母が作った「銀シャリ」鰻の笑顔

母への思いを語る「銀シャリ」の鰻和弘

 全てを包み込むような笑顔を見せる漫才コンビ「銀シャリ」の鰻和弘さん(35)。コンビではボケを担当し、2016年には「M-1グランプリ」で優勝を果たしました。漫才のボケ以外でも“ド天然”と評される独特の感性を発揮していますが、今年6月には長男が誕生しパパにもなりました。人の親になり、より一層、胸に色濃く浮かび上がるのが、3人のきょうだいを1人で育ててくれた母への思いだといいます。

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普通のオカン?

 正直な話、26歳くらいまでですかね…。そこまではウチの母親はむっちゃ平均的な、どこにでもいるオカンやと思ってたんです。

 ウチは姉、兄、そして僕の3人きょうだい。オヤジは僕が小学4年の時に亡くなったんで、そこからは母親がいろいろと仕事をやりながら、育ててくれました。もちろん、ありがたいと思っていますけど、自分の母親がおかしいとは思ったことはなかった。

 きっかけとなったのは、今から9年ほど前、26歳の時にやったコンビの単独ライブでした。ライブの企画で僕がオカンと親子水入らずで遊園地にいくという映像を撮ってきて、それを相方の橋本やお客さんと一緒に見るという感じやったんですけど、やたらと橋本がオカンにつっこんでるんですよ。

よーく見てみると…

 最初は、ま、橋本がいくらツッコミだといっても、つっこみすぎちゃうんかと思って映像を見てたんですけど、お客さんも笑ってる。ということは、お客さんもおかしいと思っているということかと…。

 僕は、親子なんでずっと一緒にいるから気づかなかったんですけど、そこで客観的によーく見てみると、やっぱりね…、おかしいんですよ(笑)。

 全体的に僕との受け答えがちょっとずつズレてるし、細かいところですけど、拍手の仕方もおかしいんです(笑)。息子と一緒に久々に遊園地に来てるから、ま、テンションが上がってやたらと拍手をしてるんですけど、普通は手を左右に広げたり閉じたりして手を打つじゃないですか。それが、オカンは上下なんです。動き的には、完全にチンパンジーです(笑)。

 そのライブで初めてオカンの行動に「ん?」という疑問を持つようになったんです。そこから一つ一つ、よく考えて見てみたり、過去の話を思い出したりすると、おかしなところがゴロゴロ出てくるんです(笑)。

気にしない

 基本的にミスしても前向きやし、全てにおいて“気にしない”んです。超ポジティブ。ま、ポジティブというポジティブな言葉で片づけて良いのか分からんくらい、本当に気にしないんです(笑)。そして、いつも、いつも、ずっと笑ってるんです。

 何年か前に、番組で「実家に帰って、思い出のご飯を食べる」という企画があって、大阪・八尾の実家に戻ったんです。いったい何が出てくるんやろうなと思っていたら、出てきたのは筑前煮でした。いわゆる普通の筑前煮。それ自体に変わったところは何もないんです。ただね、僕、オカンの筑前煮なんて、一回も食べたことないんです(笑)。

 聞いたら、オカンいわく、今、筑前煮を食べてもらいたかったから出したと。ただ、僕にしたら懐かしさもないし、思い入れもなくて…。どちらかというと、オカンの料理的には新メニューですからね(笑)。もちろん、趣旨も伝えてあるんですけど、そんなのは“気にしない”んです…。

山頂気分

 ホンマに思い出の料理と言ったら、カレーなんかはよく覚えてるんですけどね。作るのが早いんですよ。これはカレーのみならず、全般的にそうなんですけど、とにかく早い。ただ、雑で、カレーのジャガイモなんかは切らずに丸ごと入ってるんです。

 それには理由もあって、オカンは昔、山岳部やったんです。中学、高校と。だから、感覚としては、ずっと山の頂上やと思って料理を作ってるんだと。だから、手早く作ることは大切だけど、あとは、こだわらない。とにかく手早く作って食べる。それが命やと。

 ただ、現実問題、今は山頂じゃないんで(笑)、できれば凝って作ってほしかった部分もあるんですけど、オカンは常に山頂気分やったんです。

母の思い

 ただね、そんな超楽天的なところもありつつ、しつけに厳しいところもありまして。僕は末っ子だし、甘やかされて育ちそうなものですけど、たとえば、おもちゃとか、お菓子とかは本当に買ってもらってなかったです。

 こっちも意地になって、スーパーとか、おもちゃ屋さんとかで3~4時間泣いて粘ったこともありましたけど、それでも買ってくれなかった。当時は、みんなファミコンも持ってたし、ミニ四駆も持ってましたけど、買ってもらえないから欲しいものを自分で紙に書いて、持ってるような気分になるという遊びをしてました。ま、それが今、イラストの仕事もさせてもらう原点にもなったんですけどね。

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 もちろん、経済的な部分で物を買ってくれないというところもあったと思います。ただ「ウチにはお金がない」とか「貧乏だ」というようなことは一切言わないんです。

人の親になって思うこと

 家は賃貸のアパートやったんですけど、大工の棟梁が遊びで建てた物件?だったそうで「なんで、こんなところに階段があるんや?」というようなホンマに変わった建物でした。ただ、家賃は2~3万円で安かった。

 今、自分も人の親になって、そら、3人の子どもを抱えて、経済的にもしんどかったに決まってるやろうなと思うんですけど、それは絶対に言わない。子どもに必要以上にしんどい記憶を残さないためなのか、苦しいということは本当に言いませんでしたね。

 何があっても、気にしない。もしくは、気にしないような感じで、ずっと笑ってる。これはすごいことやなと、今、改めてホンマに思います。

ハワイ挙式の理由

 そうやって、ウチのオカンがちょっと違う?という目で見るようになって、仕事への意識も変わりましたね。「M-1」とかでも、なんていうんですかね、もちろん、大きな舞台やし、気にしないなんてことはできない。ただ、必要以上に気負わなくはなりました。

 今、会うのは数カ月に1回くらい。ありがたい話、僕も仕事をいろいろさせてもらうようになって「何か欲しいものない?」と聞くんですけど、いつも、別にないよという答えですからね。仕送りしても、それも使わずにとってあるようですし…。

 15年に結婚式をハワイでやった時も「結婚式やから来てもらわんと」と説得して連れて行きましたから。オカンにとっては、それが初の海外。ハワイでやるという一番の目的は、何を言うても遠慮するオカンを海外に連れていくというのが、大きなテーマやったんです。

 ま、あんまりエエ話ばっかり言うてもアレですけど、また、今度はハワイ以外の海外にも連れて行ってあげたいなと思っています。親孝行いうたら、それくらいしかないのかなと。ま、あとは、僕が幸せに暮らすことと。

 こうやって話してたら、やたらとオカンがエエ人みたいに映るかもしれませんけど、息子からしても「それはアカンやろ!」と思うところも、しっかりとあるんですよ。

 ばあちゃんが体調を崩して入院した時、オカンが付き添って身の回りの世話をしてたんですけど、足の爪を切ってあげていたと。その時も、オカンの中の“気にしない”が最高潮だったのか、爪と一緒に身も切ってしまっていて、ばあちゃんとお医者さんからものすごく怒られてました。

 さすがに落ち込んでましたけど、そこからのリカバリーがまたびっくりするくらい早かったです!ま、そんな血を多分に受け継いでいるからこそ、僕はこの仕事ができているのかもしれませんけどね(笑)。

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(撮影・中西正男)

■鰻和弘(うなぎ・かずひろ)

1983年8月31日生まれ。大阪府八尾市出身。大阪NSC25期。同期の橋本直と2005年に漫才コンビ「銀シャリ」を結成する。ボケの鰻、ツッコミの橋本というコントラストがはっきりとしたしゃべくり漫才で注目を集め、NHK上方漫才コンテスト最優秀賞、上方漫才大賞新人賞など受賞多数。「M-1グランプリ2016」で優勝し、17年に拠点を大阪から東京に移す。「銀シャリ」の単独ライブツアー「GREATEST SHARIMAN」を9月から開催中。今後は広島公演(11月11日、ゲバントホール)、宮城公演(同24日、日立システムズホール仙台)などで行い、東京公演(12月27日、よみうりホール)がファイナル。