芸人のみならず、アーティストとしても注目されるお笑いコンビ「野性爆弾」のくっきーさん（43）。今月、米・ニューヨークで開催された世界最大級の美術市場「Art expo New York」で“今年もっとも注目する５人”にも選出され、さらに存在感が増しています。大阪時代から“芸人が一番笑う芸人”として強烈な個性を放ってきましたが、その個性ゆえ、分かりやすい結果が出ない日々も続きました。芸人を辞めることを決意したくっきーさんを引き留めたのは、先輩芸人からの言葉でした。

アートとは思っていない

　“注目すべき5人”に選んでもらったなんて、もちろんありがたいです。ありがたいんですけど、“棚ぼた”ど真ん中というか、ただただラッキーやなと。

　というのもね、僕の中にはアートを極めるという気持ちもないですし、そもそも、自分がやっていることをアートとも思ってない(笑)。

　あくまでも、お笑いの派生として、イベントで使うパネルとか、先輩の結婚式のウエルカムボードを描いたりしていたのから始まって、今も、全くもってその感覚は変わってませんしね。

　ただ、ま、これもありがたいことなんですけど、それを周りの方々がアートとして見ていただいて、アートとして台湾に持って行ってくださった。それをまた中国の人が見て、中国でも個展をやったら、たくさんの方が来てくださって。そして、今度はニューヨーク。ラッキーといか、超絶ラッキーです。

人に恵まれた

　そら、これまではずっと地べたを這うような日々でしたからね(笑)。だからこそ、今の仕事の状況はどこか他人事というか「あー、あの石、よく転がってるなぁ」みたいな感じで、自分のことなのに自分のことではない感覚もあるんです。

　芸人になってから、どこかでドーンと上がることもなくやってきましたからね。何かあると言えば、毎年、年末にMBSテレビでやっている「オールザッツ漫才」というオールナイトの生特番の時くらい。

　若手芸人が何十組と出演して、夜中ですし、ある種、芸人のノリ満開で盛り上がる番組で、そこではものすごくウケるんです。でも、これは両面ある話で、芸人同士の特殊な雰囲気の中でウケるということは、普段のフツーの番組ではウケないということですから。

　1年おきに、年末だけ芸人としてのグラフがピクッと上向きになって、また年明けからは地べたに戻る。年に一回だけ脈打つ心電図みたいな生活でした(笑)。

　ただ、そんな中でも先輩にも後輩にも恵まれて、いい人が周りにたくさんいてくれました。なので、毎日本当に楽しかったんです。お金もないし、増えるのは借金だけ。そんな生活でしたけど、実は仲間も増えてて、楽しいからこそ、もっと辞めにくくなる。そんな状況でした。ま、リアルな話で言うと、辞める根性がなかったんでしょうけどね。

辞めると決めた日

　ただ、一回だけ、本気で辞めると決めた時がありました。今から20年ほど前ですかね。当時、若手がホームグラウンドにしていた大阪の心斎橋筋2丁目劇場で芸人の総当たりバトルみたいなイベントがあったんです。そこで最下位になったら、劇場メンバーから外されて、素人扱いに戻ると。そこで、負けたのが僕ら（野性爆弾）でした。

　それって、きれいに結果が出た話ですからね。受け入れるしかないし、そこでは妙な潔さもあって「素人に戻るくらいやったら、もう辞める」という気持ちになったんです。完全に。

　なので、イベントが終わってすぐ、楽屋で先輩たちに辞める挨拶をしてまわりました。そこで僕のところにスッと来てくれたのが、ケンドーコバヤシさんとザコシショウ（現・ハリウッドザコシショウ）さん。言われたのは一言でした。

　「お前が辞めたら、楽しくなくなるなぁ」

　直接的に「辞めるな」と言ったわけでもない。ただ、言わんとすることは、空気でヒシヒシと伝わってきました。

　今も、2人にはお世話になってます。飲みにも行かせてもらいますけど、飲んでる時にはもちろんそんな話はしないし、仕事の話も、ほぼしません。二十数年の付き合いの中で、そんなトーンのことを言われたのは、この一回だけでした。

　…これはほとんど言ったことはないんですけど、その言葉をもらった時、めちゃくちゃうれしかったです。あまりにうれしくて「もうちょい、やろうかな」と思いましたもん(笑)。そこから今に至ります。

　まぁね、難しい仕事なんですよ、芸人って。売れるか売れないかなんて分からんし、辞めると言ってるヤツを止めるなんて、すごく責任を負う話にもなりますから。

　僕も後輩が増えてきて、もし後輩から「辞めます」と言われても、引き留めることはできないですもん。相手の人生を背負うくらいの覚悟がなかったら言えない言葉ですし。歳をとればとるほど、ありがたいことを言ってもらったんやなと感じます。

裏回し

　芸人を続けてきたおかげで、やりたいことは着々と実現してきました。たとえば、今、沖縄で「MOI AUSSI BE （モーアシビー）TV」（沖縄テレビ）という番組を「ガリットチュウ」の福島とやらせてもらっているんです。それがウソみたいな超絶高視聴率を取ってくれてるし、ネットでも好きなことをやらせてもらっている「野性爆弾のザ・ワールドチャネリング」という番組もやっている。あらゆるジャンルでやりたいことをやらせてもらってますし、そら、不満なんて出てくるわけもないです。

　ま、さらにという部分で言うと、これは僕が密かに狙っていることなんですけど、番組の“裏回し”ができたらなと。どの番組にも司会の方はいらっしゃいますけど、その方とは別に、例えば、ひな壇の中できちんと流れを整理したり、ひな壇の他のメンバーにさりげなく話を振ったりする裏回しというポジションがバラエティーにあるんです。

　普通、その役割はMCをやっていてもおかしくないくらい、しっかり番組を仕切れるタイプの人間がやるんですけど、それを僕ができればなと。なので、今の目標は“打倒・陣内智則！”です(笑)。陣内さんは裏回しの神様ですから。

　そして、最終的には裏回しで認められて、明石家さんまさんの域まで目指せたらなと(笑)。裏回しからMCなんて、芸人のステップアップのパターンとしたら、王道中の王道。それを僕みたいな超絶亜流芸人が目指したらどうなるのか。

　そこもどこか他人事というか「こんなヤツがそこを目指して、どこまでいけるんやろう」という興味がわいてくるんです。何より、これこそ正直な話、MCになるとギャラの単価的も圧倒的に上がりますから、そらね、目指しますよ！

　言うたら、正統派のカンフーを一切使わず、ずっと敵を毒で倒してきたヤツが大人から子どもまで通うデッカイ道場を開くみたいなもんですけど(笑)。“毒殺法”でどこまで行けるのか。自分でも全く分かりませんけど、とことんやってみます。

（撮影・中西正男）

■くっきー

1976年3月12日生まれ。滋賀県出身。本名・川島邦裕。幼稚園からの幼馴染だったロッシー（本名・城野克弥）と94年に「野性爆弾」を結成。NSC大阪校13期生。若手時代から独特の世界観で注目され、MBSテレビ「オールザッツ漫才」などで注目を集める。2008年に拠点を大阪から東京に移し、白塗りした顔で表現するモノマネ芸などでブレークする。2018年度CM契約社数は10社。また、今年1月に東京・渋谷で期間限定でオープンしたショップ「超くっきーランドSHOP」の第2弾が5月1日からルクア大阪で開催される。