今年結成25周年のお笑いコンビ「ガリットチュウ」。2月12日には約6年ぶりの単独ライブ「生まれちゃった!」(東京・ヨシモト∞ホール)も開催します。四半世紀の活動の中で、大きな転機となったのが2019年に福島善成さん(44)が巻き込まれた闇営業騒動でした。一蓮托生の相方・熊谷茶(43)さんの思い。そして、二人が見すえる騒動の終わらせ方とは。

闇営業後の収入

福島:今年でコンビ結成25周年ということもあって、2月12日に久々に単独ライブをすることになりました。

ただ、実は2020年6月7日に単独をやる予定だったんです。劇場も「ルミネtheよしもと」をおさえていました。

なぜその日だったのか。いわゆる闇営業というワードで騒動が最初に報じられたのが2019年6月7日発売の「フライデー」だったんです。なので、その日からちょうど1年のタイミングでやろうと。

結果的に、この日は新型コロナ禍でキャンセルせざるを得なくなったんですけど、なんと言うんでしょうね…、1年経った日にリアルショーと言うのか、思いの丈をぶちまける。そして、お客さんにカラッと笑ってもらう。そして浄化する。そんな思いがあったんです。

さらに言うと、そう思うということは胸のつかえが残ってるんですよね。

お笑いが好きで吉本興業に入って、お笑いで笑ってもらうのが一番なのに、自分の中で騒動のことだけは笑いの材料としてとらえきれていない。

もちろん迷惑をおかけした方には本当に申し訳ないですし、何もかも全て無責任に放り出すみたいな意味ではないんですけど、この仕事をしている以上、全てのゴールは笑ってもらうこと。そこにつかえがあると、どうなのかなと。

本当に正直な話、例えば先輩に「確か、2カ月ほどお休みがあったよね?」みたいにイジられた時にうまく返せないんですよ。どうしていいか分からないというか、躊躇するというか。結果的に、苦笑い、もしくは「スミマセン!」くらいの返ししかできなくて。

フラれても返しきれない。もちろん自分に才能がないのもあるんでしょうけど、ここはね、本当に難しいんですよね。自分のことだし、周りの方のこともあるし、笑いにしていいのか…。なんなんでしょうね、これはね、ムズイっすね。

熊谷:実際、近くで見ていても、騒動があった後はかなりナーバスになっていました。もちろん、そうなって当たり前なんでしょうけど。常にイライラしてました。僕はとにかく「まぁ、まぁ」という感じで。

それと、間近にいる者としてはあまりにも衝撃が大きすぎて、逆に客観的な自分もいました。「人生、いきなりこんなことが起こることもあるんだ」。そんな風に、どこか遠い出来事のように思う感覚も出てきて。

ただ、事実としては同じ船に乗っているわけですから、そんなことで済まないのが現実でもあり。ここは一蓮托生ですから。

福島:確かに、本当にいろいろな思いがあったからこそ、今も複雑な感情があるんだと思いますし、だからこそ、笑いで浄化しないとダメなのかなと。真面目な話で申し訳ないんですけど、その要素も2月12日のライブに多少は乗っかってます。

でもね、2020年当時の感覚と、今の感覚はまた違っていて。感情のうねりの強さも違いますし、性質も変わってきています。

今となっては、2020年ではなく、現在の思いでお笑いにできて良かったなという思いもあります。あまりにも生々しいものではなく、当時よりはかなりポップなものになっていると思いますんで(笑)。

熊谷:そのタイミングでやっていたら、もっと殺伐としたものになっていたかもしれませんね。

福島:そうですね、お話しすると長くなってしまうと思うんですけど(笑)、ま、この世の中は理不尽だなという思いがあって、でも、それを全部受け入れて生きていかないといけないという。そんなことはこれでもかと思いました。

ただ、騒動があって、そこから2カ月の謹慎も経て、テレビの出演本数は思いっきり減ったんですけど、仕事の総量としては実は増えたんです。

モノマネなどもあり、かなりたくさんお仕事をいただけるようになっていた2018年の年収よりも、闇営業があった2019年の年収の方が少しですけど高かった。

これはまさに周りの方々の優しさです。吉本興業の社員さんだったり、先輩芸人さんだったりが「あいつら、なんとかしてやろう」と仕事を入れてくれたんです。

闇営業で世の中の不条理みたいなものも味わいましたけど、これでもかと人の優しさを感じることもできた。それは純粋にうれしかったです。

芸人としての“宿題”

福島:ただ、いわゆる騒動の最中は、さすがに精神的にもかなり追い込まれていました。

基本的には家から出ませんでした。ワイドショーで毎日のように自分の顔が出てるし、芸人人生で一番顔がさすんじゃないかと思うくらいの露出でしたから。

それでも、話し合いなどで吉本の本社に行くこともあって、その時は吉本がある新宿まで電車で向かうんですけど、駅でもホームに入ってきた電車にギリギリで乗るようにしてました。

例えば、電車の発車時刻より5分ほど早く駅に着いたら、駅のトイレの個室に入って電車が来るのを待つんです。電車が入ってくる音がしたらホームに駆け上がって飛び乗る。

要は、ホームとか人がたくさんいるところにいたらバレるんじゃないか。その恐怖が常にあるんです。人に会いたくない。見られたくない。それに終始してました。その頃から比べると、今は心の在りようもガラッと変わりました。

もう闇営業という炎は、実は自分の中でも鎮火していると思います。ただ、燃え尽きて骨だけになっているもの。これは自分の一部なのか、騒動そのものの骨なのかは分かりませんけど、置きっぱなしになっているものをお墓に埋めてあげる。そこまでしないと終わらない。その感覚に近いかもしれません。

そして、しっかりと埋葬してあげるというのが笑いにすることなのかなと。それが芸人としての“宿題”だとも思っています。

熊谷:もちろん、コンビですから。同じ船に乗ってるわけですから、進むも一緒、沈むも一緒ですから。ともに進まないといけませんし。

福島:…いやいや、熊谷は自分だけは沈まないことを考えてますからね(笑)。

例えばですよ、二人で道を歩いてて、いきなりケンカを売られたとします。そこで僕がボコボコにされてるとしても、スッと逃げて、殴られ終わって完全に誰もいなくなってから「おい、大丈夫か?」と言ってくる人間なんですよ!自分は絶対に沈まない。

闇営業というイカツイやつに僕がボコボコにされてる時も、安全なところで無の表情してましたから(笑)。

芸人としての“使命”

福島:まぁ、本当にいろいろありましたけど、実は今一番コンビ仲がいいと思うんです。変な表現ですけど、一線越えちゃったというかね。

すごく細かいことなんですけど、稽古終わりとかに、今までだったらそのまま帰ってたところを「じゃあな」とか一言言えるようになった。そこの歩み寄りって、なかなか分かりづらいかもしれませんけど、コンビ間では大きなことなんですよね。

熊谷ってね、これは本当の本当にクソ野郎なんですけど(笑)、騒動の最中、ウチに来て当時小学6年、4年の子どもたちをプールに連れて行ってくれたりね。それでなくても気にかけてくれてるのか、ウチによく来てくれてましたしね。ま、ビール飲んで帰るだけなんですけど。

そういうサポートをしてくれていたのは、これはね、ありがたかったですね。実際、ウチの家族はクマ(熊谷)のことが大好きですし。

熊谷:起きたことは前向きにとらえようとは思っていました。いろいろ考えたんですけど、もう、それしかないんですよね。

福島:ここから30周年に向けての抱負みたいなことも尋ねられたりするんですけど、もういつ終わってもいい、明日死んでもいいと思って単独ライブもやってるんで、なかなかイメージが出てこないんですね。そういう気概でやっているので。

一つあるとするならば、熊谷というのは芸人の中では面白いと分かってくれている人が多いんですけど、この面白さをできるだけ多くの人に伝えたい。それは僕がこの先に向けて思っていることですし、芸人としての使命だとも思っているんです。

本人は全く努力しないんでね。いや、これは本当に、本当に努力しないんですよ!ただ、パワースポットに行ってパワーを得ようとする努力だけはするんです。この前も一粒万倍日に有名な神社に何時間も並んでたりね。その間にネタ書けよ(笑)。

熊谷:いや、そこはね。プロとして、一本筋の通った本格派の“他力本願”を目指してますから(笑)。

(撮影・中西正男)

■ガリットチュウ

1977年10月6日生まれで熊本県出身の福島善成と78年2月12日生まれで神奈川県出身の熊谷茶(本名・熊谷岳大)が98年にコンビを結成。東京NSC2期生。福島が続々と生み出す船越英一郎、ダレノガレ明美らのモノマネで注目を集める。19年に福島が“闇営業”騒動に巻き込まれ、2カ月の謹慎期間を経験する。昨年からコンビ揃って肉体改造に取り組み、福島が33キロ、熊谷が12キロ減量した。今年で結成25周年を迎え、2月12日には約6年ぶりとなる単独ライブ「生まれちゃった!」(東京・ヨシモト∞ホール)を開催する。