、やり直しを許さないSNS社会のいびつさ

中西正男芸能記者
刑務所での釈放前指導導入教育員としての活動を通じての経験を語る竹中功さん

 吉本興業専務時代は“伝説の広報マン”として島田紳助さん引退会見など数々の修羅場をくぐってきた竹中功さん(64)。専務時代から続けてきた刑務所での釈放前指導導入教育員としての経験を綴った新著「それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記」も先月上梓しました。笑いのプロとして受刑者に何を話してきたのか。どのような話をし、どのような景色を見てきたのか。そこから見据える人の心を変える真理とは。

ケンカが激減

 2014年、吉本興業の専務時代に東北地方担当の“住みます専務”という制度で仙台に住むことになりました。

 そんな中、秋田刑務所に知り合いがいて、若手芸人と一緒に慰問に行ったんです。ただ、普通の劇場とは空気も違うし、その芸人さんが持ち時間30分のところ、10分で舞台を降りてきてしまったんです。

 急きょ、僕がその20分を穴埋めする形で話をさせてもらったんですけど、そこで吉本の若手の苦労や悩みを実例を交えながら話しました。

 それに加え、受刑者同士のケンカが多いとも聞いていたので「ケンカなんかしても仕方ないでしょ?そこで勝っても結局何にもならない。それよりも、頼られる、惚れられるオトコになる方がいい。漢字の“漢”一文字でオトコと読みます。これは人から頼られる本当に強いオトコのことです。めざすべきはこの漢」なんて話をしました。

 そうしたら、ウソみたいに1年間ほどケンカがなくなったそうなんです。それが秋田刑務所から山形刑務所など他の刑務所に広まっていって、各地から「矯正プログラムの一環として話をしてもらえないか」という依頼が増えていったんです。

 2015年に吉本を辞めてからもそれが続き、今日に至るという流れです。そして、そこで体験したことを一冊の本にまとめたのが今回出した本でして。コンパクトにこれまでの説明と、軽く宣伝をさせてもらいました(笑)。

個性の意味

 刑務所での刑期を終えて、もうすぐシャバに出る。その前に社会に戻るまでの準備段階として話をするのが僕の役割です。そこで何をするのか。大まかに言うと「個性と魅力」という話なんです。

 個性というのはオンリーワンということです。ナンバーワンというのはオリンピックで言うと、金メダルです。100メートル走で0.01秒の差でも金メダルの人間、銀メダルの人間ができる。

 そこには順序があるので金メダルは銀メダルに「お前、遅いなぁ」と唯一言うことができる人間でもあります。順位があってのナンバーワンですから。

 でも、オンリーワンは違う。“人と違う”というところに意味があるので、そこは人と同列に比べるものではない。芸人さんはまさにそうですけど、人と違うということでお金を稼いでいるわけです。

 「ダウンタウン」の松本人志君も「小学校の授業に大喜利を入れるべき」と言ってましたけど、本当にその通りだと思います。要は「答えは一つではない」ということです。

 もちろん、個性というのは人の迷惑も考えずに何でもやればいいというものではない。何かしら人の役に立つことで、自分の好きなものを見つける。寝ずにでも、ナンボでも頑張れる。それがある人はすごく魅力的に映るし、その違いは誇るべきもの。そんな話をするんです。

「慮り」の教え方

 あと、相手のことを慮る。その話もします。独りよがりなことでは笑いは生まれない。相手のこと、周りの状況を把握して手を打たないと面白さは出てきません。

 例えば、ラッシュアワーにベビーカーで赤ちゃんを乗せた女性が駅のホームで並んでいる。それを見たらどう思うか。そんな話もします。

 受刑者の人たちが話しやすいように、ある程度、僕も腹黒いことを最初に話します。「満員電車の時間にベビーカーが乗ってきたら『もっとこっちが狭くなるやん』と思うわ」みたいなことを言うと、笑いが出る、もしくは表情がゆるむんです。そして、みんな意見を口々に言ってくれるようになるんです。

 「なぜ、よりによってラッシュアワーに乗ってくるんだ」とか「タクシーとか他の交通手段を選べばいいのに」といった話が出てきます。

 「それは確かにその通りだ」と認めた上で「ただ、そのお母さんもラッシュアワーと分かっているのに、なぜ乗っていると思う?親御さんが倒れて、赤ちゃんを預けることもできず実家に向かっているかもしれないし、タクシーに乗るにはお金が要るし、いろいろなパターンが考えられるよね」といったところを提示すると、スッと話が入っていくんです。

 その上で、最後にもう一回質問すると、今度は“お母さん目線”の話が出てきて、対応策も出てくるんです。「何かしら余程の事情があるのかもしれないから、広いスペースを空けてあげる」みたいな感じで。そうやって“相手を理解する”プロセスを実践する。そんなこともやっています。

やり直しを許さないSNS社会

 僕がやらせてもらっていることは、要は「やり直しのお手伝い」なんです。

 すごく端的に言うと、刑務所の中にいる人は何かをしたから来たわけです。ただ、そこでの時間を全うし、また外に出ていく。その時に、もう二度とここには戻って来ないように、やり直せるように少しでもサポートする。

 もちろん、きれいごとばかりではないし、大変なことも多いし、再犯という現実があることも間違いありません。ただ、それでも、少しでも、やり直しがききやすくなる。それが僕が話す目的です。

 そんな感覚で今のSNS社会を見ると、やり直しをつぶすような空気を強く感じます。少し前の話ですけど、回転寿司で醤油をなめていた兄ちゃんがいました。ハッキリ言って、あんなことするのはアホです。アホですけど、あの兄ちゃんをみんなが寄ってたかって地獄に落とす。何かあったら、私刑として即刻アウト。

 その流れを加速させたのは、間違いなくネット社会です。それが人間を変えてしまったというのを理解せなアカンと思います。誰でも姿を消して好き勝手できるマントを無料で得られるようなものですけど、それによって、人の悪意は増幅する。それも、悲しいかな、切ないかな、事実です。

 でも、何かあったとしても、その人間が新たな一歩を本気で踏み出そうとしたら、それが無下につぶされない。これも大事なことだと思います。

 繰り返しになりますけど、そんな簡単なことやきれいごとで済むことではないのもよく分かっています。実例も見てきました。

 でも、そこを放棄したら、それまでで。少しでも確率を上げる。それがコミュニケーションの力の有効活用だと思いますし、笑いという要素が力になる場だとも思うんです。

 エエ人間でもないのに、エエ話みたいなことばっかり申し訳ないですけど(笑)、でも、ここはね、何のご縁か自分が関わった部分ですから。なんとか、しっかりと向き合っていければと思っています。

(撮影・中西正男)

■竹中功(たけなか・いさお)

1959年2月6日生まれ。大阪府出身。同志社大学法学部法律学科卒業、同志社大学大学院総合政策科学研究科修士課程修了。81年、吉本興業入社後、宣伝広報室を設立し、月刊誌「マンスリーよしもと」初代編集長を務める。芸人養成学校「吉本総合芸能学院(NSC)」の開校や「ダウンタウン」らを輩出した「心斎橋筋2丁目劇場」の運営に関わる。映画「ナビィの恋」「無問題」「無問題2」も製作。その後「吉本興業年史編集室」「創業100周年プロジェクト」「東北担当住みます専務」などを担当し、よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役、よしもとアドミニストレーション代表取締役などを経て、2015年に退社する。退社後は危機管理に関するコンサルタント、人材育成や広報、講演など幅広く活動。「謝罪力」「よい謝罪 仕事の危機を乗り切るための謝る技術」など著書多数。専務時代から続けている刑務所の釈放前指導導入教育員としての経験を綴った著書「それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記」を先月上梓した。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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