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150万円自腹を切って伝える。お笑いコンビ「アップダウン」を変えた特攻隊への思い

中西正男芸能記者
「アップダウン」の竹森巧(左)と阿部浩貴

 お笑いコンビ「アップダウン」が“笑いと歌で伝える戦争”をテーマに製作した二人芝居「桜の下で君と」を8月15日から22日まで無料配信します。2019年に初演し各地での公演が話題となり、今年3月から東京、福岡、北海道などで全国公演を開催予定でしたが、新型コロナウイルスの影響で延期に。しかし、戦後75年の節目にどうしても伝えたいとの思いから、会場使用料や撮影費など約150万円を阿部浩貴さん(43)、竹森巧さん(42)が自腹で負担し、コンビのYouTubeチャンネル「アップダウンチャンネル」で無料公開することにしました。そこには生き方を変えるほど衝撃を受けた、特攻隊との不思議な縁がありました。

到底かけない文章

 竹森:9年前、鹿児島の「知覧特攻隊平和会館」に行ったんです。

 それまで、もちろんそういう歴史があったことは認識していましたけど、でも、実際はフワッとしか分かっていなかった。ただ、友人に誘われて「ま、ちょうど仕事もないし、せっかくだし一度行ってみようか…」くらいの感じで向かったんです。それが、生き方が変わるほどの衝撃をそこで受けました。

 当時、僕は33歳。特攻された方々は17歳から22歳ぐらいの若い人たち。書かれた遺書も読んだんですけど、言葉を生業にしている僕でも到底書けないような文章が綴られていて。変な表現かもしれませんけど、その遺書を見て、挫折感に苛まれたほどでした。いかに自分がのうのうと生きているかを思い知らされたというか。

 阿部:僕もこの芝居をやることになって知覧で遺書を読んだんですけど、当時は検閲もあるので、手紙の書き出しは“しっかり”書いているんです。「お国のために行ってきます」とか「男らしく散ります」とか。でも、後半になると、やたらと「お母さん」という言葉が続いたりして…。そこにリアルな感情が見えてくるんです。

 逆に、最後までとことん感情を抑えて書いている人もいて。それはそれで、胸に迫るものがある。とにかく“熱”と“気”にあふれた手紙ばかりで、理屈なしに胸に刺さりました。

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29歳の特攻

 竹森:9年前、僕が最初に行った時に何とも不思議だったのは、会館に特攻隊の方々の写真が1000人くらい並べられてるんですけど、その前を何回行き来しても、常に、ある一人の写真が目に留まるんです。

 「なんで、この人ばかり気になるのか…」と思ってその人の半生を調べたら、当時、自分が悩んでいたことを解決するヒントのど真ん中みたいなことがたくさんありまして。

 少し長くなっちゃうんですけど、そもそも僕は芸人にはなりたくてなってないんです。親への反発で芸人の道を選んだんです。なので「芸人でトップを目指すぞ!」といった他の芸人とは感覚も違うし、いったい自分が何のために芸人をやっているのかが見いだせない時期でもあったんです。

 その写真の方は藤井一(はじめ)中尉という方で、特攻に行ったのが29歳の時。特攻隊としては、ずば抜けて歳をとっていた。というのも、藤井中尉は特攻隊に教える教官だったんです。

 教官は士気を高めるために「お前たちだけを行かせるわけじゃないぞ。俺たちも後からお国のために向かうから先に待っててくれ」と言って教育するのが常だったと。でも、教官は次々と特攻隊を訓練しないといけないし、そうは言うものの特攻はしない。良い悪いじゃなく、それが当時の流れだったそうなんです。

 でも、藤井中尉は「言った手前、嘘はつきたくない」と特攻を志願した。でも、教官だし、そんな慣例もないし、却下されるんです。そして、却下される理由はもう一つあって、実は腕をケガしていて、操縦かんが握れなかったんです。

 でも、何回も志願しているうちに、奥さんと小さな娘さんたちが「自分たちがいるからお国のために戦えないんじゃないか」と思って自殺してしまうんです…。そこまでのことがあったので、さすがに軍も藤井中尉の思いを受け入れて特攻を認めたんですけど、操縦はできない。

 結果、どうやって行ったのかというと、2人乗りで行ったんです。操縦席の後ろに乗って。正直、この話を聞いた時に、僕は「犬死だろ」と思いました。何のために行くのか分からない。

 ただ、さらに詳しい話を聞くと、この話には後日談があって。戦争から数十年後に知覧におじいちゃんのアメリカ人がやってきたそうなんです。「話したいことがある」と。

 実は、その人は特攻隊に激突されて沈没した戦艦に乗っていたアメリカ兵だったんです。仲間はたくさん死んだけど、自分は命からがら生き延びた。今、日本兵に対して敵意はない。自分の国を守ろうとした思いは同じだし、むしろ、戦友だと思っている。純粋に、その時の話を伝えたいんだということでやってきたと。

 戦艦が沈没した日、たくさん特攻機が飛んできた。こちらも必死に撃ち落とし、1機減り、2機減り、5機減りと、何とか撃墜していった。そして、最後の1機になったが、その1機がなかなか撃ち落せない。でも、どうにか撃ち落して「やったー!」となったが、そこから海面スレスレで立ち直って、火を上げながら戦艦に追突して沈没させられた。そして、その時にはっきり見えたのが、その機は二人乗りだったと。

 後ろから教え子に指示をしていたのか、励ましたのか、何か見えない力が働いたのか。それは分からないけど、結果、2人乗りの特攻機が任務を果たした。

 その話を聞いた時、瞬間的に「意味のないことなんてないのかもしれない」と思ったんです。ということは、自分が芸人になったのも、やりたくてやった仕事じゃないのも、全てに意味があるんじゃないか。そう強く思ったんです。

 そこから、これはもう説明のしようもないんですけど、なぜか、役者の仕事が来て、それが特攻隊の役だったり。何かの力に導かれているとしか思えないことが続きまして。これは僕らが何かをやらないといけないんだろうなと思うようになったんです。

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笑いの意味

 阿部:その頃から、芝居のお仕事もいただくようになって、ミュージカルもさせてもらったりした。そして、相方は音楽の仕事もするようになった。そういうものを一つにして、二人だけで2時間くらいの舞台ができないか。1分ネタ全盛の時だったんですけど、コンビとしてそんなことを考えていたんです。それが5年ほど前のことです。

 それを受けて、2018年に初めて二人芝居をやったんです。僕らは北海道出身なんですけど、北海道命名150周年というタイミングで北海道のこれまでの歴史を歌と笑いを入れながら伝えるというコンセプトで。

 アイヌのお話も出てきますし、テーマとしては非常に繊細なものでもあったんですけど、やってみて実感したのは笑いの力でした。笑いを入れることによって、難しいテーマでも若い世代が最後まで集中して見てくれるとか、メッセージが伝わりやすくなる。自分たちがやってきた笑いというものには、こういう力もあったんだと思い知らされたと言いますか。

 竹森:そういう文脈があって、北海道の物語に続く新作を作ろうとなった時に、特攻隊を題材にしようとなったんです。そこでようやくパズルのピースがぴったりハマったというか。

 去年初演で、今年は10公演やる予定だったんですけど、コロナで延期になりまして。ただ、今年は終戦75年と言う節目でもある。世の中には残すべきもの、伝えるべきものがあるんだろうな。今、吉本興業の劇場もなかなか本来の形には戻っていないし、あらゆるエンターテインメントが中止や延期を余儀なくされてはいるけど、その中でも、何かできる方法はないのか。

 それを今一度考えて、無観客で、無料で公演を配信する。公演の配信なんてやったこともなかったけど、なんとか、頑張ったらできるんじゃないか。そんな思いから、今回の流れになったんです。ものすごく長い説明でしたけど(笑)。

 阿部:でもね、作品を作るにあたって、いろいろな方に取材をして思ったのは、当時の若者も今の若者と変わらないんです。空襲警報が鳴って防空壕に入っても、中でふざけあったり。普段は本当にバカみたいなことを言いあって遊んでたり。本当に、今の若者と変わらない。でも、当時は、生きたくても生きられない人がたくさんいた。それが今とは違うところです。この事実をただただ伝える。それが僕らがやる意味だと思っています。

 竹森:あと、意味という部分で言うと、笑いへの影響も確実にありますね。今までだったら、面白いボケとか、面白い設定とかに執着していたところがあったんですけど、ほんの些細なことでも、緩急さえつけられればドーンと笑いに繋がる。それは二人芝居をやることによって、新たに付け加わったパーツだと思います。

 阿部:それと、シリアスな部分もある二人芝居をやることによって、スベることへの耐久力はつきました。芸人って、笑いがない時間が続くと焦るんですけど、2時間の二人芝居の中には、笑いがないパートもありますから。そこそこの時間、笑いが起きなくても大丈夫。たとえ、本当にスベってるっぽくても「今は芝居のシリアスパートをやっていたんだ」と思ったら、なんてことないです!そんな意外な効能も二人芝居にはあったりしました(笑)。

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(撮影・中西正男)

■アップダウン

1977年4月20日生まれの阿部浩貴と78年3月21日生まれの竹森巧のコンビ。ともに北海道出身で高校の同級生だった2人が96年に結成。吉本興業所属。阿部はフジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「第11回細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」で優勝。竹森は音楽活動も行い、2017年には岩崎宏美に「絆」を楽曲提供してもいる。「笑いと歌で伝える戦争」をテーマに製作した二人芝居「桜の下で君と」を8月15日から22日までYouTubeの「アップダウンチャンネル」(https://www.youtube.com/channel/UCIn1-2UWVGkU6gQiRNoj5bA?view_as=subscriber)で無料配信する。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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