Yahoo!ニュース

『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』最終回 原田泰造のアップデートは続く

中村裕一エンターテイメントジャーナリスト

ドラマのレビューがなんだっていいじゃないか! 

原田泰造主演、『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(東海テレビ・フジテレビ系列にて毎週土曜夜23時40分~)が今夜、最終回を迎える。

※上記写真のクレジットは

(c)Zim Nerima/LINE Digital Frontier

(c)TOKAI-TV, The icon

■個人の自由は「おっさんのパンツ」と同じである

原作は練馬ジムの同名漫画。主人公は事務機器リース会社に勤める沖田誠(原田泰造)51歳。仕事第一で、誰よりも家族思いだと自負しているが、自分が古い常識や歪んだ価値観に囚われていることにまったく気づいていない。そのため職場はおろか妻の美香(富田靖子)をはじめ、大学生で腐女子の娘・萌(大原梓)、不登校で引きこもりの息子・翔(城桧吏)からも鬱陶しがられていた。

だが、ふとしたことから知り合ったゲイの大学生・五十嵐大地(中島颯太)との交流を通じ、誠は「価値観のアップデート」に目覚める。腐女子の萌にとって生きがいである同人誌イベントに参加したり、部下の男性が着用しているブラジャーに理解を示したり、たまたま入った銭湯でさまざまなおっさんのパンツを見て、その人がどんな趣味嗜好を持ち、どんな人を好きになろうとも「おっさんのパンツと同じで自由なんだ」と気づいたり……。

とはいえ、長年こびりついた偏見や価値観を急に切り替えることは一筋縄にはいかない。失敗と反省を繰り返しながら、愛する家族のために少しずつ前に進む誠。

そんな中、メイクの専門学校に進む目標のため再び高校に通い始めた翔が、大地の父・真一郎(相島一之)から「みんな社会で認められるように自分を変えていくものなんだ」と、心ない言葉で傷つけられてしまう。誠は意を決して真一郎と対峙するが、時を同じくして、美香も萌も大地も、それぞれにとって人生の大きな分岐点に立とうとしていた……。

■価値観が古く頭のカタい主人公を原田泰造が好演

『ネプリーグ』や『しゃべくり007』の原田泰造しか知らない人にとっては意外かもしれないが、彼の俳優としてのキャリアは長く、実に多彩だ。

個人的には長瀬智也主演のドラマ『ビッグマネー!~浮世の沙汰は株しだい~』(2002年)で、長瀬演じる主人公の前に立ち塞がる悪徳銀行マンが印象に残っている。また、警視庁公安部の刑事を演じた『血の轍』(2014年)もインパクトがあった。

近年では『サ道』シリーズ(2019年~)でサウナ好きのクリエイターを、『生理のおじさんとその娘』(2023年)で生理用品メーカーの広報でシングルファーザーの主人公をそれぞれ好演していたのも記憶に新しい。

90年代にブームを巻き起こしたバラエティ番組『ボキャブラ天国』では、名倉潤、堀内健とネプチューンとして出演していた原田。「曲がったことが大嫌い、は~ら~だたいぞうです!」を持ちギャグに、ホストの「アキラ」シリーズなどで毎週のように笑いを取っていた。また、ウッチャンナンチャンの内村光良を座長としたコント番組『笑う犬の生活』では「てるとたいぞう」などのコントでリアルな演技に非凡な才能を発揮。

“芸達者”と言うと安っぽくなってしまうが、今後もコメディからシリアスまで幅広く対応できる貴重な存在として活躍することは間違いないだろう。

■沖田家を支える母親役の富田靖子も抜群の安定感

原田の存在感はもちろんだが、忘れてはならないのが、妻・美香役の富田靖子である。ここ数年の彼女の出演作を振り返ると、母親役が実に多い。

大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年)では新垣結衣演じる森山みくりの母だった彼女。ざっと挙げただけでも『モコミ~彼女ちょっとヘンだけど~』(2021年)『東京地検の男』(2021年)『生きるとか死ぬとか父親とか』(2021年)『踊り場にて』(2021年)『純愛ディソナンス』(2022年)『束の間の一花』(2022年)『わたしのお嫁くん』(2023年)『正義の天秤 Season2』(2023年)と、これらすべて母親役で出演している。もちろんキャリア的な理由もあるだろうが、彼女が母親役を演じていると不思議な安心感があるのだ。個人的には『素晴らしきかな人生』(1993年)で織田裕二演じる主人公の恋人役として、思いを遂げられず悲劇的な最期を遂げたことを思うと感慨深い。

本作においても、沖田家の大事な存在として家族を常に温かく見守っている彼女だったが、第6話では夢だった出版社への就職を断って家族の面倒を見るため実家を継いだ過去を語り、誠と萌に向かって「(ご飯が)いつでも自分が食べたい時に、出てきて当然だと思われるのは嫌」と独白するシーンに胸を打たれた。

ちなみに第5話の弁当屋のシーンをはじめ、富田と大地の母・美穂子役の松下由樹との『アイコ十六歳』(1983年)ファンにはたまらない2ショットも実現している(※二人はこの映画でデビューしている)。

誠と美香だけでなく、自分の“好き”に一途な萌、性自認に悩みつつも逃げずに自分と向き合い、夢に向かって進もうとする翔、そして誠にさまざまな気づきを与えてくれる大地。沖田家とその周りの人たちもそれぞれに愛おしい。

中でも第8話の誠のセリフは心に響いた。男尊女卑や根性論など昔のやり方・考え方を通そうとする上司・古池(渡辺哲)に優しく、そして厳しく伝える誠。

「価値観を押し付けられた相手は、誰も嫌な思いをしなかったとは言えんでしょう。つまりあの、本当は謝らなきゃいけないんですよ。先輩も俺も、嫌な思いをさせた全員に。(中略)だからせめて、せめて俺は自分を変えるんです。変えなきゃいけないって思っているんです。古池さん、あなたには尊敬すべき粘りと根性がある。それを台無しにしないためにも、一緒に変わりませんか」。

価値観をアップデートできない人を悪とし、排除することは簡単だ。だがしかし、それでは分断を生むだけである。対立を乗り越え「一緒に変わっていこう」と語りかける、とても素敵な言葉だと私は思う。それを聞いている渡辺哲の顔もたまらなく良かった。

■より暮らしやすい社会のために。令和を代表するDEIドラマ

紆余曲折はあったものの、ここまでなんとかアップデートを重ねてきた誠が、果たして最後にどんな姿を見せてくれるのか。しかし「価値観のアップデート」は誠だけでなく、ドラマを見ている私たちにも問いかけられている。

今、多くのグローバル企業において「DEI=ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」が注目されている。これは「ダイバーシティ=多様性」「エクイティ=公平性」「インクルージョン=包括性」の略で、性別や国籍、LGBTQ+など、さまざま“違い”を認め、区別することなく同じ価値として受け入れることで事業を推進していくという、これからの企業に必要な考え方および取り組みである。

「○○らしく、××らしくあるべきだ」「○○は××してはいけない」といった旧来の一方的な価値観から脱却し、時代の変化に合わせてアップデートを続ける誠の歩みは、まさにDEIの精神を体現しているのではないだろうか。その意味で、本作は“DEIドラマ”としてドラマ史に残る作品だと私は思う。

『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』は、単なるおっさんの悲哀ドラマや世代間ギャップドラマではない。老若男女問わず「相手の立場に立って考える」「価値観の違う相手を認める」という、極めて普遍的な命題を私たちに問うドラマであり、私たちがより暮らしやすい社会を築くための理解と協力、連帯を求める呼びかけなのだ。

もし、このドラマを見て何か気づいたことがあったのなら、誠のように行動に移して欲しい。時間はかかるかもしれないが、一人一人が動き始めなければ何も変わらない。

エンターテイメントジャーナリスト

テレビドラマをはじめ俳優などエンタメ関連のインタビューや記事を手がける。主な執筆媒体はマイナビニュース、週刊SPA!、日刊SPA!、AERA dot.など。

中村裕一の最近の記事